第3話 ②白

そうして真っ白の世界を歩いていく。宙に浮いているぬいぐるみや雑貨をなぜか愛おしく、懐かしく思った。自然と手を伸ばし、爪の先が当たったら、それらは弾けて割れて消えていった。

寂しい、と私は心の中でそう言った。

やがて歩き疲れた頃に、私の周りにもやが集まり始めた。濃霧のようなもやは私の視界を遮り、目の前をかき分けながら1歩、また1歩と電話の着信音に向かって進んでいく。大丈夫、ちゃんと近づいている。

歩き続けたことによる疲弊と誰かの呼吸音を感じる。自分の呼吸音かもしれない。私がもし息をしているならだけど。



歩き進めていくと、突然、霧の間から光がパァッと差し込んだ。まるで朝を迎えたように。

自然と笑みがこぼれそうになった時、耳元のすぐ近くで着信音が鳴った。 驚いて反射的に距離をとって、耳を塞ぎ、目を細めながらまっすぐ前を向いた。

少女が見える。あの少女だ。私は安堵した。

今日もフローリングの上に座っている。腰まである黒髪の毛先が床に滑らかな線を描いている。彫りの深いハーフ顔はにこりともせず、ランドセルに教科書を入れ続けるだけ。

うるさかった着信音が鳴り止み、母親が受話器を持ちあげたのだと察する。私は少女を一瞥して、母親の方へと視線を移した。一瞬、目が合った、気がした。……そんなわけないのに。

母親の視線の先が受話器の横のメモ帳へと移る。

「ーーはい、もしもし。新川です」

母親は視線の先にあるメモ帳に手を伸ばしかけたところでピタリとその動作を止めた。

「え?……まあ、そうなんですか……いやぁ、頑張ったのに、ねえ……」

母親は泣いていた。ありがとうございました、と適当に付け加えて電話を切るなり、その場に泣き崩れた。声を上げて泣いている母親の姿は珍しい、と思う。

視線を少女に戻すと、少女は母親を心配そうな目で見つめていた。

「お母さん……?どうしたの」

初めて聞いた少女の声は凛としていたが、しかし母親の姿に動揺しているようだった。

「お父さんが」

母親は両手で顔を隠して泣いていた。

少女はそれに対して冷静だった。

こわい。私は少女を見てそう感じた。

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