新人商人娘、ラストダンジョン最深部に道具屋を開業したい!

kirillovlov

「強欲の迷宮」地下13階 道具屋にて

ナタルは、店に納めた商品が、店主に検品されるのを眺めるのが好きだった。検品を終えた商品が自分の手を離れ、お金に換わる時間は心が安らぐ。


道具屋の店主ロニが、マンドラゴラの根が入った木箱を注意深く開ける。特に調達に手間をかけたその品を値踏みする表情を、ナタルは食い入るように見入った。


「うん、マドリー産のマンドラゴラ。これはいい品質だ。根も大きく膨らんでいてよく育ってるのお。」


店主ロニは、そう言って褒めながら顔をシワクチャにした。ナタルもパッと表情が明るくなる。


「でしょ!何ヶ月も前から大商会の競りをはってたんだよ。」


「ほうほう。よく競り落としたものだ。安物のマンドラゴラは根がすぐ痛むからのう。これは根も大きく新鮮で保存状態も良い。わしの出した価格の3倍で買いとろう。」


「ほんと!やった!いい値で売れてよかったぁ」


ナタルは、苦労して調達したマンドラゴラが、ロニの検品に適った事でホッとした。が、5倍で売れたらと内心期待していたりもしていたものの、機嫌を悪くしては得をしないと、素直に喜んでおいた。


マンドラゴラは人間の血や体液を吸って育つ奇怪な植物だが、その出どころや栽培方法は謎めいたところが多い。マンドラゴラの人工的な栽培ではマドリー地方の処刑場の近くのマンドラゴラ畑がよく知られている。処刑された罪人の血が使われていると聞くが、詳しいことは商人たちにも知らされていない。


ロニは劣化防止の呪術が施された木箱の蓋をそっと閉じた。ナタルは箱の蓋に施された呪印がうっすらと光るのを見届けた。


マンドラゴラの根はロニの手により、気つけ薬や劇薬に使われる。扱いが非常に難しく、国家資格が必要なこともあり、仕入れ値の何倍もの利益になる。ナタルはいつかは自分達で調合できるようにしたいと考えていた。


ロニは、納品された品々を丁寧にあらためていく。


「ポーションの原液に、解毒剤。ほうほう、抗怖薬。これも頼んでおったな。」


ロニは箱に詰められた個包装の粉薬を一つ摘むとランタンの灯に近づけて凝視した。ナタルはその様子を満足げに眺める。


「そうそう。抗怖薬は前回評判だったからね。うちの調合師と一緒に質も上げてみたよ。こっちも高く買ってね。」


ナタルが軽くウィンクすると、ロニは孫を見るかのような微笑みを返した。返事をしないところを見ると、前回と買取価格は変わらなそうだ。


抗怖薬がダンジョンでよく売れる事を知ったのは最近の事だ。敵に襲われ恐慌状態になった時に飲み下せば、理性をいくらか回復し、パニックを鎮めることができる。今いる「大罪級のダンジョン」下層部ではそれが役に立った。


「売れてるみたいね、抗怖薬。」


ロニが個包装された薬を一つ一つ摘み上げては丁寧に検品にし、品に満足するとナタルに向き合う。


「ダンジョンでは仲間の負傷や死、遥かに格上の魔物に直面し、恐怖で身がすくむ。時には、悪魔や人間の底しれぬ悪意の産物や、手慰みの末に弄ばれて捨てられた骸を見ることになる。お前さんも見たことがあるじゃろう。心が堕ちる者もいれば、人でいる事を捨ててしまう者もいる。この薬はそんな修羅場に必要なんじゃよ。」


「うちじゃ、興奮剤や火酒も扱ってるけど。」


「恐怖を鎮められる精神と、恐怖を忘れるのは別じゃ。身に降りかかる危機を乗り越えられるのは冷静な心と、客観的な視点じゃよ。はるかに格上の敵を相手にし、傷つき倒れていく仲間を背にしながら、なおも生き残るにはそれしかない。恐怖に目を背けて勝算のない剣を振るうのはただの蛮勇じゃ。こんなダンジョンでは特に。」


「そういう時は、一目散に逃げる事だけ考える!」


ナタルが小気味よく返す。


「そうじゃ。」


ロニが頷く。


「あたし、そんな冒険者たちのパーティー、何組も見てきたからさ。何となくわかるよ。だから沈静効果のあるハーブを多めに調合してあるよ。うちの調合師が色々工夫しながら作ってくれたんだ。」


「おまえさん達はよく見ておる。筋が良い。」


「ふふ。筋の良さで言うとそれはどう?」


ナタルが指を指したのは、紙に包まれたたっぷりの保存食たち。


「ほう。」


ロニが舌なめずりするように目を輝かせた。


「特にこれ。水牛を焼き締めて煙で燻した干し肉。そのまま食べてもお腹が持つし、ダンジョンキャンプでも調理しやすい。こんな深部エリアでお腹が空けば、ちょっと高値でも食いつくよ?」


ナタルは、自分で持ち込んだ食糧ながら、味と脂のしまった干し肉を目にすると、小腹が鳴ってしまいそうになった。


ロニもこの干し肉を肴に一杯やりたくなり、店を閉める時間はと時計に目をやった。


「ほほう。商売をよくわかっとるな。ダンジョン深部の道具屋で売れるのは、良いものじゃなく、」


「ピンチの時に喉から欲しがるもの!」


ナタルが合言葉のように合わせる。


「ふっふふ」


「ロニに鍛えられたからね。最初は『こんな仕入れに値などつくか!』ってそっぽ向かれたし。」


「ふっふふ。何事も失敗と検証の繰り返しじゃよ。それができずにこの業界から去っていく若者はたくさんおる。お前さんが本気で夢を叶えたいならなおさらじゃよ。」


ナタルはその言葉を聞いて自信に満ちた目でロニを見つめた。


「そう、あたし。いやあたし達ベルモンド商会の野望は、世界の果て、地の底にあるラストダンジョン最深部に道具屋を開業すること!まだ誰も販路を作ったことのない前人未到の目標!高まるよね!」


ロニは納品書にサインをし、ナタルにそれを渡した。まるで、ナタルの宣言など聞かなかったかのように。


「はいよ。毎度さん。代金は4600ルビア。少し色つけといたよ。ま、そのベルモンド商会さんも、たった2人しかいないから、これからがんばらねばだな。ふっふふ。」


ロニはその金額とサインを記した小切手を差し出した。


「まだ2人よ。これから人を増やすんだから!」


ナタルはそれを腰のポーチにしっかりと納めた。


「ありがとう。それじゃ、あたしはこれで。あ、そうそう。これあげる。」


ナタルは酒が好きなロニが好みそうな鹿の干し肉をリュックから出して渡した。


「鹿の干し肉。うちの調合師からの差し入れ。こないだ、解毒ハーブの調合書くれたでしょ。そのお返しだって。」


「うむ、酒のさかなに合いそうじゃな。あの娘も店にくれば一杯奢ろうぞ。」


「伝えとく。それじゃ引き続き、ベルモンド商会をよろしくー。」


ナタルは店の扉を開けた。視界は暗く、冷たい金属に触れたような空気が漂う。殺気と狂気と緊迫感に満ちた空気。それは、冒険者たちの強欲と、魔物たちの暴虐的な生存欲が醸し出す修羅の空気だった。


「ふー!今回も稼いだなぁ。1300ルビアの買付で4600ルビア。経費だの準備だのをひいても3000は利益になりそう!」


ここは悪名高き7つの迷宮の1つ「強欲の迷宮」。深部エリア13階に開業する「ロニの道具屋」。今にも崩れそうな木の小屋からは、オレンジ色の灯りが漏れ出し、ダンジョンには似つかわしくない存在感を漂わせていた。


ナタルのような商人が出入りすることで、この道具屋は成り立っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新人商人娘、ラストダンジョン最深部に道具屋を開業したい! kirillovlov @kirillov

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ