#7

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「今日は楽しかったね」


結花がそう言ったのは電車に乗ってからしばらくした後だった。


付き合ったというのに二人の間には沈黙があった


(まあ、無理もないか)


そう思っていた矢先の言葉だった。


電車の中にはさっきまで沢山の人で溢れかえっていたことが嘘みたいに今はほとんど人が居なかった


「もう一回好きって言って」


二人だけと言っても良いこの空間の中で僕にそれを拒むことはできなかった


「好き」


「もう一回」


「好き」


「もう一回」


「好き」


「ふふっ、和希面白い」


何回か繰り返した後に結花は吹き笑いをした


「なんだよ」


呆れ混じりにそう言っても内心は何故か嬉しかった


「今日はどうする?」


「そろそろ家に帰ろっかな」


「それが良いよ」


結花の決断を後押しするように言った。



「じゃあばいばい」


「また明日な」


結花の家の前まで送り届けた後の独りの帰り道はどこが寂しさを纏っていた


(結花..大丈夫かな...?)


和希の頭の中はそれでいっぱいだった、きっと後で両親から強く怒鳴られるに違いない。今の結花の心はちょっとしたことでもすぐに深い傷になってしまう


それはここ最近の結花を見ていれば明白だった。



"なんかあったらすぐに相談しろよ、助けてやっから"



そうLINEを送ることくらいしかできる事がなかった。



帰宅すると丁度帰って来たばかりの母親と出会した


「おかえり、どこ行ってたの?」


「学校終わった後一回帰ってから友達と遊び行ってた」


「あらそう」


それっぽい事を言ったが、実際学校まで1時間弱かかるのにわざわざ一回帰ってくるのは不自然極まりない。でも、お母さんは何も思ってないのか察した上であえて何も言わないのかは分からなかったがそれ以上は何も訊いてこなかった。


「昨日はごめんねー急に家空けちゃって」


「ぜんぜん良いよ」


申し訳なさそうにするお母さんに何気なく答えたが、実際好都合だったことに違いはない。


「ところでさー、さっき一緒歩いてたのは彼女?」



時間が止まった気がした、まさか見られていたなんて



「なんのこと?」


誤魔化そうとしても、どこかぎこちない言葉ではそんなことできなかった


「動揺してるのみえみえだよー」


なぜか嬉しそうに話すお母さんと目を逸らしたくても、返って事を大きくしてしまいそうで躊躇している間にもお母さんの質問は止まらない


「名前はなんで言うの?」

「どっちから告白したの?」

「お互いどういう所が好きで付き合ったの?」


「もー分かったから!」


ほんの少し声を荒げて無理矢理お母さんの言葉を止めた


「あいつはただの友達、別に彼女とかそういうのじゃないから」


呆れ混じりにそう言って自室に戻った。


「べつにいっか」


ベットに倒れ込んでそう呟くと急な睡魔に襲われて少し仮眠を取ることにした



"ぷるるぷるる"



着信音に起こされ、スマホをつけると急な明かりに目が眩んだ、徐々に目が慣れてくるとそれは結花からの着信だった。


「もしもし、どうしたの?」


「夜遅くにごめんね、ちょっと色々あって」


「分かった、何があった?」


「あのさ...また家出しちゃった、でも安心して学校にはちゃんと行くから」


その声は電話越しでも分かるくらい涙ぐんでいた


「取り敢えずそっちに行くよ、どこにいる?」


優しく訊く和希の声に落ち着いたのか、結花は呼吸を整えて話し始めた


「もう、帰らない」


その一言だけで二人の間には深い沈黙がながれた


「帰らないって...家に..?」


「そうだよ、もう決めたんだ」


「どこにいる?」


「教えないよ」


「どうして?」


「だって教えたら、助けに来るでしょ」


「もちろん」


「じゃあ嫌だ」


「どうして?」


「言ったでしょ、もう決めたの」


その言葉が指すのはつまり"もう死ぬ"そういう事だ。


「待て!待ってくれ!とにかくすぐにそっち行って話聞いてやっから!どこにいる!?」


「教えないって言ってるでしょ!」


声を荒げる結花、いやそれは違った。声を荒げるというより何かを無理矢理隠そうとしている声。と、言う方が正しい、そんな気がした。


「探し出す」


「えっ...?」


戸惑いを隠せない結花


「言う気がないなら、何としてでも探し出す」


その言葉を言い放つと同時にベットから飛び起きて最低限の支度をして家から飛び出した。


必死に頭を回転させて結花が行きそうな場所を考えた。


(一つだけある)


和希はその場所に向かった、走って、電車に乗って、走って辿り着いたのは


「やっぱりここか..」


息を切らしながら言う


「正解!さすが和希だね!」


初めて会った時のように橋の手すりに橋の外側を向いて座っていた。


電話した時とは打って変わって元気そうに見えた、でもそれが本当に元気じゃないことぐらい今の和希にはいとも簡単に分かった


「初めて会った時もこんな感じだっよな、あの時も結花はここで死のうとしてた」


「やめて」


結花の言葉も無視して続けた


「でも死ななかった、あの時みたいに救ってやるよ、だって僕は結花の特別な人なんだから」


「確かに和希は私の特別な人だよ...でもさ、上手く言葉に出来ないけど、和希にだってどうしようも出来ない事ってあるでしょ。それが今...なんだよ」


言い終わると同時に結花は徐に座っていた橋の手すりに立ち始めた


慌てて近寄ろとする和希を制止させるように


「それ以上近づいたら.....」


和希は足を止めた。


「助けてやるって言ったばっかだろ」


さっきより少し低いトーンで発せられた言葉に結花の動きは止まった。そのまま力が抜けたかのように結花は橋の内側へ倒れた、和希が慌てて近づいて結花を受け止めた


「結花大丈夫か?」


心配そうな顔で結花を見つめる


「大丈夫じゃないかな...」


「わかった、何があったか教えてくれる?」


和希の声はとても優しく聞こえた


「良いよ。でも今はもうちょっとだけこうしていたい」


結花はそう言いながら深く和希のことを抱きしめた


和希も結花のことを深く抱きしめた


人通りのない橋の上にだらしなく座り込んで抱きしめ合う二人。誰かから見たら異様かもしれないけど、今の二人にとってそんなことはどうでも良かった。


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