#5

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結花は自室に戻り昨日の夜から投っ放しのまま部屋の隅に転がっていたスマホを拾って充電コードを挿した


(和希に教えるために私も頑張らなくちゃ!)


気合いを入れて机の横に立て掛けてあるギターケースからギターを取り出して感覚でチューニングを済ませて弾き始める



ピンポーン



再びインターホンの音が聞こえた


(今度は誰だろう?)


さっきと同じ様にそっとドアに近づいて覗き穴から外を確認する


(和希!?)


ドアを開けた


「どうしたの?忘れ物?」


「えーっと、表向きはな」


和希は遠回しに答えた


「ここじゃなんだし取り敢えず上がって」


「ありがとう」


今度は結花の部屋で結花と和希が二人きりになった


「心配で戻ってきた」


「えっ?!」


その言葉に結花は思わず和希の方を視線を向けた


「昨日あんな事があったばっかりだし休んだ理由も濁してたし..」


「ありがとう」


結花は笑ってみせた。


「何かあるなら言えよ」


「いっぱいあるよ今にも溢れ出しそうなくらい」


「じゃあ全部言え」


結花にとってその言葉はとても温かく感じた。


「じゃあ話して良い?」


気づけば涙ぐんだ瞳でじっと和希のことを見つめていた


「もちろん」


「昔から親のプレッシャーが辛かった、たくさん勉強して良い高校に行って良い大学に行って大企業に勤める。それが親の理想だった、その理想の為だけに自分のやりたい事を我慢して好きでもない勉強をたくさん勉強して今の高校に入って、頼み込んで何とか入らせてもらった軽音部も、その所為で成績が落ちたんだとか言われて...私だって頑張ってるし成績だって良い方なのにそれじゃダメだって言われる..もう無理だよ」


気づくと結花は泣いていた


「ねえ和希、抱きしめて良い?」


和希の返事を待つことなく結花は和希に抱きついた


和希も結花を抱きしめた。



「何してるの?」


二人の背後から聴こえたのは結花のお母さんの声だった


「今すぐ離れなさい!」


その大きな怒号に二人は互いに抱き合っていた手を離した


「あなた誰!」


和希に向けられた言葉に


「結花さんとお付き合いをしている久里浜和希のと言います」


と言ってお辞儀をした


「何?彼氏?」


怪訝な目で睨まれた


「いいから出てって」


後ろから出てきた結花が無理矢理お母さんを部屋から追い出してドアを閉めて鍵を掛けた


「逃げるよ」


その言葉に僕は少し困惑した、でもすぐに覚悟はついた


「わかった」


結花はリュックに必要そうな物を詰め込んでいる、僕はそれを横目に考えた


(何処へ逃げる?)


そもそも家出なんて事自体成功率は限りなく0に近い、高校生の僕たちにとっては尚更だ


「ちょっと和希向こう向いて」


思考を遮るように声をかけられて後ろを向いた


数十秒前


「そろそろ良いか?」


同時に振り向くと


慌ててリュックのチャックを閉めて僕に近づいて


「和希のえっち」


耳元で囁かれて、とっさに後ろを向いた


「冗談だよ!w」


からかわれた事に気づいて少し腹が立ったが、何処か出会った時のことを思い出した。


「じゃあ、行こっか」


そう言って結花は立ち上がる


僕も後に続いた


「待ちなさい!」


玄関で結花のお母さんに止められそうになっても結花と僕はお構いなしに家を飛び出した


たったの10分くらいの出来事だった。



飛び出したは良いが何処かあてがあるわけでもない僕達は河川敷に座っている


「どこ行こっか?」


結花が話を切り出した


「今の私達なら何処へだって行ける気がする」


大きく伸びをした後にそう言った



ぴんこん!



和希のスマホの通知音が響いた


"今日急な仕事で家に帰れそうにないから夜ご飯はてきとうに食べて"


お母さんからのLINEだった、思えばお父さんは長期出張で家に居ない


「じゃあとりあえず僕の家に来る?」


「そうしよっかな」


僕の家に向かう途中にコンビニに寄って夜ご飯とお菓子とジュースを大量に買ってから家に帰った



二人きりで他に誰もいない空間でお菓子を食べてジュースを飲んで夜遅くまではしゃいだのは楽しくてしょうがなかった。


「あ〜、私眠くなってきた」


あくびをして目を擦った


「和希お風呂借りるね」


「え!?」


和希は思わず声を出した


「え?ダメ?」


困惑した顔でこっちを見つめてくる結花


「わかった、一階の廊下の突き当たりの右側にあるよ」


「ありがと!」


結花はリュックから取り出したパジャマを両手で抱えて部屋を出ようとする


「覗かないでね」


「覗くわけねーだろ」


「ふーんどーかなー」


結花らしい台詞と共に部屋を出た。



(本当に良いのだろうか?)


和希はふと思った


常識的に考えれば高校1年生の男女が二人きりで夜を過ごすなんて不健全以外のなにものでもない、とは言っても時刻はもう24時を超えている、必然的に少なくとも今夜は二人で夜を過ごさなければならない。


考えるのはやめて辺りに散らかったお菓子やジュースのゴミを片付ける



「はー気持ちよかったー!」


さっぱりした結花が部屋に入ってくる、パジャマ姿で頭にタオルを巻いている


「最初はグー!じゃんけんポン!!」


急に振られたじゃんけんに思わずチョキを出す


「和希の負け〜!じゃあ私がベッドで寝るね」


グーの形をした手を見せながら嬉しそうに笑う


「分かった分かった、じゃあ僕も風呂入ってくるから」


そう言って着替えを持って部屋を出た。


さっぱりしてタオルで髪を拭きながら部屋に戻ると結花は既にベットの上に座っていた


「本当にそこで寝る気?」


「寝るよ、じゃんけん勝ったし」


何を言ってるのかと言わんばかりの反応だった


そんな僕を横目に結花は布団に潜ろうとしている


「あっ!和希ちょっと耳塞いで向こう向いて」


急に意味不明なことを言われたが、言われるがままに両手で耳を塞いで結花と反対の方向を向いた



(泣いてる?...)


手と耳の僅かな隙間から聴こえてきたのは結花の嗚咽だった


このまま気付かないフリをするべきなのか、僕は分からなかった。でもほっとけなかった


「大丈夫か?」


耳を塞いでいた手を下ろして言った


「えっ!?..」

「ちょっとこっち見ないで...」


小さな声で言われた言葉に振り向こうとする体を戻す。



数秒後



「もう良いよこっち向いて!」


いつも通りの元気な声で僕は振り向いた


「どうしたの?」


「ううん、別に何でもない」


「そっか」


何でもない事くらい考えなくてもわかる、でも今はこれ以上言及しない方が良いと思って何も言わないことにした。


「じゃあもう寝よっか」


淀んだ空気を一新するかのように結花は言う


「おやすみ」


「おやすみ」


ほぼ同時にそう言って結花はベッド、和希は床に布団を敷いてそこに寝に入った



「ごめんね和希」


ふいに言われて反射的にベッドの方に寝返りをする、結花は壁側を向いていた


「さっきのこと」

 

いつもとは違う、暗くて落ち込んでいるような声で結花はそう言った


「私ね、何かこう...生きづらいっていうか..うまく言葉にできないけど」

「ねえ和希、こっち来て」


その言葉に吸い寄せられるように和希は結花の布団に入った


「大好きだよ」


結花は和希が微睡んでいるのを良い事にそう言って頬にキスをして、寝ぼけている和希のことを抱きしめながら眠りについた。





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