第36話 不器用な二人



 次の日の事だった。俺は昼食を早く食べ終わって眠っていた。窓が少し空いているからだろうか、そよ風が気持ちよく吹いてくる。

 あ〜、このまま学校が終わらないかな〜とそんな非現実的な事を考えていると、俺の元へと悪魔がやってきた。


「松橋くん! 大変だよ! 朗報だよ!」


 あれ? 俺、昨日学校では絡むなって言わなかったっけ? いや、言ったはずだ、ちゃんと言ったはずだ。それを聞いて緑川も気分は落ち込んでいたはずだ。じゃあ、なんでコイツはここに来たんだ? 


「聞いてよ松橋くん! 今週の土曜日にね! 先輩とデートにいけ……」

「黙れ」


 俺は緑川が言い終わる前に冷たく、そしてそれとなく大きい声でそう告げる。

 恐らく、全く予想していなかっただろうから緑川は目をまん丸にして驚いていた。


「ちょっとこい」

「え……? ちょ……」


 俺は緑川の手首を掴んで教室を出て行く。

 今日に限っては次の時間が体育って事もあり、男子は外に、女子は着替えるために更衣室へほとんどの人数が行っていた為、あまり目撃されずに済んだのは吉だろう。

 俺はそのまま緑川を屋上まで連れていき、そしてドアを閉め俺の抱く思いを緑川にぶつけた。


「昨日の俺の話聞いてただろ? 理解してただろ? なのになんで……よりによって次の日に来るんだよ」

「……だ、だって……先輩とデートできる日程が具体的に決まったから……松橋くんに1番に伝えたくて……」

「んなこと、メッセージアプリでも学校が終わったあとの電話でもいいじゃねーか。もっと考えて行動しろよ」


 緑川の恋が上手くいって欲しいとも思っている。この気持ちには嘘はない、だから……それだから何も分かってくれない緑川に腹が立った。人の気持ちも苦労も何も知らないで……


「でも……私は……」

「でも……なんだよ?」


 だんだんと緑川の声が震えていってるのが分かった。俯き、言葉を詰まらせている。


「……バカぁ」


 そう言って緑川は俺の横を通り過ぎて屋上から出て行った。一瞬見えた緑川の瞳には大粒の涙が溜められていた。


 あ〜あ。やってしまった……泣かせちゃったよ。俺の言っている事は間違っていないはずだし正しい事を言っているはずなのは、それは断言できる。だが、そんな思いと同時に、もっとやりようは別にあったんじゃないだろうかっとも思った。頭に血が上っていて半ば強引に事を成した状態だった。


 このまま嫌われてしまうだろうか。でも、それはそれでありなんじゃないかなって思う自分もいた。このままフェードアウトするのも1つの解だろう。


 そして、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。次は体育の授業だが、こんな時に元気に身体なんて動かしてられっかよ……


「……サボるか」


 俺は午後の授業を丸々サボる事にした。授業をまともに受けていられるほど、今の俺の心は穏やかじゃなかった。


 不器用な自分に腹が立つ。でも、今更もう取り返す事はできない。俺はそんな苛立ちと後悔をしながら屋上から見えるうざったい程に綺麗な景色を眺めていた。







 ▼







 放課後になっても俺は1人屋上のベンチで座っていた。何をするわけでもなく、ただひたすらにボーッとしていた。


 帰ろうにも、身体が全然動かなかった。すると、屋上のドアが開けられ音がした。だが、俺は全く気にせずに、ただひたすらに空を眺めていた。


「ここに居たんだ」

「……羽紫か」


 俺の前に現れたのは、先ほど泣かしてしまった緑川の親友の1人、羽紫零だった。

 羽紫はそのままゆっくりと俺の隣へ座ってきた。


「美羽、泣いてたよ」

「……知ってる」

「女の子泣かせるなんて、とんだクズだね」

「……自覚してる」


 羽紫は容赦なくそう言ってくる。

 大切な親友を泣かせたんだし、そりゃ当然の事だろう。俺は反抗することなく羽紫の言葉を受け入れる事にした。


「でも、あんたの気持ち。ちゃんと、分かってるよ」

「……は?」

「一応美羽から多少の話は聞いたから。すっごい怒ってたよ。あんな変態の事なんてもう知らないって言ってた」

「……そうかよ」


 まぁ、そりゃ嫌われますよね。こんなことをすればさ。だが羽紫は言葉を続ける。


「最近、周りであんた達のこま、噂になっててね。私もこの状況はどうなんだろう? って思ってたよ」

「……そっか」

「だから、あんたの言ってる事は正しいよ。私もそう思うから。でも、美羽ってあんなじゃん? だから美羽相手ならさ、もっと別のやり方を選んでも良かったんじゃないかなって」

「……そうだな。今はもう冷静になれてるけど、あの時はどうかしてたよ」


 そうだったんだよ。緑川はどうしようもないバカだから、1回言ったくらいじゃ理解しない事も分かってたんだよ。俺自身がもっと冷静になれていればな。


「私からも美羽には言っておくから」


 そう言う羽紫の優しさに触れて、心が温かくなる。でも、それはダメだ。


「いや、羽紫は緑川を庇ってあげてくれ。悪者になるのは俺だけで十分だ」

「は? それじゃあんた本当に美羽に嫌われちゃうよ?」

「それはそれで仕方ないだろう。それ程の事を俺はしちゃったって事で。それに、アイツはもう俺が居なくても……」


 最後まで言う前に、俺の言葉は乾いた音と鈍い痛みによってかき消されていた。


「あんた、全然冷静になれてないじゃん」

「…………」

「カッコつかないんだから、変にカッコつけない方がいいよ。2人とも悪いでいいじゃん? あんたが全部悪いって背負い込む必要はないよ」


 自己嫌悪まっしぐらだった俺にとって、羽紫の言葉は自分の思いとは全く違う答えだった。だが、逆にその言葉にすごく助けられたし嬉しかった。


「……ありがとな。羽紫」

「本当、お互い不器用なんだからさ。もっと考えなよ」

「……そうだな」

「じゃあ、帰ろっか」

「ん? 緑川と帰らないのかよ」

「美羽はもうとっくに帰ったよ」


 まぁ、そりゃそうか。何だかんだ結構話し込んじゃったしな。俺は未だに思い腰をゆっくりとあげた。そして両の手で頬を叩く。


「うっし、俺も帰るわ。ありがとな、羽紫」


 そう言って俺は羽紫の横を通り過ぎて屋上の入り口へ向かった。


「ちょっと!」


 すると、後ろから羽紫に呼ばれる。ん? まだ何かあるのか? そう思い俺は振り向く。


「あんたと話してたから美羽と帰れなくなったんだけど?」

「……ご、ごめん」

「そうじゃなくってさ、送ってってよ」


 まさかの羽紫からのお願いは、自分を家まで送れと言うものだった。まぁ、俺のせいでそうなったのなら仕方がないし、俺に非があるなら聞く以外ないな。


「分かったよ。送るよ」

「帰り、寄りたい所あるから」

「はいはい、仰せのままに。お嬢様」

「その言い方なんかムカつく」

「さーせん」

「ふん。校門で待ち合わせね」

「了解」


 そして、俺と羽紫は2人で屋上を後にした。



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《令和コソコソ噂話》


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幼馴染を攻略したい俺氏、周りの女の子から逆に攻略されはじめているのでなんとかして抗いたいです……! 能登 絵梨 @yuigahama

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