第35話 恋は盲目
大変な事が起きて、重大な報告があるからと鼻息を荒くして放課後に、この写真部の部室にやってきた緑川。
とりあえず様子を見ると、そこまで悲観するような事でも無さげで、大変だと言いながら笑顔なもんだったから緑川にとって良いことだというのは予想できた。んで、緑川にとっての良い事ってなるど例の先輩がらみの事だろうな。
「松橋く〜ん! やったよ! 私やったよ!」
スマホを空に掲げながら猛スピードで俺の元へとやってくる緑川。あ、連絡先ゲットしたんだな。
「落ち着け落ち着け。連絡先でも交換出来たんだろ?」
「えぇ!? 松橋くんってエスパーなの!?」
「満面の笑みで重大発表があるって言って、スマホ掲げてたらそう思うだろ」
「そっかー。ほら、どう!? すごくない!?」
先輩と連絡先を交換したのが余程嬉しいみたいで、これでもかってくらいに俺に見せつけてくる緑川。
俺と交換した時はそんなにテンション上がってなかったから、こうにも反応が違いすぎると少し切なくなるな。
緑川が無事に連絡先を交換できたということは、一緒に遊ぶ約束も取り付けたのだろうか? その流れで誘って連絡先を聞いた方が自然な流れだと言ったのは俺だった。その事を俺は緑川に聞いてみることにした。
「連絡先と一緒に遊ぶ約束はしたのか?」
「もちろんだよ! ちゃんとアドバイス通りに、遊ぶ約束の話をして、そこから連絡先を聞いたんだよ!」
「ほう、上手くいって良かったじゃねーか」
「うん! 松橋くんもありがとうね!」
「俺は何もしていない、頑張ったのはお前だ」
「それでね、だから大変なんだよ! デート練習しないと!」
「は?」
そう言って満面の笑みで俺にお礼を言ってきた後に、とんでもない発言をしてきた。その相手ってもしかしなくても俺なんですかね?
その件に関しては前に流歌にも誤解されてるし、緑川と先輩の関係は順調に進んでいるなら、そろそろ俺はいなくてもいいんじゃないだろうか。
「断るけど」
「松橋くんに拒否権はないよ!」
「それが人にモノを頼む態度かよ……」
「私と松橋くんの仲じゃ〜ん!」
そう言って俺の手を握ってくる緑川。そのセリフでこの行為されると本当勘違いするしされるからな? 現に流歌にはそう思われていたわけだし。
《緑川美羽と付き合っているのか?》
そう問われれば答えはノーだ。インターバル0秒で答えられる自信があるくらいにノーだ。だけど、先程の発言に手を握る行為。こんなん付き合ってますよって思われる可能性が高い行為だ。
実際は付き合ってないんだが……仮に緑川と俺の関係性が仲が良いのだとしても、それなり絡むとコイツは人との距離が近くなる気がする。
他の男と絡んでる所をあまりみないからなんとも言えないが、現にこうやって手を握ってきているし。
それが緑川の女子としての計算なのか、はたまた天然ボケかまして素でやっているのか、おそらく後者だと思うが。
自覚がないと分かっているからこそ、その分破壊力も凄まじい。
「緑川、お前近い……」
「え? そんな臭うかな……?」
そう言って自分の制服の臭いを嗅ぎ出す緑川。まぁ、今の俺の一言で察してくれるはずがない事は分かっていたよ……
「バカ、ちげぇよ」
「6限体育だったからさ〜」
「そんな事はどうでもいいんだけど、いきなり手なんか握ってくるなよ」
「あれれ〜? 松橋くんもしかして照れちゃってる〜!?」
ニヤニヤして言ってくる緑川を殴りたい気持ちを必死に抑える。正直、俺個人的には嫌ではないが、緑川の事を考えるとよろしくない案件だ。
マジで俺達が付き合ってるって本格的な噂になれば、今まで順調にいっていた先輩との関係性も壊し兼ねない。俺の焦りとは対照的に緑川はそんな事を気にしてる様子は全くなかった。
「うっせ。全然そんなんじゃねーからな」
「釣れないな〜。でさでさ! またちょっとお菓子作りしたいから松橋くんの家に行きたいの」
「またうちか? 自分の家でやれよ」
「感想とか聞きたいんだよ〜。今度はちゃんとお財布持ってくもん!」
「ってか、これはちょっと前から言おうと思ってた事なんだけどよ」
「ん〜? なにー?」
「最近の俺と緑川の関係性って周りからどう見られてるか知ってっか?」
「男と女?」
「酒と泪じゃねぇからな……最近、やたらとお前と付き合ってるんじゃないかって疑いをかけられてんだよ」
「誰と誰が?」
「だから、お前と俺だよ」
だが、その言葉を聞いても緑川は何も動揺する素振りは一切見せず、相変わらずいつものテンションで俺に話しかけてくる。
「カップルってなんだかドキドキするねっ!」
緑川は本当に何も分かっていない様子だった。俺は少し、ピリついた雰囲気を出す為に、あえて冷たく言うようにした。
「バッカ。俺とお前がカップルに見られるってなると、他でもないお前自身が都合悪くなるんだよ」
「へ? なんで?」
先程とは違い、今度は俺の方を見てくる緑川。だが、まだピンとはきていない様子でキョトンとした表情をしていた。
「もし仮に先輩がお前に恋心を抱いていたとする。でも肝心のそのお前には恋人がいる。っとなると先輩は諦めるしかなくなるだろう?」
「奪い愛。いいと思います!」
「んな昼ドラみたいなのはやめろ。一般的な思考で話をしろ」
「……うん」
俺のピリついた雰囲気を感じとってくれたのか、次第に緑川自身のテンションも下がっていくのが分かった。
「逆に、恋人がいる相手に積極的にアプローチをかけられても、軽い女だと思われる可能性が高い。先輩の事、本気なんだろ?」
「……うん」
「だから、そんな噂が立ってる以上、今日みたいに学校で2人で居たりするとまずいんだよ。本当に付き合ってるって思われかねない」
「…………」
「それなりに噂になってるのはこの際しょうがない。俺ももっと危機感を持てばよかったよ、ごめんな。だから俺たちがやるべき事は、これ以上噂が大きくならないようにする事。理解したか?」
「…………」
緑川は返事をしなかったが、その暗い表情が、しっかりと理解してくれたと教えてくれた。
「だから、もう学校で俺と絡むな。それは緑川の為でもあるんだから」
「……わかった」
「別にメッセージアプリとかでのやり取りはできる。そっちの方向で相談とかなら乗れるからよ」
「……うん」
緑川は力なくそう答える。先輩と付き合いたいと本気で思ってるからこそ、その希望や願いが遠のいている現実を知って受け止めきれていないのだろう。だが、まだ遅くはない。巻き返しはできるだろう。お前の行動一つで何度だってやり直せるんだと、落ち込む緑川の隣まで行き、頭をポンと叩く。
「大丈夫。まだ間に合うから」
「……うん」
「それと、俺ってクラスの連中からあまり良く思われていないから、緑川自身の評価も下げない様にな」
俺と緑川が人前で絡む事のデメリットはたくさんあってもメリットは何一つない。さっきも言ったが恋愛相談ならメッセージアプリでも通話でもする事ができる。それが今できる俺としての最善策だった。
力なく俯く緑川だけと、ここで甘やかすわけにはいかない。一応は納得した感じで帰っていったが、言い方がキツくなってしまったのは素直に申し訳ないとも思っていた。
「はぁ……」
「このセリフの量はイジメではないですかね」
「は? 何言ってんのお前」
「なんでもないです。でもびっくりしました。先輩がこんなに声を荒げるなんて」
「仕方ねーだろ。言わなきゃ一生気づかないだろうし」
「私はちょいちょい相談してるの知ってるからアレですけど、前に沙織ちゃんには先輩と緑川先輩は付き合ってるのか聞かれた事はありますね」
「やっぱり、そうなるよな」
「まぁでも、これで分かってくれたんじゃないですかね」
「だといいんだけどな。ってか黄坂さ、恋ってした事ある?」
「あるわけないに決まってるじゃないですか」
「別に決まってはないだろ……」
「別に好きになった人はいないですし、私の性格と見た目じゃ近づいてくる相手もいないんで」
まぁ、確かに初見だと怖いかもな黄坂は。でも、こうやって話して付き合っていけば、黄坂の友達想いな所とかちょっとした優しさを知れて、たまには冷たい対応もされるけどそこも可愛く思えるようにはなるけどな。
「見た目男っぽいって言われた事はあるんで、異性に見られないですし」
「ボーイッシュが好きな男だっているだろうに。俺好きだぞボーイッシュ」
「ごめんなさい付き合えません」
「別に告白じゃねーからな? なんなら俺心に決めてる人いるからな?」
はいはいとあしらわれながらも、黄坂の淹れてくれた紅茶を飲み進めるのだった。
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《令和コソコソ噂話》
第35話読了してくださりありがとうございました!
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