第33話 廃部か存続か





「さて、みんな集まったか」

「は、はい」

「とりあえず紅茶先淹れますね」


 今日は、俺達の部活の廃部かどうかが決まる運命の日だった。

 ここに一冊の、カメラ雑誌が置いてあって、そこに今回の写真展の入選者の名前が学年毎に載せられている。

 この二年の部、俺の名前が載っていれば存続、名前が載っていなけりゃ廃部だ。


「なんだか、ドキドキします……」

「そう、だな……」

「とりあえず、コレ飲んで落ち着きましょう」


 黄坂が淹れてくれた紅茶の、まず匂いを嗅いで、心をゆったりと落ち着かせながら、いや、嗅いでもやっぱり落ち着かないな。


「とりあえず、見るか……」

「そ、そうですね……」


 俺は雑誌を手に取り、その横に沙織ちゃんが座って覗き込むようにして見始める。

 目次を確認してから、そこのページを一気にめくって、二年の部、入選者のページを開いた。


 入選者は名前と応募した写真が掲載される。

 一番右から、食い入る様にしてページを吟味していく。

 右から順に名前を追って、左に行きつく。


《入選者は以上になります》


 もう一度、右から順に左へと読み進めていき、その間に俺の名前は書かれていなかった。


 そう、廃部が決まった瞬間だった。


 俺の手元から黄坂がカメラ雑誌をかっさらっていく。そして、隣から掠れた様な声音で沙織ちゃんが言葉を発してきた。


「あり……ませんね。松橋先輩の名前」

「そう、だな」

「すみません……私……私……」

「沙織ちゃんが悪いわけじゃない。俺たちはやるだけのことはやったよ。それで選ばれなかったなら仕方ないよ」


 仕方ない。確かにそうかもしんねーけど、応えるモンはあるよな。

 俺は天を仰ぎながら、天って言ってもただの部室の天井でしかねーんだけどな。


 コルクボードに貼って、大好きだったあの日に撮った写真も、みんなで過ごすこの空間も、何もかも今日で無くなっちまう。

 部長として、後輩達の居場所を守ってやれなかった。


「確かに、先輩の名前載ってなかったっすね」

「あぁ……」

「まぁ、また次頑張ればいいんじゃないですか」


 次、か。もう次なんて無いのにな。


「これからの季節は秋です。芸術の秋なんで、紅葉とか撮影スポットは目白押しですよ」

「そう、だな」

「楽しみですね」

「そう、だな」

「みんなで撮影旅行とかもいいですね。秋なら体育祭とか文化祭とかの撮影もありますし「黄坂、もう……いいだろ」


 今更、そんな事語ったってしょうがねーだろ。もう、この部活は無くなって、そんな事もできなくなるんだからよ。


「先輩、次のページめくって欲しいんですけど」

「あ? なんでだよ」

「いいから、見てほいしです」


 黄坂にそう言われて、渋々雑誌を受け取って次のページをめくった。

 そこには一年の部の入選者のページで、そこには見知った名前の写真が掲載されていた。


《黄坂 真理愛》


《題名 夏の日の乾杯》


 そこに掲載されていた写真は、俺と沙織ちゃんがラムネの瓶を持って乾杯してる瞬間の写真だった。

 沙織ちゃんはもちろん、俺だって満面の笑みだった。


 それはカメラを意識していない、純粋な笑顔だった。俺が大好きで、好んでいて、目標としていて、理想の写真だった。


「お、黄坂……これ……」

「先輩より先に入選しちゃって、申し訳ないですけど」


 まったく悪びれる様子もなく、俺の向かいに座りながら紅茶を啜りだした黄坂。未だ、この状況が飲み込めていなかった。

 そもそも、黄坂がコレに応募してるなんて知らなかったし、黄坂が撮ってるのがポートレートって事も信じられなかった。


「ポートレートって、やっぱり私だと上手く撮れなくって、練習してたんですけど、それでもまだまださっぱりです」

「もしかして、撮影ちょいちょい来なかったのって……」

「勘の鋭い先輩は嫌いですよ」


 ポートレート写真を撮る練習をする為に、俺たちの撮影を断ってたって事か。

 自分をさらけ出さないタイプの黄坂っぽいやり方ではあるけど、そんな事考えもしなかった。


「でも、この二人を見てて思ったんですよ。綺麗だなぁって。そう思ったら、勝手にファインダー覗いてシャッター切ってました」

「黄坂……お前ってやつは……」

「マリちゃーん……!」

「うわぁ……ちょっと沙織ちゃん……」


 沙織ちゃんは泣きながら、笑いながら、泣き笑いしながら黄坂に抱きついていた。

 黄坂も紅茶が溢れるとかなんとか言いながらも、嬉しそうだった。


 まさか、後輩に窮地を救われるとは思わなかったな。できれば俺が、先輩らしくバシッと決めたかったけどな……


「まぁ、先輩と沙織ちゃんがいなかったらこの写真撮れてないんで、結果的にはみんなで撮った写真ですよ」

「黄坂……」

「あ、でも今度パフェは奢りでお願いします」


 そう言って沙織ちゃんに抱きつかれながら見せてくれた黄坂の笑顔が、とても印象的だった。

 笑ったってよりは微笑んだってイメージだったけど、それでも、ファインダーに納めたいくらいに良い笑顔だった。







 ▼







「ってなわけで、写真部は無事存続です」

「そうだな、とりあえずは及第点って所か」

「もっと褒めてくれても良くないですか?」

「褒めるなら黄坂だろ? お前は入選されなかったんだから」

「それはまぁ……そうですけど……」


 職員室で顧問の先生へと報告して、無事に精神的に抉られています。俺だってそりゃカッコよく入選してバシッと決めたかったよ……


「これからはそれを継続してくれな。今回だけだと、また上に何言われるかは分からないからな」

「はい。頑張ります」

「これからも、写真部の部長として励みたまえよ、松橋」

「はい……!」


 こうして、俺たちは黄坂のお陰で、無事に廃部を阻止する事ができた。だから当然部活も存続だ。また新しい物語がこの部室から生まれると思うと、興奮が収まらない。


「あ、おかえりなさい! 松橋先輩!」

「おかえりです。報告は済んだんですか?」

「あぁ、先生が黄坂のこと褒めてたぞ」

「どうもです」

「んで、沙織ちゃん」

「は、はい!」

「これからも継続して写真展に入選しないと、また上がうるさく言ってくるらしいから、これからも我が部の被写体担当として、頑張って欲しい」

「は、はい! 私、頑張ります!」


 両手でガッツポーズをして頷いてくれた彼女。うん、良い笑顔だ。

 これからも、黄坂と沙織ちゃんと俺の三人の物語は続いていく。


 この、写真部の部室からいつまでも。





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