第32話 泣いても笑っても最後の撮影


「ういーっす」

「お疲れ様です」

「遅いですよ」

「まだ5分前だろうが」

「10分前が基本ですよ」

「別にいいだろ間に合ってるし」

「これだから変態は」

「黄坂さん? それは関係無くないですか!?」


 決戦当日にも関わらず、俺たちの間ではなんだかいつも通りのやり取りが交わされていた。でも、逆にそのやり取りで安心感があるって解釈もできる。


「今日はどんなイメージで撮るんですか?」

「前回食べてないヤツ」

「食べ物基準なんですか……」

「柚木さん、お腹の調子は?」

「朝と昼は抜いてきました!」

「うっし、おっけー!」

「全然オッケーの意味が分からないんですが……」


 真面目で可愛い印象の柚木さんだったが、慣れてくればこんな風に一緒にネタに走って笑ってくれる。本当に良い後輩に巡り会えた気がした。


「立ち止まっててもアレだし、とりあえず歩こうか」

「はい!」


 俺の隣に柚木さんがいて、その数歩後ろから黄坂が付いてくるって感じだった。別に黄坂を省いてるわけじゃなくて、黄坂は黄坂で持ってきているカメラで提灯とか、屋台の風景とかを撮影していた。


「あ、黄坂」

「なんですか?」

「お前にお願いあるんだけど」

「嫌です」

「まだ何も言ってねーだろーが!」

「どうせロクな事じゃないですよね」


 お願いを聞くまでもなく拒否とか俺どんだけ信用ねーんだよ。けど、今回に関してはロクな事なんかじゃなくて、俺にとってはもちろんだが、柚木さんにとっても、黄坂にとっても重要な事だと俺は思っていた。


「んで、なんですか?」

「写真撮ろうぜ」

「もう撮ってますけど?」

「ちげーよ、俺たち3人でだよ」

「あ、いいですね! それ!」

「え?」


 俺の発言に黄坂は驚きの表情を浮かべていた。俺たち写真部には撮影した中で気に入った写真をコルクボードに貼ってたりするけど、部員の写真は一枚もなかった。


 まぁ、俺だって自分一人だけで写ってる写真を飾られたって嫌だし、そもそも黄坂は撮られる事自体嫌いだし。けど、せめて一枚だけ、何かと縁があって出会えた俺たちなんだから、この部室で出会った思い出を形に残したかった。


「部室に飾りてーんだよ。俺たちの写真」

「…………」

「マリちゃん、私もみんなで撮った写真……欲しいな」

「沙織ちゃん……」


 別に無理強いをするつもりはねーけど、でも、写真の事が好きな黄坂なら俺の気持ちも、柚木さんの気持ちも分かってくれるはずだ。


「一枚だけ……なら」

「マリちゃん……!」


 そう言いながら柚木さんは黄坂に抱きついていて、恥ずかしがりながらもソレを嫌がってもなかった。


「けど、なんで今なんですか?」

「今って?」

「もっと撮れるタイミングはたくさんあったはずなんで」

「今日が一番記念っぽいだろ?」


 廃部の危機を抱えてから、ずっと今日まで過ごしてきて、今日が最後の日。今日ほど、思い出を形に残すのにうってつけの日はないだろう。


 もし仮に、廃部になっちゃっても、この思い出がなんとなく気分を紛らわせてくれそうな、そんな気がすんだよ。


「まぁ、バカな先輩らしい思考ですね」

「だからソレが俺だろ?」


 まだ陽があって明るい内に撮ろうと思い、どこか良さげな場所を探す。

 しばらく歩くと、開けた場所を見つけて、その近くに平坦な岩を見つけたので、そこにカメラを固定してタイマーで撮ろうと考えた。


「センターは誰ですか?」

「黄坂にすっか?」

「絶対嫌です」

「なら、柚木ちゃんかな」

「え? 私ですか!?」

「俺の隣と柚木ちゃんの隣なら「沙織ちゃんの隣で」


 俺が言い終わる前に黄坂が柚木さんを選んだので、並びはセンターに柚木さんで両脇に俺と黄坂だった。

 撮影した写真を確認すると、ついつい笑みが零れてしまう。

 柚木さんは満面の笑みで、その隣で菩薩かましてる黄坂の図は、なんだか正反対で笑ってしまう。


「マリちゃん、もう少し笑いなよぉ……」

「苦手なんだって……」

「まぁ、それが黄坂だしいいんじゃね? 黄坂らしいだろこれ」


 そりゃ笑ってくれた方がより絵になるだろうけど、それでもこっちの方が黄坂らしいから俺はその写真が好きだった。


「んじゃ、撮影再開させっか!」

「再開ってか、これからスタートっすけどね」

「はい! 頑張りましょう!」


 普段と変わらないあいも変わらずローなテンションだけど、それが俺達のいつも通りで、最終日なのに変に緊張せずにリラックスできてるのは、そーゆー事なんだろうな。


 柚木さんはこの前より表情は砕けていて、黄坂のアドバイスもあり撮るシチュを限定しながら、より効率良く、より的確な写真を撮る為に奮闘した。


「うーん」

「どうかしたの?」

「ここの表情、ちょっと違うかなって」

「ふーん」

「同じシチュエーションで、もう一回撮って貰ってもいいですか?」

「うん、分かった」


 柚木さんにそう言われてもう一度カメラのファインダーを覗いた。

 何枚か撮ってから、もう一度柚木さんに確認して貰って、納得した様なので次の撮影場所を探した。


 たったこれだけの事。だけど、俺には大きな変化だと思えた。柚木さんが自ら自分の写真を見て、眺めて、意見をしてきた。


 今までの彼女はただ自分なりに考えて表情を作って、それを撮られるだけだったのに、自分で写真を確認して、納得いく様にもう一回撮影の指示を俺に出してきた。


 彼女自身も撮影に関しての拘りも出てきて、自分なりに考えてより良い写真を撮ろうとしている事が分かった。

 その事が俺にとっても嬉しい成長で、撮っていてさらにテンションが高まってくる。


「柚木さんさ、他にも撮りたいシチュとかない?」

「えぇっと……いくつかありますけど」

「じゃあ、それ教えてよ」

「え?」

「俺じゃ思いつかない様なシチュだったり構図かもしれない。さっきの写真だって俺はアレでも良いかなって思ったけど、撮り直した方が良かったからさ」


 感覚なんて人それぞれなんだよな。だから人の数だけ捉え方も感じ方も違う。俺には分からない、気がつかない事はたくさんあるし、そうやってお互いが意見を出し合って高めていくのも撮影の一つの醍醐味と言えるのだろう。


「だから、教えて欲しいんだ」

「は、はい! えっとですね——」


 それから説明されたモノは、やはり俺の想像の、思考の範疇を超えたモノだった。

 千歳先輩に言われた通りにコミュニケーションを取りながら、お互いを高められるように撮影をしていく、まさに理想の形だった。


 しばらく撮影をしてから、暫しの休憩ということでベンチに三人で座って一息ついた。

 今回は前回よりも念入りに撮影をしてるから、柚木さんにも疲れが見え始めている。


「私、飲み物買ってきてもいいですか?」

「あーうん、いいよ」

「先輩、撮った写真見せて貰ってもいいですか?」

「あぁ、構わないよ」


 撮った写真を見たいと言ってきたので俺はカメラごと黄坂に渡して、今日の撮れ高を評価して貰う事にした。


「結構撮ったんですね」

「なんか今日は気合入っちまってな」

「先輩もそうっすけど、沙織ちゃんも良い表情してますね」

「そうなんだよね。彼女もいろいろ意見する様になってきてるから、これも成長だよな」

「だから言ったじゃないですか。沙織ちゃんは化けるって」

「これからに期待、だな」


 黄坂の運んできた縁は俺たちにとんでもない変化をもたらしてくれた。

 これからの彼女の成長、部の活性化には必要不可欠な存在だろう。


「おまたせしました!」

「これ、私から皆さんへの気持ちです!」

「え?」


 そう言ってやってきた柚木さんは両手にラムネの瓶を抱えて持ってきた。

 俺たちに対する感謝の意味を込めての贈り物らしい。

 ちょうど喉が渇いてた所だったので、タイミングもばっちりだった。


「ありがとう、沙織ちゃん」

「ありがとな、沙織ちゃん」

「へ?」

「あ……」


 黄坂が柚木さんの名前を呼んだ流れで、つい俺も柚木さんの事を名前で呼んでしまった。

 別に悪気があって言ったわけではなかったけど、目の前で柚木さんが瞳をうるうると潤わせていた。


 え? 名前言ったらセクハラになるの? こんなに精神的にきちゃうモノなの?

 俺は目の前で泣き出した柚木さんを宥めようにもどうすればいいのか分からなかった。


「先輩、沙織ちゃんに何したんですか?」

「待って、俺何しちゃったの?」

「自分の胸に聞いて見ればいいんじゃないですか?」

「ち、違うんです……」


 そんな俺と黄坂の間に柚木さんが入ってきて、違うって言葉を発してきた。


「違う?」

「う、嬉しかったんです……! 先輩が私を名前で呼んでくれて……!」

「え……?」

「ずっと苗字でさん付けだったので、距離を感じていたんですけど……でも……でも……」

「先輩、やらかしてますね〜」

「えぇ……」


 けど、俺が名前を呼んだから不快感を感じてってわけじゃなくて良かった。でも、彼女がそう望んでるなら、俺もその期待に応えなきゃいけないな。


「とりあえず、ラムネありがとね。乾杯しよっか、沙織ちゃん!」

「は、はい……!」


 うん、良い笑顔だ。俺が掲げたラムネに、彼女も同じ風に掲げて、一緒に乾杯をした。

 カンってガラスが合わさる音と、カシャって音がして、お互いにラムネを飲んで、笑顔に華を咲かせた。


 ラムネの甘いシュワシュワ感が喉を通ってなんとも言えない感覚が俺を包み込んだ。幸せとは、こんななんて事ない瞬間に訪れるモノなのだろうか。


「先輩、なんだかんだ先輩してるんすね」

「お? 嫉妬か真理愛ちゃん?」

「調子に乗んないでください。そして私は下の名前で呼ばないでくださいっ!」


 そう言って黄坂は俺の足を思いっきり踏んできた。相変わらずこっちの後輩は可愛げがない事で……けど、それでもなんだかんだ俺たちの関係は良い方向に進んでいってる気がしたから、まぁいいのだろう。


「んじゃまあ、ぼちぼち撮影再開するか」

「はい!」


 そのあとはまたシチュを考えながら、小一時間程撮影をした。

 祭りはまだまだやっていたけど、それでも俺は撮影を中断した。


「まだ、時間ありますけど?」

「せっかく祭りに来たんだから、遊ばなきゃ損だろ? メリハリだよメリハリ」

「メリハリ、なるほどぉ。私、あそびます!」


 沙織ちゃんは年下らしく、後輩らしく笑ってはしゃいでいた。

 金魚すくいで袖が濡れて、スーパーボールすくいでおじさんにおまけして貰って、あんずアメでじゃんけんに勝ってもう一個ゲットして、それを黄坂にあげて二人で仲良さそうに食べていた。


「私、ちょっとお手洗いに行ってきます!」

「はーい、行ってらっしゃい」

「先輩、一ついいですか?」

「なんだ? 可愛げのない方の後輩よ」

「良い写真、撮れてないですよね?」


 沙織ちゃんがトイレに行ったのを見送ってから、黄坂が俺に質問していた。まったく、可愛げがない上に本当に勘の鋭い後輩だな。君は小説家にでもなったらどうだい? 


「なんでそう思う?」

「先輩の表情が変わってないですもん」

「普段より笑顔だろ」

「けど分かるんですよ。先輩表情で分かりやすいですもん」

「お前は逆に表情読めないけどな」

「どうしてなんですか?」

「あ?」

「どうして、もう撮影やめたんですか? 沙織ちゃんがもう無理ってことですか?」


 そんなつもりじゃない。沙織ちゃんは俺の期待以上の働きをしてくれたし、そこになんの不満も抱いていない。けど、せっかくの夏祭りだろ? 撮影のことばっかりになってるから、遊ぶ目的での夏祭りもさせてあげたかったんだよ。ほら、メリハリは大事だろ? 


「沙織ちゃんだって、親友のお前とお祭り行きたいとか楽しみたいとか思ってるだろうし。今年、一緒にお祭り行ってないだろ?」

「それは、そうですけど」

「なら、これでいいんだよ。大丈夫、俺たち3人でやってきた事に間違いなんてなかっただろ」


 やるだけの事はやってきた。これで勝負して、ダメならしょうがない。そうやって割り切るしかねーんだよな。

 焦ったってしょうがねーし、だから今は精一杯楽しむべきだろ。学生生活の夏なんて一生味わえるモンでもねーからな。


「それで先輩は、後悔ないんですね?」

「あるわけねーだろバーカ。こんだけやれて、後悔なんてなんもねーよ」


 見栄でもなく虚勢でもなく、純粋な俺の本心だった。だから、今日くらいは黄坂にも純粋に楽しんで欲しかった。


「沙織ちゃんが戻ってきたら、ちゃんとあそんでやれよ」

「カッコつかないんだから、カッコつけなくていいんですよ」

「うっせ」


 そのあとは、撮影の事なんか忘れたように、俺も黄坂も、沙織ちゃんも純粋に祭りを楽しんでいた。これが俺と、俺の写真部のメンバーと過ごした高二夏の思い出だった。

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