第31話 みんなで決めた事だから




「人、多いね」

「まぁ、ここら辺でヒマワリ畑撮れる所はここしかないですからね」


 この前柚木さんと行った祭りほどじゃねーけど、やっぱりそれなりに人は多くて、そのほとんどが年配の人だったりカメラを小脇に抱えてた人だった。

 俺達と同じようにカメラマンと被写体で歩いてるような人もいたけど、その中でも柊さんは異彩を放っていた。


「みんな、柊さんのこと見てますね」

「そう? あんまり見られると恥ずかしいなぁ~」


 全然恥ずかしがってる素振りなんかじゃなくて、慣れている感じで、むしろ余裕なイメージだった。

 元々被写体の経験があるから見られる事に対して抵抗が無いんだろうな。


 もし仮に被写体をやってなかったとしても、柊さんの美貌なら街中を歩いていれば自然と人目に触れるだろう。だから、柊さんを綺麗だと思う視線と、その隣を歩く俺へのヘイトの視線がかなり厳しく感じた。まぁ、俺の自意識過剰なのかもしれないけど。


「ちょっと飲み物買っていい?」

「いいですよ」


 歩きながら視界に入った自動販売機で柊さんはペットボトルに入った飲み物を買いだした。

 健康に気を遣ってるのだろうか、彼女が購入した飲み物は水だった。


「松橋くんは何飲む? 奢ってあげるよ」

「え? 大丈夫ですよ」

「え~歳上としてこれくらいはさせてよ~」

「でも……」

「松橋くんはお姉さんのゆーこと聞けない悪い子なの?」

「じゃ、じゃあお茶で」


 柊さんにそう言われ、断り切れずに急須で淹れたような濁りが特徴的なお茶を買ってもらった。

 大人なのか子供なのか、どっちにも転ぶ彼女に動揺しながらも、それも含めて柊さんの魅力なんだろうなって感想で落ち着いた。

 ほんとうに、誰とも仲良くできて、誰からも好かれそうな性格をしているなと感じた。


「はい、夏は水分補給大切だからねっ」


 歳上の女性特有の余裕がある感じ、まだ健全な高校二年生の俺にとってはそれだけでも刺激が強かった。


「とりあえずここら辺で撮ろっか」

「あ、はい」


 今日はなんだか、終始、柊さんに主導権を握られている気がする。

 俺が想像しているよりも被写体としての経験は豊富っぽいな。

 手鏡で軽く身だしなみを整えながら、口角を上げ下げして表情を作る練習をし始めた。


「細かい表情とか指示してくれればやるからさ。期待に添えるかは分からないけど」

「了解です。よろしくお願いします」


 そう挨拶をすると柊さんはニコッと笑って、俺のファインダー越しの目を捉えるかのように視線を向けてきた。

 そこからの撮影は、本当に驚きの連続だった。

 俺がシャッターを切るタイミングで表情やポージングを毎回変えて、柊茜としての自分を表現していた。

 時には笑って、時には儚げな表情を浮かべて、正面、横顔と自由自在に表現していく。


 軽く三十枚ほど撮ってから一旦ファインダーから視線を外した。この三十枚の中で、俺がこうして欲しいとかあぁして欲しいと指示を出した事は一度もなかった。


 全部、柊さんが考え、表情を作り、ポージングをして、振り返ってみても同じ写真が一枚もないことに更に驚きだった。


「どうかな? 表情とか硬くなってないかな?」

「全然ですよ。むしろここまですごいとは思わなかったです」

「そんな事言わないでよ~。何か撮りたいシチュとかはある?」

「えっとですね、帽子をお腹辺りで持ってもらってもいいですか?」

「こうってこと?」

「そうですそうです」


 俺の注文に対して的確なポージングをしてくれて、撮影することに対しての気合が入る。

 柚木さんとの撮影も十分楽しい。ぎこちないながらも頑張る姿も、それで撮れた一枚に、力を合わせて撮ったって達成感もあって好きだ。


 柊さんとの撮影は、圧倒的にこちら側が楽できる。

 細かい指示を出さなくても、彼女の被写体歴の経験測で察してくれるから、伝わらないって事がまずない。


 撮った写真を見返してみても、今の時点で柚木さんよりも撮れ高はすでに多い気がした。

 自分のイメージをこうやって形に具現化できることに、幸せすら感じていた。

 比べちゃいけないはずなのに、柚木さんが悪いわけじゃないのに、どうしても比べてしまった。


「本当にすごいですね、柊さん」

「ん?」

「なんでも分かってる感じだから、俺もすごい撮りやすかったですよ。普段撮ってる後輩がいるんですけど、まだまだ初心者で表情とか上手く作れなくて」

「初心者ならむずかしいよね~。でも、それなら良かったな~」


 なんだろう、柊さんは普通に受け答えしたはずなのに、その声音と表情は儚げに見えた。

 作った儚げじゃなくて、柊さんの素の表情だとも思った。なにか、おかしな事を俺は言ってしまったのだろうか。


「どうかしました?」

「ううん。褒められるのは、あんまり好きじゃないんだ……」

「えっと……」

「みんなそう言ってくれるんだけどね、私は全然知らないんだ」

「全然知らない?」

「自分の盛れる角度も、カメラマンさんが撮りたい角度も、求めてる物も分かるのに、写真の事は何も知らなくて……あの子の事も。薄っぺらい所だけ注目されて持て囃されて、大切な事に、肝心な事に気がつけないんだよ。私って」


 そんな話を急に聞かされて、俺は言葉を失った、こんな時、相手にどんな言葉をかけてあげればいいのかがまるで分からない。

 どうすればいいのか分からなくて心の中で頭を抱えてしまう。


「な、なんかすみません……」


 気の利いた言葉なんてかけてあげられなかったけど、それでも俺の発した言葉が原因なら、謝らなきゃいけない。

 言葉は投げかけた側よりも受け取った側の気持ちを重んじるべきだから、尚更だった。


「ふふふっ、あははははっ!」


 さっきのしんみりとした雰囲気は一変して、今まで通りの明るい柊さんの表情へと戻っていた。

 この変わりよう、情緒不安定なのだろうか? 俺には突然すぎることだらけで、困惑していた。


「ちょっと演技の練習してみたんだけど、どう? リアルだった!?」

「リアル過ぎてかなり心臓に悪いっすよ……」


 ごめんごめんと言いながら高笑いする柊さんを見て、本当にこの人は人をおちょくるのが好きなんだなと思いながらも、嘘だと分かって一安心している自分もいたけど、あまり人に表情や感情を読ませない人なんだなとも同時に思った。


「じゃあ、ちょっと休憩がてらに写真を教えてよ!」

「いいですけど、何から教えればいいんですか?」

「構図ってあるじゃん? いろんな種類があるじゃん? まずそこから教えてほしいかな」

「構図は知らないんですか?」

「あくまで被写体だもん。カメラマンが私を映してるのは分かるけど、それがどの場所なのか、どーゆー分割で撮ってるかは本人次第でしょ? 右に寄せたり左に寄せたりさ」

「撮り終わったあとに見せて貰えばいいんじゃないですか?」

「私が知りたいのは、どーゆー感情で、考えを持ってその構図を撮ろうとしたかってことっ!」


 なるほど、柊さんが知りたいのは結果じゃなくてその過程ってことなのか。

 それなら、確かに撮られた写真を見ても分からないし、それこそ撮ったカメラマン本人に聞くしかない。けど、答えは分からずとも、憶測と予測は立てられるのだろう。

 だから、それをする為の材料が欲しいという事なのだろう。


「じゃあ、俺の撮った写真見ながら説明していきますね」

「よろしくね、せんせっ!」


 先生なんて言われるほど大層な知識も考え方も技術も持ってねーけど、頼られてるってことに関しては悪い気はしない。

 俺の写真や考えを通して、カメラの事について興味を持ってくれて、共通の趣味を共有できるようになったら、この上ない喜びでもある。


「そーいえばさ、松橋くんは写真展とかに応募しないの?」

「してますけど、入選した試しがありません」

「えー、松橋くんの写真綺麗だと思うのにな~」

「それが原因で、今廃部の危機なんですよね」

「廃部!?」

「はい、学校側の費用削減とかなんかで、活動実績のない部活は廃部だーとか言われて、夏休みの最終日に応募締め切りの写真展があるんですけど、そこで入選しなかったら廃部ですね」

「そっかぁ。汚いオトナだね」

「まぁ、そうっすね。けど、今はもうやるしかないんで、自分の全力を出すだけです」

「あのさ、私その写真展用の被写体になろうか? 松橋くんだって廃部にさせたくないだろうし、その普段撮ってる初心者の子に比べれば、私の方がまだ上手く立ち回れる気がするな~」

「そうですね」

「じゃあ、決まりだね! 時間も少ないけど、頑張ろうね!」


 柊さんの提案はすごく魅力的だった。

 被写体としての経験も、表情の作り方も、仕草のバリエーションも、その他の何もかもが柚木さんと比べて突出していたから。


 これからも柊さんの事は撮ってみたい。たくさん撮って、俺にしかできないやり方で、表現方法で柊さんを表現したい。


「せっかくの提案ですけど、お断りさせてください」

「え?」

「確かに、今撮ってる後輩はまだまだ不慣れで、正直柊さんと比べたら月とすっぽんくらいの差がありますね」

「う、うん」

「けど、三人で撮るって決めたんです」


《沙織ちゃんが一歩踏み出そうとしてるから、背中を押してあげたいんですよ》


《沙織ちゃんは、私の数少ない友達なんですよ。こんな可愛げない見た目で、バカにされてきても、沙織ちゃんだけはずっと私の傍にいてくれたんです。私の大切な親友なんですよ》


《マリちゃんの為にもなにもしてあげられない自分が嫌で、マリちゃんは私が抱いてた夢への第一歩を、叶えてくれました》


《だから、私もマリちゃんの願いを叶えてあげたくて……力になりたくて……》


 お互いに、私利私欲にまみれて、俺の事なんかろくに考えねーで本音をぶつけてきて。

 それでも俺自身がやるって決めて、出来るって信じたから、もうあとには引けねーんだよな。


 黄坂が紡いでくれた縁。その縁から繋がった関係が確かにあって、今はダメでも、これからもっと成長するであろう彼女と、彼女達とこの危機を乗り越えると決めたから。


「俺たち部には三人しかいません。だから、三人でなんとかしなきゃいけないから、三人でなんとかするって決めたんです」

「松橋くん……」

「素人なのに生意気言ってすみません。だから、今回は柊さんには頼らないで、俺ら三人で頑張ります」


 可能性はなくはない。けど、ダメかもしれない。ダメかもしれないけど、部長の俺が後輩二人を信じなくて、誰が信じるって話だ。


 ぶつくさ文句垂れながらも、俺と良い関係気づけてる友達想いの鉄仮面後輩と、内気で人見知りだけど、それでも夢に向かって全力で、友達想いの可愛い後輩の為にも、クソうざくてダセェ先輩らしく、俺は俺たちのやり方で入選するような写真を撮ってやる。


「そこまで言われちゃあ、何も言えないかなぁ」

「すみません……でも、柊さんを撮りたい気持ちはあるんで」

「ダメだよ、撮らせない」

「え……?」

「廃部を阻止しないと、撮らせないからねっ!」

「……!? はいっ!」


 この想いを実現させる為にも、俺は何がなんでも入選する作品を撮らなきゃいけなくなった。撮って取って、また柊さんを撮る。

 俺にまた新たな目標が追加された瞬間だった。







 ▼







「って事で、これが泣いても笑っても最後の撮影になる」

「はい……!」

「前回の祭りで撮影した写真だけでは、なかなか決め手に欠けるのが現状だ」

「は、はい……」

「だから、今日の最終日でとことん最高の写真を撮ろうじゃねーか!」

「はい!」

「いいから集合時間教えて欲しいんですけど」

「黄坂、お前は相変わらず黄坂なのな」

「なんですかそれ」


 ついに決戦の日を迎え、俺たちはいつもの様に部室に集まりながら、作戦会議を行っていたけど、相変わらずノリの悪い黄坂がそれを妨害してくる。


 柚木さんはノってくれてるのにな。本当柚木後輩マジ天使。この部活の癒し枠まである。


「ってか、今日は黄坂も行くのか?」

「当たり前じゃないですか。流石に最後の日ですし」

「当たり前って言っておきながら、今までの撮影一度も来なかったけどな」

「私も私でいろいろあるんですよ」


 まぁ、そんな事はおいといて、祭りの計画を立てようじゃないか。祭りの開始は17時からで、前回の反省を踏まえて、16時にはもう現地に着いておくようにしたい旨を伝えて、解散となった。


 俺は部室を最後に出て、しっかりと戸締りをしてから家へと向かう。なんだか、すんげぇドキドキしてる。当然不安もあるけど、興奮しているのも自分で分かった。


 そんなスポーツマンみたいな感覚を抱きながら、俺はカバンに必要な道具を詰め込み、約束の場所へと向かった。

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