第30話 魅力的な誘惑



「お待たせ~!」

「いえ、俺も今来たトコなんで」

「松橋くんは乙女心が分かってるね~!」


 最後の夏祭り撮影を二日後に控えたとある日に、俺は柊さんと連絡を取り合って写真を撮りに行くことになっていた。


 待ち合わせした駅前に到着した柊さんの格好は、白いワンピースに麦わら帽子でまさに夏って感じの服装だった。

 帽子の下には初めて会った時に見た双葉の髪留めも健在だった。


 今日の撮影に関しては、服装も、行く場所も全部柊さんが考えたものなので、俺はどこへ行くのかは知らされていなかった。

 それでも、彼女の服装を見ただけで、どこへ行くのかがなんとなく分かってしまった。


「どうかな? タンスの中から引っ張り出してきたんだけど」


 そう言って俺の前でひらりと一回転してみせた柊さん。その姿はまさに天使と疑いたくなるほどに綺麗で尊さを感じた。でもいかんいかん……俺には青山流歌って心に決めた子がいるじゃない……惑わされるな、平常心平常心。


「すっごい似合ってますよ」

「そっかそっかぁ~! ありがとっ! それじゃあ行こっか?」


 柊さんにそう言われて、俺は後をついていく形で歩き始めた。照りつける太陽の日差しが暑く夏を感じさせる、そんな日の出来事だった。


「ねぇ、どこ行くか当ててみてよ!」

「瀬ケ崎公園ですか?」

「松橋くんてエスパーなの?」

「いや、状況から見てそうかなと」


 柊さんが白ワンピと麦わら帽子を持ってここへやってきたから、真っ先に思い浮かんだのはヒマワリだった。

 服装からしてその組み合わせはベストマッチだし、被写体を経験してるなら、なおさらその組み合わせの印象は強いだろう。そうなると、ここら辺でヒマワリ畑があるとすると、瀬ケ崎公園って答えに辿り着いた。


「やっぱり松橋くんはカメラマンなんだね」

「カメラマンと言うよりは、カメラが趣味な人ってレベルですけどね」

「今日はたくさん教えて貰うからね!」

「はい、俺もたくさん撮らせてもらいますからね」


 白ワンピの麦わら帽子でヒマワリ畑は、俺の写真展用のシチュエーションの案の中に入っていたくらい映えると思っていたシチュだった。


 あとは、個人的に撮りたいって気持ちもつえーんだけどな。こんな形で叶うのが夢みたいだけど、現実だからこの上なく嬉しかった。


「松橋くんはポートレート写真をメインで撮ってるんだっけ?」

「そうですね。きっかけがポートレート写真だったので」

「風景とかは撮ったりしないの?」

「まったく撮らないってわけでもないですけど、ずっとポートレートしか撮ってこなかったんで、いまいち撮り方が分からなくって」

「ポートレートと風景の撮り方ってどう違うの?」

「根本的な部分では一緒ですよ。けど、人なら人、動物なら動物、物なら物、自然なら自然で、それぞれに良い所があって、表現の仕方があって、その映えさせ方も違うんですよ」

「ん~、難しいなぁ~」

「すみません、でも、正直俺も完璧に理解できてるわけじゃないんで、上手く説明ができないです」


 なんとなくでもいい、フィーリングだけでも感じて貰えればいいと思った。それこそ、風景撮影なんかは黄坂の十八番だし、だったら黄坂を連れてきた方が良いのかもな。


「知り合いに、知り合いって言うか部活の後輩なんですけど、風景撮影に特化してるやついるんですけど、紹介しましょうか?」

「えー。松橋くんは風景写真上手くなりたいなんて思わないの?」

「まぁ、いろんな写真を撮れるようにしたいとは思ってるんで、そうなると上手くなりたいって思ってますよね」

「ならさ、一緒に勉強していこーよ! 元々できる人から教わるのもなんかアレだし、松橋くんからなら、まだ親近感湧いて頑張れそうな気がするし!」


 美人な女性にそう言われて悪い気はしないし、むしろ良い気持ちしかしないから困ったもんだ。

 冗談なのか、からかわれてるのかは分からなかったけど、それでも俺の心は満たされていたので問題はないだろう。

 裏があろうがなかろうが、それが見えなきゃお互い幸せで居られるんだろうし。


「それとね、このことは秘密にして欲しいんだ」

「秘密? 誰にですか?」

「いろんな人にかな」

「どうしてですか?」

「直接的な事は言えないけど、私の仕事柄バレるとちょっと面倒なんだよね~。でも松橋くんなら口固そうだし、お姉さんと二人だけの秘密だぞっ!」


 俺の唇に当てられる柊さんの人差し指に、その行動に、その瞳に、その言葉に、その仕草に心が躍る感覚に陥る。

 大学一年生と言う、そこまで歳が離れていないにも関わらず、オトナの女性のような色気と雰囲気と蠱惑的な魅力で俺の視線を釘付けにしていた。


「分かりました」

「うんうん。松橋くんは良い子だね~!」


 そう言って頭を撫でてくる柊さんに照れながらも、気を取り直してこの先にある公園へと向かった。

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