第29話 撮影のノウハウとアンラッキースケベ
「手ごたえはどうだったんですか?」
「良かったよ。柚木さんも前より表情とか仕草も柔らかくなってるし、次ならもっと砕けて撮れると思ってるよ」
「なら、良かったですね」
「あぁ、そうだな」
「それと先輩」
「なんだ?」
「コレ、なんですか?」
そう言いながら黄坂が俺に見せてきた一枚の写真。
そこにはとある食べ物を美味しそうに食べてる柚木さんの姿がバッチリと撮られていた。うん、ピントも合ってるし、良く撮れてると思うんだけど。
「この食べ物、なんすか?」
「もちろんチョコバナナ」
「通報していいですか?」
「いやまてまてまて、早まるな黄坂!?」
ポケットからスマホを取り出して110と番号を入力していく黄坂を必死になりながら止めようとする。いや、別にやましい気持ちで撮ったんじゃないから……許して黄坂様……
「そもそも、チョコバナナは柚木さんが食べたいって言ったんだぞ?」
「じゃあ、撮ってくれっていわれたんですか?」
「ソレは言われてねーけど……」
「なら、確信犯じゃないっすか」
「いや、だってそもそもが食べ物食べてる姿とか、遊んでる姿を撮ろうって話じゃんか!」
「ソレを上手く利用したってことですね」
「だからちがーう!」
俺と黄坂の間でチョコバナナはアウトかセーフの話になっていて、幸いなことに柚木さんがバイトで居なかったのが救いだった。もし、この場に居たら黄坂の変な入れ知恵であらぬ誤解を生みかねないからな。
そんな小言の言い合いも去ることながら、俺と黄坂はその後も写真展に応募する用の写真を選んでいた。
まだ、撮影する日は一日残ってるけど、その時に写真展用の材料が撮れるかどうかが分からないから、ひとまず何点か候補を決めておこうって話だった。
実際振り返ってみるけど、良く撮れてると思う写真はそれなりにはあった。でも、いざ写真展用のって考えるとその枚数は極端に減ってしまう。
「黄坂的に、なんか良さげなのあるか?」
「良いと思うのはまぁまぁあるんすけど、応募するってなるとまだ一枚も」
「だよな~」
パラパラと捲っていくが、本当に見つからない。
見た瞬間になんかビビッときて震えるような感覚が何もなかったのだ。
別に柚木さんが悪いわけじゃねーし、俺のが悪いわけでも……技術力がないことは認めるが、それほどまでに難しいってことだった。
「これ、上手くリーディングライン使えてるじゃないですか」
「あ、それ俺も良いなって思ったんだけどさ。ピントがズレてんだよ」
「あ、そうっすね」
パッと見は良く撮れている様に見えて、実際によく見てみるとピントが合ってないとかブレてるとかがあって、写真を決めかねる事もしばしばだった。
その問題点に関しては俺の技術力の問題なので、今後の反省点として活かしていかなきゃいけない。
「先輩、こっちとこっちどっちがいいと思います?」
黄坂が見せてきたのは両方とも柚木さんの顔が写っている写真で、スポット的に撮ったりする部分撮りの写真ではなかった。
右の写真はフランクフルトを食べてる時で、左が焼きそばを食べてる時だった。
「右だな」
「食べ物見て選んだんすか?」
「お前はどうしても俺を犯罪者に仕立てあげたいらしいな」
俺が真顔でそう答えると、黄坂はそれ以上言及することなく、また新しい写真を二枚見せてきた。
右の写真はわたあめを食べてる時で、左の写真はタコ焼きを食べてる時だった。
「右だな」
「それじゃ、これはどうすか?」
今度もまた二枚だけで、右が冷やしパインを食べてる時で、左がかき氷を食べてる時だった。
「右だろ」
「なんか気がついたことないっすか?」
「気がついたこと? ない」
「もう少し真面目に考えて欲しいっす」
「気がつくことね~」
今までの写真を振り返ってみても、どれも柚木さんが食べ物を美味しそうに食べる横顔を捉えた写真ってだけで、それ以上の情報はなかった。
共通してることと言えば、全部食べ物を食べてるってくらいだった。
「俺は棒に付いてる系の食べ物を選ぶ傾向にあると? もしくは右側に置かれてる写真を選んじゃう」
「寝言は寝てから死んでください」
「おい……」
「ったく……じゃあこれとこれならどうすか?」
右側が牛の串焼きで、左側がじゃがバタだった。けど、右側の写真は棒にくっ付いてる系の食べ物のはずなのに、直感的な好みは左の写真だった。
なんか。うまい具合に洗脳されてんのか俺?
「左だな」
「っとなると、私と先輩の直感は最悪なことに似てるらしいっす」
「最悪ってなんだよ最悪って……」
「先輩が選んだ方を、私も良いと思ってるんすよ」
「ほう、その心は?」
「私と先輩が選んだ沙織ちゃんの写真、全部沙織ちゃんから見て左側から撮ってるんすよ」
「言われてみると、確かに」
「多分ですけど、沙織ちゃんは左から撮った横顔の方が映えると思うんすよ」
確かに、どの写真を見ても左側から撮られてて、黄坂の仮説は正しいと思えた。
たった一つの方向性、共通性が分かるだけでも、知らなかった時と比べるとえらく大きな差ができる。
今回の件に関しては、俺一人で写真を見てても分からなかったろう。
普段から考えながら、観察しながら撮ってて、幼馴染だからこそ、黄坂だからこそ分かった事だと言えるだろう。
「ありがとな、黄坂!」
俺は喜びのあまり、黄坂の頭をついつい撫でてしまった。
気がついた時にはもう遅くて、これから変態だとかセクハラだとか暴言を吐かれると覚悟したが、黄坂の口からは一向に暴言やその類の言葉は出てこなかった。
「最後の祭りの撮影に……活かしてくださいね」
「お、おう……」
普段とは違う反応に戸惑いながらも、暴言を吐かれなくて良かったと思う安堵の気持ちがあった。
「紅茶、淹れますけど先輩も飲みます?」
「あぁ。いつものダージリンな」
「……はい!」
砂糖も何も入れてないはずなのに、今日の紅茶はいつもより格段に甘く感じた。
「いたいた、松橋くーん!」
「なんだよ。部外者は勝手に入ってくんな」
「酷いよ! 私だって被写体の協力するって言ったじゃん! 仲間じゃん! ねー! 真理愛ちゃん!」
「下の名前で呼ばないでください」
「事ある事に拒否ってたお前が今更仲間面してんじゃねーぞ!」
俺達の部室に緑川がやってきた。
自分の恋愛でいっぱいいっぱいなのは分かってるから、別に無理して来なくてもいいってのが本音だし、そもそも役に立たないのが目に見えて分かるのが大本音だし。
「それで例の件なんだけどさ、先輩と夏祭りデートとかしたいと思ってるんだけど、どうしたらいいかな?」
「悪い、今忙しいし、この夏休みは部の命運がかかってるから手伝えないんだ」
「えー、じゃあ私の夏はどうなっちゃうの!?」
「少しは自力でなんとかしろよ。ほらアイツ、羽紫だっているし」
「零に聞いても男目線の話聞けないじゃ〜ん。ね〜ぇ〜松橋く〜ん」
「うるせーよ、ってか胸ぐら掴むな、それに人に物を頼む態度じゃねぇだろそれ!?」
胸ぐらを掴みながら前後に揺さぶられて、ってかほんとコイツ力強くない? それにマスクメロンも揺れてるしなんのご褒美……拷問だよ。
「え?」
「え?」
前後に揺さぶられる力が強過ぎて、俺はそのまま前のめりに倒れ込んでしまう。そのまま倒れたので当然緑川を下敷きにしてしまった。
大丈夫ですか、って黄坂の声が聞こえたと同時に、俺の部室の扉が開く音が聞こえた。
「光輝、あんたに話が……」
その声は青山さん家の流歌さんの声じゃないですかね? 倒れてしまったけどなんとか両手を地面について顔だけ上げると、そこにはやはり流歌が立っていて、何故だか知らないけど俺を汚物を見るかのような視線で見ていた。
「流歌?」
「……さいってー」
「え……?」
そう一言だけ言って、勢いよく扉は閉められた。何がなんだか分からず、とりあえず倒れた緑川にケガは無いかと下を向いたら、顔を真っ赤に染めている緑川の姿と、俺の左手が緑川の緑川を掴んでいた。うん、やっぱり柔らかいな。
「松橋くんの……変態!」
そして平手打ち。流歌がすぐ居なくなった原因はコレかよ……いろいろ順調に事が進んでたと思ってたのに、これで全部チャラになった疑惑無い……?
「いや、これは不可抗力で……」
「先輩、それはマジでないです」
「黄坂さん……」
「男は大きい人が好きですもんね」
「だからそういう目的で揉んだんじゃねー!」
そう言ってはみたものの、その後1時間くらい正座させられて二人から説教されました。
あぁ、いろいろ失って帰りたいです……
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