第28話 始まりました、夏の陣


 我が高校も夏休みに入ったワケなんだけど、普通なら夏休みを謳歌したい所ではあるんですけどね。部活の廃部危機なんで悠長に夏を満喫なんていってもられないんですよ。


 だから俺達写真部のメンバーは真夏の照りつけるアスファルトの上を歩きながらここの部室へと作戦会議の為にやってきているワケなんですよ。


「んじゃ、今日は16時に駅前に集合な」

「分かりました!」

「黄坂もだぞ」

「私、パスです」

「だぁ、お前いっつもそれじゃねーか!?」

「仕方ないじゃないですか。予定あるんですから」

「なんだよ? 部活が廃部になるって危機よりも重要な予定って」

「ちょっと予定があるんですよ。家族との」


 なるほどな、通りで今日の服装は制服じゃねーんだな。綺麗に着飾って、髪留めも取って。

 家族との予定となれば俺がとやかく言うことはできないし、言う権利だってねーわな。


 黄坂の詳しい家族構成は知らねーけど、お父さんはなんか世界飛び回ってるらしいな。んで、お姉さんがいて、お母さんはいなかったっけ。それ以上は知らないし、聞いてもねーし、聞かされてもねー。


「んじゃ、とりあえず二人で作戦決行だな」

「は、はい……! 頑張ります!」


 うん、いいね。こうやって前向きに物事を捉えてくれる子は好きだし可愛げがあって実に気分がいい。

 どっかの誰かさんに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだった。


「一応、浴衣で来るんだよね?」

「はい! 浴衣の色合いは「水色と白でクラゲのイメージ?」

「むぅ、先に言わないで欲しいですぅ」


 そんなむくれる表情も良いね。うん、めっちゃ心躍るし天使が実在してるよね。

 まん丸に膨れてる頬の中にはどんな夢と希望が詰まってるのだろうか? つついてみたい衝動はあるけど、触ったら触ったで変態とかセクハラとか言われそう。


 いや、言ってくるのはどっかの黄坂さんだけだな。けど、柚木さんはなんか静かにフェードアウトしそうなので、あまり出過ぎたマネはしないようにしなきゃな。


 黄坂は予定があるから俺達より先に帰って、俺は部室から必要な機材などをカバンに詰め込んで、柚木さんはひたすら手に人と書いて飲み込んで、もう何十人飲み込んでるんだろうな。


 一応、祭りでの撮影は今日とまた別日で撮っておいてある。結果を残す為に用意された時間はたった2日だった。


 その決められた日数の中で結果を出さなきゃいけないのは簡単な事じゃねーけど、やらなきゃ結果はついてこないなら、やるしかねーんだよな。


「他になにか、必要な物とかはありますか?」

「いや、浴衣だけで十分だよ」

「分かりました!」


 柚木さんは初対面だとクッソ人見知り属性を発動させるが、慣れたら慣れたで子犬の様に慕ってきてくれて、随分と砕けたな〜って、ここ最近ひしひしと感じていた。


 別にその変化が悪いわけじゃなくって、俺にとってはもちろん、彼女にとってもすごく良い変化だと思っている。


「んじゃ、またあとでね」

「はい! よろしくお願いします!」


 こうして、俺と柚木さんは一旦別れて、約束の時間になったらまた会おうと言った。

 小さなその背中が、小動物のようなひょこひょこした姿が相変わらず可愛らしかった。


「さてと、俺も気合入れねーとな」


 レンズのメンテナンスも終わり、万全の準備を整え、俺は約束の時間までの間、ひたすらに構図のイメージや自分の撮りたいシチュ、映えそうなシチュを考えていた。







 ▼







「お待たせしました!」

「おう」

「ど、どうでしょう……か?」


 俺の目の前ではらりと1回転して、ふわっと流れる白と水色のコントラストが淡く、ある種の水の流れの様な印象だった。

 髪型なんかは変わってないのに、浴衣を着てるってだけで印象はグッと大人っぽい雰囲気になっていた。


「すごい似合ってるよ。なんだか、大人っぽくて新鮮だな」

「あ、ありがとうございます……!」


 こーゆー時は素直に褒めるのが吉。けど、そんなお世辞抜きで印象はだいぶ変わっていて、これなら上手く映えそうな気がした。


 俺の隣にくっつきながら付いてくる姿は、やっぱり後輩って感じがするが、それら全て含めて柚木さんっぽかった。


「どんな写真を撮るんですか?」

「ふっふっふ〜、今日は柚木さんには、ひたすら食べてひたすら遊んで貰う予定だから!」

「ひたすら食べて、ひたすら遊ぶですか?」

「そっ。その姿をカメラで撮って、良い感じのを探すって感じかな」


 そうなんですかと言いながら、彼女の歩幅が俺を追い越していく。鼻歌を交えながら、軽快に音を鳴らすその下駄の音も、夏らしさの一つじゃないだろうか。けど、音なんてもんは写真に残すことは出来ない。だけど音を感じる様な写真は撮ることができるから、俺は少し立ち止まり、今もなお歩みを進める彼女の足元の写真を一枚パシャりと撮影した。


 左足の下駄の裏側が見えるタイミングでシャッターを切ったので、そこに躍動感を感じさせる事ができているだろう。モニター越しに確認したその写真からは、まさしく夏の下駄の音が聞こえてくるかの様な出来栄えだった。


 あくまで俺個人の見解と感想だから、それらが全部正しいわけじゃねーし、なんなら周りに共感されるかは分からねーけど、他人の評価もそうだけど、あくまで自己満足の世界な所があるからな。


 けどまぁ、今回の撮影で自己満足だけじゃ終わらせられない写真を撮らなきゃいけねーんだけど、根を詰め過ぎたって自分の思うような写真は撮れないだろうし、気楽にやるのが一番だった。


「あれ? 今撮ってましたか?」

「うん。足元を狙ってね」

「足元ですか?」

「そう、要は部分撮りってやつかな」


 そう言いながら先ほど撮影した写真をモニターに映して柚木さんに見せてみた。なるほど~と言いながらも、実際問題あまりよく分かってなさそうな反応だった。


「イマイチって感じか~」

「す、すみません……そんなつもりじゃ……」

「いいのいいの。これは撮影者の技術力の話だし、なんなら写真って十人十色じゃねーけどさ、人の数だけ捉え方があるんだよ」

「人の数だけ? ですか?」

「そ。この写真、俺は下駄の音が聞こえてくんだよ」

「下駄の音ですか?」

「うん。実際に聞こえるわけじゃねーけど、それこそ雰囲気ってヤツだよね」

「なるほど……」

「今この瞬間にも、俺と柚木さんの感じ方は違うでしょ? 要はそーゆーこと」


 俺の説明に納得したのか、彼女がなるほど~と言いながら眉間に手を当てて考え始めた。

 俺の感覚や感性を理解しろってわけじゃないけど、もしそう感じてくれたら嬉しいなってぐらいだった。


「写真って奥が深いんですね」

「そだな」


 そして、立ち止まっていた足を動かして祭りへと向かっていく。

 近づくにつれて、段々と人通りが多くなってきて、辺りも一段と騒がしくなってきた。


「ん?」


 服の端を誰かに掴まれた感覚がして、後ろを振り返るとそこには不安がった表情をしている柚木さんの姿があった。

 もしかしなくても、周りにいる人たちの事が恐いのだろう。恐いと言うか、極度の人見知りだからってイメージかな。けど、こうしてみると俺とは本当に打ち解けれれてるんだなって思って悪い気はしないけどな。


「やっぱり、緊張する?」

「はい……すこし……」

「恐いなら手でも繋ぐ?」

「そ、そこまでじゃないので大丈夫です……!」


 うん、実に残念だ。

 妹の手を引いて街を歩く兄の構図を妄想してみたけど、これが理想と現実のGAPってことか。

 そのまま柚木さんは俺の服を掴みながら、どんどん多くなる人混みをかき分けながら道を進んでいく。


「やっと着いたね」

「はい……!」


 普段の歩くペースから考えて軽く倍くらいは時間がかかってる気がした。

 それでも、ようやくたどりつけたので、俺はカメラの電源を再度入れて、頭の中で思い描いていた構図を撮る為に、必要な場所へと向かった。


「柚木さんは苦手な食べ物とかってある?」

「苦手な食べ物ですか? ピーマンとかニンジンは少し苦手です……」

「あ、そうじゃなくってお祭りの屋台とかで出るやつね」

「あ、なるほど。これといって特にありません」

「なら、問題はなさそうかな」


 とりあえず一番にわたあめを買いたいんだよな。横並びで連なってる屋台を見回すが、わたあめ屋さんが一向に見つからない。


「甘いものは好き?」

「はい! 大好きです!」


 声音が弾んで、一段と大きな声で俺の質問に答えてくれた。なら、当然わたあめも好きだろうから、丁度いいだろう。

 しばらく進んでも、マジでわたあめ屋さんが見当たらなくて、いや。マジか? ないなんてあり得んのか? 


「さっきから何を探してるんですか?」

「わたあめ」

「わたあめなら、さっき見ましたよ?」

「え? マジ?」

「はい。入口付近にありました」


 柚木さんの目撃証言を信じて、俺達は来た道を引き返して入口へと向かって行った。

 すると、確かに入口のすぐ横にわたあめ屋さんは存在していて、入口の横過ぎて盲点だった。

 人は全然並んでいないので、待ち時間は無く買うことができた。


「んじゃこれ、柚木さんのね」

「あ、あの。お金は……?」

「いいのいいの。折角被写体やってもらうんだし、こんなの経費で落としとくから」

「そんな事できるんですか?」

「いや、できないけど」


 一度くらい言ってみたいセリフの135位くらいには入ってんじゃねーかってセリフでカッコつけながら、やんわりと今日は奢られてくれって気持ちを伝えた。


 あまり浮かない表情をしていたけど、とりあえずは納得してくれたみたいなので、気を取り直して撮影を再開することにした。


「柚木さんは普通にわたあめ食べてて。自然な感じで。俺は自分のタイミングでシャッター切るから」

「わ、わかりました」


 両手をグーに握りしめて、いかにも頑張りますポーズをした柚木さん。その仕草がもう既に可愛らしいんですよね。


 浴衣を着て大人っぽい雰囲気はあるんだけど、その中にもしっかり可愛さは健在だった。

 自然な感じでと言ったけど、カメラで撮られると分かっているのに自然な表情をするのはそう簡単なことではない。


 彼女の性格なら尚更のことで、それでも彼女ならやってくれると、不安と期待を抱きながらファインダーを覗きこんだ。


 まだ、十分に砕け切ってるとは言えないけど、それでも一番初めの頃に比べたら自然に表情を作れている気がする。

 彼女がわたあめを少しつまんで、口に入れるまでの時間を、次から次へとシャッターを切って、一瞬の時間の中に閉じ込めていく。


「よし、良い感じかな」


 一通り撮り終わったので、俺は柚木さんの元へ駆け寄って、手ごたえがある旨の言葉を交わした。


 まだまだ、俺の求める理想には届いていないけど、この短期間で成長した彼女の姿を見て、喜ばずにはいられなかった。まだまだこれからだけど、すなわち彼女には伸びしろがあるって事の裏付けでもあった。


「なんだか緊張しますけど、前ほどじゃありません……!」

「この調子でどんどん撮っていこうか!」

「はい! 松橋先輩!」


 その後も、柚木さんにいろいろ食べて貰いながら、いろいろと遊んで貰いながらシャッターをひたすらに切っていく。そんな中、俺はとあることに気がついた。


「結構食べて貰っちゃってるけど、お腹いっぱいだったりする?」

「いえ、一応食べ物を使った撮影はあると思ったので朝食と昼食は抜いてきたんです……!」


 そう言いながら自分のお腹をポンポンと叩いて、まだまだいけますと彼女は言ってくれた。

 そこまで撮影の事を意識してくれている事に嬉しい気持ちと、多少の無理をさせてしまってる申し訳ない気持ちが入り混じる。


「ご飯を抜いてるのは、最近少し太ってきたってのもあるんですけどね……!」


 太ってきたと言われても、柚木さんは全然細身で、むしろもうちょっと肉を付けた方が良いんじゃないかとも思うけどな。でも、細身にしては上の方で主張する二つの果実はそれなりの大きさだった。


 幼馴染である黄坂と比べるとあきらかな差が出てくるのも事実だが、それを彼女にも、それこそ黄坂にも言えない事なので、心の中だけで留めておくことにした。


「んじゃ、ぼちぼち続き再開しよっか?」

「はい!」


 まだまだ、俺達二人だけの撮影会は祭りの時間が終わるまで続いていくのだった。

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