第26話 千歳先輩の過去
その後も緑川の恋愛相談だったり、廃部阻止する為の写真展入選に向けた活動は続いていた。
緑川は緑川でいつものようにポンコツをかましていて、それを幼馴染のは羽柴が引きながら笑って、それにつられて俺も笑い合う日々。
写真部も後輩の黄坂の淹れてくれた紅茶を飲みながら、知らなかった知識を教えて貰って成長したり、柚木さんも少しずつではあるが撮影には慣れてくれている様子だ。だけどそんな運命を決める日は着々と近づいていて、今最優先なのは撮影の事だった。
風呂上がりにリビングでサイダーを飲んでいると、俺のスマホの着信音が鳴った。
ディスプレイに表示されている名前を見ると、そこには千歳先輩の名前が表示されていた。ここ最近トークアプリでの連絡を疎かにしていたから、いっそのこと直接電話をしてきたのだろうか。気が気ではなかったが、これを無視すると直接家に来られたりしそうなので、とりあえず俺は通話ボタンを押した。
「もしもし、何でしょうか?」
『こんばんは、光輝くん。私が電話した理由くらい分かるわよね?』
「心当たりが……ありません」
『そぅ。ならこのまま光輝くんの家に行くから直接話をしましょう』
「トークアプリの返信遅くてすみません……」
『嘘つきは嫌いよ』
「すみませんでした……」
『いいわ。許してあげる代わりに私との電話に付き合いなさい』
千歳さんのそのセリフは、声音としては優しく微笑んでいそうな、そんな心の底から怒っているわけでもない声音だった。
『少し嫌な事があったの。詳しくは話せないけど、ムシャクシャしたこの気持ちを発散させたいのよ』
「俺、サンドバッグ要員ですか?」
『別に光輝くんに何か嫌がらせをしようだなんて考えていないわ。ただ、こうやってお話していたいだけよ』
「ってか千歳先輩、今お風呂ですか?」
『あら、バレちゃったかしら』
「すごい声が反響してるのと、水の音で」
『えっちね、光輝くん』
「別に変な妄想してませんから!」
ただ、入浴中の千歳先輩を想像してしまったのは事実。発育良いし、顔も美人でスタイルも良くて……まぁ、これは変な妄想ではない。健全な妄想だ!
『何か話をしてちょうだい。退屈なの』
「話ってどんな話ですか?」
『なんでもいいわ。光輝くんの日常の話でもいいわ。嬉しかった事だったり楽しかった事だったり』
「そんなんでいいんですか?」
『いいわ。光輝くんの事をもっと知りたいから』
最近の俺の話。緑川の恋愛相談に付き合いながら、その過程で緑川の幼馴染とも絡むようになったり、部活にカメラの知識のある後輩と、被写体をやりたい上がり症の後輩ができたりくらいしか変化はない。
あ、そういやあったな嬉しかった事。
「そう言えば、疎遠になっていた幼馴染と仲直りする事ができましたね」
『ねぇ、光輝くんは私の事をナメてるのかしら?』
「ナメてはないですけど……」
『私と二人っきりでの通話中に、他の女の子の話をするなんて良い度胸じゃない。それに、今回が初めてじゃないわよね?』
「す、すみません……でも嬉しかった事って千歳先輩が言うから……」
『はぁ……本当に光輝くんは……』
スマホの向こう側から聞こえる深い溜息は俺の鼓膜によく染みた。でも、しょうがないから話しなさいよと優しさも見せてくれた。
「なんかが原因で怒ってたみたいですけど、自分の考えが甘かったとか、思い上がって期待し過ぎただけだって言ってて。これからはシカトもしないし普通に接するから気にしなくていいよって感じで、とりあえずは解決した感じです」
『光輝くん、それって解決したんじゃ……いえ、なんでもないわ。解決して良かったじゃない』
「はい。だから今は廃部の危機を阻止するのが優先ですね」
『私との愛を育む事は優先してくれないのかしら?』
千歳先輩には、前々から思っていた事がある。
なぜ、先輩は俺を好きなのか。千歳先輩の容姿からして、俺なんかとは比にならないくらい異性から声はかけられるだろうし、俺なんかとは釣り合わないだろうに。
「千歳先輩は、なんでそんなに俺と付き合いたがるんですか?」
『光輝くんの事が好きだからよ』
「けど、俺と千歳先輩はどうみても釣り合わないと思うんですけど。千歳先輩の隣に相応しい男とは思えません」
『光輝くんのお陰で、昔の事を思い出したわ。思い出したくもない話』
「はい?」
『中学生の頃の話。私ね、モテたのよ。すっごいね』
「話すんですね……まぁ、でしょうねって感じですけど」
『初めてできた彼氏はそうね、どちらかというと地味な男の子の同級生だったわ。私はすごい彼の事が好きだったわ』
千歳先輩の過去の話を聞く機会は今まであまりなかった。それに、ナチュラルに自慢が入ってるんですけど。いろんな人に声をかけられるけど、それでも俺がいいってか?
『でもね、その大好きだった彼に、赤沼さんと一緒に居ると辛いって言われたの。赤沼さんは頭も良くてスタイルも良くて運動神経も抜群で周りの男子にも人気でって。それに比べて僕は地味でカッコ良くもないし、なんであの二人がってみんなに言われたって』
「…………」
『そんな事気にしなくていいわって言ったのに、僕の気持ちなんて分からないよって怒鳴られたわ。僕と赤沼さんは全然違うんだよって言われたわ』
千歳先輩の声音が少しずつ震えていくのが分かった。どうやら俺は、千歳先輩へ投げかける言葉を間違えてしまったらしい。
『彼が自信を持てない事は彼自身の問題だから、私にはどうする事もできないじゃない……そんな事……』
「それは……」
『じゃあ、君にどれだけ拒絶されても、大好きだよって言ってあげれば良かったのかしら? 向こうは私の気持ちなんか考えてもくれないのに……自分ばかり見ている彼に何を言えば良かったのかしら?』
「……俺には……分からないです」
『だから私はそれがすごく嫌いなの。自分の物差しで勝手に測られて決めつけられて、モテるだろうからとか釣り合わないとか勝手に言われる事が……』
「……すみません」
『次そんな事言ったら……なんて言葉、もう言わせないで……』
千歳先輩の過去を知れたと同時に、心の奥底に深い傷を刻んでしまったような気分だった。
いつもは歳上の余裕で俺をからかい嗜める先輩だったけど、機械越しの向こうにいる先輩がとても非力に思えてしまった。
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