第25話 バカさ加減は一級品




 毎度のこと、俺と緑川は学校の屋上で秘密の雑談をしていた。秘密って訳でもないが、このことは他言しないようにと前に緑川に言われてるから一応秘密の雑談ということにしておこう。


 その割にはあいつ、普通にクラスで作戦会議しよ! とか言ってて言ってる事とやってる事が違くね? って思ったりもするが、最近ではこれが緑川クオリティーなのだろうと理解している。


「今度はちゃんとクッキー渡せたのか?」

「うん! 先輩その場で食べてくれてさ、美味しいって言ってくれたの!」

「ほう、それは良かったじゃねーか。第二弾もありそうだな」

「あったりまえだよっ! 次も絶対美味しいって言わせてみせるもん」


 前回はクッキー私に失敗してしょげていた緑川も、今度は成功してとてもご満悦な様子だった為か今日も何やらよく知らない鼻歌を歌っている。


 すると、屋上の入り口が開けられる音がした。別に立ち入り禁止な訳じゃないので先生に怒られる事はないだろうが、二人で隣同士にベンチに座っている姿を見られると恋人と間違われてしまうかもしれない。


 俺自体はそんな事どうだっていいが、緑川の場合は違う。そのせいで例の先輩と付き合えなくなる可能性も出てくる。それに、もし万が一また流歌に見られたりしたら……関係は修復できたけど、この光景は良い影響にはならないだろう。

 そんな焦りを感じたが、入ってきた人には見覚えがある人物だった。


 黒髪のショートボブで鋭い目つきの女の子。そう、緑川の幼馴染の一人の羽紫零という奴だ。

 俺と羽紫は初対面だったはずなのにいきなり敵意むき出しに睨んできた羽紫はあの日と同じ表情をしながら、そのまま緑川の元へとかけよる。


「れ、零!? どうしてここに……?」


 緑川は羽紫の登場にかなり驚いて動揺している様子だった。そりゃ元々幼馴染にも秘密にしてたくらいだからそうなのだろう。


「美羽こそ、この人と何してるの? もしかして脅されたりしてるの?」


 心配そうに緑川を見ながらそう言う羽紫。おい、俺が緑川を脅してる? 何ぬかしてんだこの黒髪ボブは? 


「ううん。特に脅されたりはしてないけど……あ、でもたまにバカって言われるからそれは違うと思うんだよ! ねぇ、零。私ってバカじゃないよね?」


 いや、この状況においてそれ言っちゃうか? 只でさえこの関係を勘違いしてる黒髪ボブにそんな事いったら余計怪しまれるじゃねーか……もっと考えて喋りやがれ……


「美羽はバカだけど、特に何もされてないならいいんだけど」

「えぇ!? 零もひどいよぉ……」


 なんだ、結局は幼馴染公認のバカなんじゃねーか、ざまぁないな。俺がニヤニヤしていると、またしても黒髪ボブの鋭い眼光が俺を捕らえる。


「……何ニヤニヤしてんの? 正直……キモい」

「……本当容赦ねーのなお前」


 相変わらずコイツは人に向かってノーフィルターでガンガンくるのな。

 流石の俺もちょっと引くぞ? しかし、変に誤解を生むようならいっそのことコイツに話してしまった方が楽な気がしてきた。


「なぁ、緑川。コイツにくらいなら話していいんじゃねーか? 幼馴染なんだし。これ以上くだらん誤解でギスギスするのは好きじゃねぇ」

「ここ屋上だよ? 厳密に言えば6階だよ」

「階数の話してるんじゃねーから……」


 他の階でならギスギスしていいぞ! なんてそんなことある訳ないだろうが。俺はこのバカじゃダメだと思い、自分の口から俺と緑川の関係を説明した。


「美羽には好きな先輩がいると?」

「おう」

「その先輩に京都弁での告白の練習をしていたと?」

「そう! 零、どう思う!?」

「……無しだと思う」

「えぇ〜!? 零まで……」

「それであんたが、美羽の恋が上手くいくように相談にのってあげてるってこと?」

「そうだ」

「……そういうことだったんだね」


 俺と緑川の関係をやっと理解してくれた黒髪ボブの羽紫。

 これでの俺の疑いは無事に晴れそうだし、ちゃんと話をすれば緑川よりは言葉が通じそうなタイプだとも感じた。


「あ、私今日は日直だったんだ。仕事してくるから零も松橋くんもまたね!」


 そう言って大振りで手を振りながら屋上を後にする緑川。まさか俺と羽紫をこの場に残すなんて正気か? さっきまで疑われてたし話題なんかないしどうすんだよこれ……


「……何で美羽の恋愛相談のってるの?」


 すると、羽紫は先程俺と緑川が座っていたベンチに腰をかけてそう言ってきた。そんな答えは簡単だ。理由なんてシンプルの他にない。


「頼まれたからだな」

「頼まれたら何でもしちゃう系の人なの? あんたって」

「何だよそれ……」

「だってメリットなんてないと思うから。どうしてかなって気になっただけ。あんたも座れば」


 明後日の方向を向きながら俺に言ってくる羽紫。何だろう、しばらく解放されなさそうな雰囲気がしてるなこれ。俺は大人しく羽紫の横に腰掛ける事にした。


「確かにメリットはないけどな〜。まぁ、乗りかかった船だし別にいっかなって」

「もしかして美羽のこと、狙ってるとか?」

「それは絶対ないから安心しろ。そもそも俺だって好きな奴がいるんだよ。言ってしまえばお互いの恋を応援してるみたいな感じだな? 俺が緑川を助ける代わりに、緑川も俺を助けるみたいな」

「なにそれ、意味わかんない」


 そして暫くの間沈黙になるが、その沈黙を破ったのはまたしても羽紫だった。


「私はまだあんたの事、疑ってるから」

「随分威圧的だよな、羽紫って」

「美羽は大事な幼馴染だから。変な事したら許さないから」

「へいへい。監視でも何でもすりゃいいだろ」


 俺はテキトーに相槌を打ちながら羽紫にそう答える。

 何だかこれからもっとめんどくさそうになりそうだなと、そんな事を思いながら雲一つない空を見上げるのだった。







 ▼







 場所はいつもの屋上である。ここで綿密な作戦を練ろうとしているのは三人の若者で、一人は恋愛経験無しの冴えない男、一人は恋愛経験無しのポンコツ女、一人は恋愛経験無しの黒髪ボブ。


「恋人になる前には何回かデートという行為をするのが恋人になる為の道だと聞きました!」

「そうだな」

「そうかもね」

「だからこそっ、デートに誘おうと思いますっ!」

「誘ってこい」

「行ってらっしゃい」

「ちょっとちょっとぉ〜! みんな投げやり過ぎない!? それに今回はデートに誘うのがメインじゃないからね!?」

「どういう事だ?」

「良くぞ聞いてくれました!」


 そう言いながら制服のポケットを弄る緑川だが、一向に何も出てくる気配がない。


「……ロッカーに忘れてきちゃったからちょっと待っててね……!」


 そう言いながら全力疾走して屋上を出て行く緑川。そんなどこか抜けている緑川を見ていると本当に先が思いやられるな……


「絶対待っててよ!? 帰ったらぷんだからね! 怒るからね!」

「いいから早く行けよバカ」

「むぅ〜! 松橋くんのロリコン!」


 そう捨て台詞を吐いて緑川はようやく視界から消えてくれた。本当これから大丈夫なのだろうか……


「……いっつもこんな感じなの?」

「まぁ、当たらずとも遠からずってトコかな」


 二人でため息を零しながら緑川を待つ事にして約五分程が経った。走ってきたであろう緑川がドヤ顔気味に俺たちの前に出してきたのはスマホだった。


「スマホじゃん」

「スマホだね」

「そう、これはスマホだよ。これから先輩の連絡先を教えて貰おう大作戦を決行したいと思います!」


 一人だけテンション高く目を輝かせている緑川。ってかまだ連絡先聞いてなかったんだ……どちらかと言えばそっちの驚きの方が大きかった。


「んで、具体的に策は何かあるのか?」

「ない!」


 二つのメロンを堂々と張らせながらそう答える緑川。そうですか……安定のノープランですか……


「少しくらいは自分で考えろよな」

「だってわからないもん、学校じゃ教えてくれないしっ! 恋愛って教科が増えればいいのね」

「そんなんじゃいくら経っても成長しないぞ」


 無駄に栄養は上半身に蓄えられてはいるがな。だが、そんな事は気にしまいといった具合に緑川は話を進める。


「っという事だから、各自、最適な連絡先の交換方法を考えるのでありますっ!」


 警察官の敬礼ポーズをしながら俺と羽紫に案を考えるように促す緑川。他力本願もいいとこじゃねーか……すると緑川は鞄から小さいホワイトボードを二個出してきた。


「じゃあ零と松橋くんはこれに書いて!」


 そう言って俺と羽紫にホワイトボードを渡してきた。

 いや、わざわざこんなもの使う必要があるのか? まぁ、このバカの考えてる事はよく分からないからとりあえずは言う通りにしておこうと思ったが、ある問題に気がついた。するとその問題を先に羽紫が発言した。


「美羽、ペンは?」


 そう、ホワイトボードは渡されたがそこに書く用のマーカーペンがないのだ。ペンが無けりゃそりゃ書けないわな。


「え? ペン付いてないの?」


 いや、どこをどう見てもペンなんか入ってないだろが……こういった所では相変わらずポンコツさ加減は変わらないのな……本当すごいよお前って……


「あ、ちょっと待って!」


 すると緑川はまた鞄を漁りだす。そして筆箱らしき物を取り出し、その中から俺には黒いペンを、羽紫には赤いペンを渡してきた。


「はい! これ代わりのペン!」


 渡されたものを見ると、それは某有名なネームペンだ。そう、もちろん油性だ。


「これじゃ消せねーだろーが……」

「あ、そっか! 黒板消しみたいなやつも必要だったか〜。しょうがないから手で消して!」

「いや、そうじゃなくてだな……そもそも油性だから消えないって話なんだよな」


 緑川は口をポカンと開けながら俺をただ見つめていた。あ、これ通じてないやつだ……


「なぁ、羽紫。こいつってこんなにバカなのか? 仕様なのか?」

「……私も正直驚いてる」

「おい、幼馴染のお墨付きだぞ。本格的にヤベーやつだぞ」

「う、うるさい! ホワイトボードはもう使わない! はい、意見言って零!」

「えぇ? いきなりあたし……?」


 そして羽紫は難しい顔をする。そもそも恋愛経験無い連中が集まってるからこうにも話が進まないんだろうな。


「……普通に聞けばいいんじゃない?」

「普通にって!?」


 羽紫に顔をギリギリまで近づけて問いかける緑川。いや、もはやこれ恐怖モンだろ? ってか羽紫も若干引いてねーか……? 


「メッセージのやりとりしたいからって聞けばいいんじゃない?」

「なるほどね〜。でもな〜、なんかしっくりこないかな」


 そう言って再び考え込む緑川。


「先にデートの約束取りつければいいんじゃねーか?」

「え? 連絡先も聞いてなのに?」

「いや、面と向かって誘って、その流れで連絡先聞けば流れは自然だし、デートの約束もとりつけられて、連絡先も交換できる」


 この案に二人は目をぱちくりさせて俺を見つめている。


「松橋くん、天才!?」

「あんた、結構ちゃんと考えてるんだね」


 いや、だいぶ初歩的な初歩なんじゃねーか? もしかして羽紫、やっぱりこいつも緑川と同じポンコツ属性なのか? 


「よし! それでは、先輩をデートに誘って、正面切ってさりげなく連絡先も聞いちゃおう大作戦を開催したいと思いますっ!」


 相変わらずの緑川クオリティーの作戦名だった。正面切るのかさりげないのかどっちなんだよ……こうしてまたしても奇妙な作戦が開始されたのだった。




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