第20話 新しい仲間
「こ、こんにちは……!」
「はい、こんにちはー」
待ち合わせは現地集合っつーなんとも現実的な待ち合わせで、これがデートだったらあんまねーよな。いや、デートじゃないからいいのか。
柚木さんの今日の服装は両肩が見えている服装で、確かオープンショルダーなんとかっつーやつだった。下はデニムのショーパンだった。
上は白で下は青っつーなんだろうな、彼女はどうやら青と白の組み合わせが好きらしい。
「今日の服装も似合ってるよ。なんだかクラゲみたいな色合いで」
「ほ、ほんとですか!? 実は今日のコンセプトは海月で……だから嬉しいです……!」
純度100%の笑顔を見せられて、あまりの眩しさに俺は困惑してしまう。
海月みたいって例え方はなんか良くなかった気もするけど、本人が喜んでんなら別にいっか。
黄坂だったらデリカシーねーとか寝言は寝てなんとかとか言ってくるんだろうけどな。緑川とかは喜びそうではあるけど。
入館料は各々で払ってから、いざ館内に入ってみると一面に広がっていたのは暗闇だった。その先のちらほらに、淡い青色や深い青色等が点々と拠点のように並んでいた。
確かに、黄坂が言ってたように暗すぎてまともに写真を撮れたもんじゃねーなこの環境は。
「柚木さん。ちょっとそこ立ってくれる?」
「は、はい。ここですか?」
「そうそうそこ。あ、楽にしてていいからね」
柚木さんにそう軽く指示を出してから、俺はカメラの電源をオンにしてファインダーを覗き込んだ。
柚木さんの目の位置にピントを合わせる為にシャッターボタンを半押しするが、どうやら暗すぎて機械も判別ができていないらしい。
何回か同じ作業を試してみたが、一向にシャッターが切れそうな気配がまるでなかった。
「ん~困ったな」
「す、すみません……まだ、表情硬くて……」
「あー違くてね、暗すぎてシャッターが切れないんだよ」
「暗すぎて、ですか?」
「うん。マニュアルとかでピント合わせれば大丈夫なんだろうけど、俺マニュアル苦手だしな~」
もう少し明るめの場所を探して撮るか? いや、辺りを見回してもそんな場所は見当たらない。大きな水槽の前ならば可能性はあるが、大きな水槽だけあって迫力のある魚が入っていて、子供や家族連れでごった返している。
そんな状況でまともな写真を撮れるほど俺の技術は高い訳じゃないしな。なら、俺の取るべき行動は一つだけだった。
「今日は羽伸ばして遊ぼっか」
「え?」
「根詰め過ぎても良くないし、きっと神様が少しは休めって言ってんだよ」
「で、でも……」
「どこか、見たい所ある?」
「ダメ……です」
「え?」
「ダメです」
心の叫びってほど大袈裟なことではないけど、今まで彼女と関わってきて、初めて聞く大きな声音だった。怒りというか、不安とか悲しみと、そっちの感情に近い声音だった。
「私、知ってます」
「なにが?」
「マリちゃんの部活、廃部になっちゃうって」
「あー、その話か」
「だから、時間がないことも……」
「それは、柚木さんが気にする事じゃない。俺と黄坂の問題だからね」
きっと、親友の黄坂の為を思って、心配して、自分も何か力になりたいって思ってるんだろうな。昔からの憧れの気持ちもあるだろうけど、多分黄坂を助けたいって気持ちの方が強いんだろうな。
「で、でも……」
「柚木さんが手伝ってくれるのは本当に嬉しいし助かってる。けど、君が思い詰める必要はないよ。俺達だって勝算がないわけじゃない」
「でも……私……私」
今にも泣きだしそうになる柚木さんの頭の上にポンと手を置いて、ガシガシって頭を撫でてやった。
突然のことで柚木さんは動揺してあたふたしてて、それがなんか妹みたいで可愛かった。良い友達持ってんのな、黄坂は。
「柚木さん、君の想いはちゃんと届いてるし理解してる。けど、今は頑張る時じゃないんだ。だから今日はそんな事忘れて、楽しもうぜ? 黄坂なら、きっとそうすると思うし」
「マリちゃんなら……そうする」
俺の言葉に頷くことはしなかったが、そのあと柚木さんは撮影の件には一切触れてこなかった。俺の言葉を受け取って、素直に水族館を楽しんでいた。
「あ、あの。行きたい所あるんですけど……いいですか?」
「うん、いいよ」
「ありがとうございます!」
彼女に道案内されながら、所々で展示されている魚の雑学とか紹介が入りながら、目的の場所へと向かっていった。
そこのブースは、大小様々なクラゲがたくさん展示されてるブースだった。それこそ、今日の柚木さんの服装みたいな、青っぽいようで白いクラゲがたくさんいた。
「綺麗ですよね、海月って」
「なんか、ふわふわしてて柔らかそうだよね」
「分かります……! もふもふしてみたいですよね!?」
「まぁ、毒が無ければそれもいいかもね」
柚木さんは時間をかけて、ゆっくりじっくりと大好きなクラゲとの時間を堪能していた。
多分、二時間くらいは見てた気がする。
長いとも思ったけど、今日は羽伸ばしてもらうって決めたし、なによりクラゲを見つめている彼女の表情はあの時の笑顔と変わらねーくらい良いモンだった。ここでシャッターを切れないのが惜しいくらいには良い笑顔だった。
クラゲを見終わったあとは、比じゃねーくらいあっさりと各所を回っていた。先ほどのキラキラ輝いていた笑顔なんてどこにもなくって、なんだか心ここにあらずって感じだった。
「柚木さん?」
「え? は、はい?」
「いや、なんかぼーっとしてたから」
「す、すみません……」
「いや、責めてるわけじゃないんだけど」
水族館を出てから家路へ向かう道でも、俺は彼女に積極的に話しかけた。今日一日いろんな話をしてみて、きっと彼女も前よりは話しやすくなったんじゃないだろうか? そんな事は彼女しか知らねー事だけど。
「ま、松橋先輩……!」
「ん?」
「私、廃部になんかさせません……頑張りますから……!」
そう言った瞳に、そう言い切った瞳にはクモリの色合いなんてこれっぽっちも見えなかった。あるのは、意欲と強い思いを秘めた生きた瞳だった。けど、何度も言うようにこればっかしは部員である俺と黄坂の問題だ。
柚木さんが負担に感じることはねーのにな。
「だから、柚木さんが気にする事じゃないんだよ。でも、心配してくれてありがとう」
俺は再度、彼女の上に手を置いて、今度は優しく撫でた。この優しさだけでも、十分俺らの心には届いて響いてるから、そんな感謝の意味を込めて、廃部にさせない強い意志を込めて、俺は彼女にこう告げた。
「だから、任せろ!」
「は、はい……!」
そう返事を返してくれた彼女の笑顔は、やっぱり綺麗で良いモンだった。
▼
「だから言ったじゃないですか。水族館は撮影に向かないって」
「あれほどとは思わなかったんだよ。けど、良い気分転換にはなったから別にいいんだよ」
「水族館に関しては、スマホのカメラの方が有能ですから」
「それな~」
いつもの様に部室に集まっての経過報告。
今回は特に撮影に関しての撮れ高はないので、ただ水族館をテキトーに歩いて、クラゲを二時間くらい見てたっつーなんの面白みもない話だった。
「そいや柚木さんに話したのか? 廃部の件」
「まぁ、ちょろっとだけ話はしたんですけど」
「結構心配してたぞ」
「沙織ちゃんはそーゆー子ですから。関係ないって言っても、心配だからって言って出しゃばってくるんですよ」
その言葉とは違って、黄坂の変化しないはずの表情が、口角が上がっていた。何だかんだで、そんな彼女の悪いところも含めて親友なんだって思ってんだな。俺が思っている以上に、二人の絆は固いらしい。
「失礼するぞ諸君」
「先生、だからいつもノックしてくれって言ってるじゃないですか?」
「別に黄坂とやましいことしてるわけじゃないんだろう? なら問題ないだろう」
「先生……あんたって人は……」
「先輩、キモいです」
「今の状況で俺がキモがられる理由が分からないんだが!?」
相変わらず先生は先生だし、黄坂は黄坂だった。なんだかんだでこんな関係はずっと健在で続くものだと思ってたけど、それはどうやら今日限りまでのようだった。
「話を戻すが、お前らに報告がある」
「はい、なんですか?」
「新入部員が入るから、仲良くするように」
「新入部員?」
「そうだ。おい、入ってきなさい」
「し、失礼します……」
その気が弱そうな声音と、おどおどした雰囲気を纏った少女には見覚えがあった。それは俺だけじゃなくて、目をまんまるに見開いてる黄坂も同じ気持ちだったらしい。
だって、その少女は──
「は、初めまして。柚木沙織です……! 不慣れで至らない点は多いと思いますが……よろしくお願いします……!」
「っというわけで、あとは頼んだぞ。松橋、黄坂」
先生はそう言い残して、すぐに部室から出ていった。柚木さんはすぐに黄坂の元へ駆け寄っていき、何やら笑顔で話しかけていて、肝心の黄坂は未だに驚いてる様子だった。
そんな二人を部室に残して、俺は部屋から出ていった先生の後を追った。
「先生」
「なんだ?」
「なんで、新入部員なんか入れたんですか?」
「なんでって、入部希望者がいたから許可を出したまでだよ」
「廃部になる可能性があるのにですか?」
「なら、一つ松橋に聞くとしようか。松橋は、廃部にさせるつもりなのか?」
「いや、そんなわけないじゃないですか」
「なら、構わんだろ? 別に新入部員を入れたって」
そう俺をあざ笑いながら先生はまた歩みを進めていく。その背中は女性のクセに、かっこよくて大きかった。
「頑張れよ、松橋」
そう言って後ろ向きのまま手を振る先生のかっこいい背中を見ながら、俺は廃部阻止に向けて、再度熱を帯び始めた。
「沙織ちゃん、バイトはどうするの?」
「それは、無い時だってあるもん!」
「けど、一言相談くらいしてくれても……」
「ごめんねマリちゃ~ん……!」
やれやれと口に出しながらも、緩んでる頬を隠しきれてねーんだよな黄坂は。そんな微笑ましい状況を眺めていると、俺の口角まで上がっちまうんだけどな。
「先輩、キモいです」
「……容赦ねーのなお前」
すると、黄坂の横にいた柚木さんが笑顔を浮かべながら、今度は俺の元へとやってきた。その表情は、緊張がほぐれていて、初めて見た彼女の雰囲気とは違っていた。
「驚きましたか?」
「そうだね。かなり」
「ふふふ! なら、良かったです……!」
「けど、一ついいかな?」
「はい?」
「どうして、入部しようと思ったの?」
「それは、松橋先輩がいけないんですからね?」
「え? 俺?」
「先輩、なにしたんですか?」
おい黄坂、俺を汚物を見るかのような目で見てくるのはやめなさい。俺は神に誓って、黄坂に誓ってお前の親友には手をだしちゃいねーから。けど、俺が柚木さんになにかした覚えもないし、俺の頭には疑問符がいくつも浮かんでいた。
「松橋先輩が、廃部の件は私には関係ないことだって」
「あ、けどそれは確「分かってます。確かに私は部外者ですから……関係ありません」
「う、うん」
「けど、マリちゃんの為にも何もしてあげられない自分が嫌で、マリちゃんは私が抱いてた夢への第一歩を、叶えてくれました」
「沙織ちゃん……」
「だから、私もマリちゃんの願いを叶えてあげたくて……力になりたくて……でも、松橋先輩には関係ないって言われて……」
「…………」
「けど、もう私は関係者ですよね? だから私も、微力ながら、二人のサポートをします!」
まったく、黄坂も大概バカだけど、柚木さんもそれに負けないくらいバカらしい。なんだか、ここに居るのが場違いってくらいに温度差感じるんだけどな。
そこまで熱い思いを語られて、拒否するわけにもいかねーだろ。俺達の日常に、新しい彩りが加わって、きっとこれからは新しい景色を描いていくんだろうな。
「だから、これからもよろしくお願いします! 松橋先輩!」
俺と黄坂には無い色を持ってる彼女はきっと、俺達の想像を超えるような変化をもたらしてくれるに違いないと、そう感じた。
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