第19話 優しさに包まれて
「光輝くん、写真展に応募する為の写真は上手く撮れてるのかしら?」
「いや、まだ日数あるんでじっくりとですね」
「それはできてない人の決まり文句よ」
「…………」
千歳先輩から連絡があって、気晴らしにお茶でもしないかしらと言われて休日にオシャレなカフェで待ち合わせをした。
今まで撮影した写真を見ながら、千歳の質問に答えていたが、痛い所を突かれちまった。
そして俺の写真の進捗に関してツッコンできて、傷口に塩を塗ってくる。
「千歳先輩、紅茶のおかわりは飲みますか?」
「そうね、頼んでもらえるかしら?」
「了解です」
テーブルに置いてある呼び出しボタンを押して、やってきた店員さんに紅茶をもう一杯頼む。ついでに俺の分の紅茶も追加で頼んだ。
「そもそも、被写体は見つかったのかしら?」
「被写体は見つかりましたよ」
「それじゃ、光輝くんの童貞丸出しの理想が高過ぎて上手くいかないのかしら?」
「全然違いますよ。何言ってんですかあんた」
「じゃあ、実際に撮影が滞ってる問題は何かしら?」
「被写体を引き受けてくれた子がいるんですけど、ほぼ初心者の上に元々人見知り属性もプラスされてるんで、表情が堅いって感じで、細かい指示を出すのはまだ早いかなって思って黙って撮ってるんですけど、それでもダメなんですよね」
すると、千歳先輩は俺が話終えたタイミングでポンっと一回手を叩いた。一体なんだと言うのだろうか?
「撮影が滞っている原因が分かったわ」
「え、分かったんですか?」
「原因は光輝くん、貴方よ」
「え? 俺!?」
「えぇ、光輝くんはコミュニケーション能力が足りてないわ」
「コミュニケーション能力?」
千歳先輩の言ってる言葉の意味がイマイチ分からず、俺はただ首を傾げるだけだった。
コミュニケーション能力なら、それなりにはあると思ってるんだけどな。
「被写体経験が無い相手に、黙ってカメラ向けるなんてあり得ないわ」
「いや、経験ないからいろいろ細かく指示するのも酷じゃないですか?」
「なにも撮影に関しての指示じゃなくていいのよ。まずは相手の緊張をほぐして撮られやすくするの。日常的な会話だったり、知っていれば相手の趣味や好きなことを織り交ぜながら会話をして撮るのよ」
「ふむ」
千歳先輩曰く、右も左も分からない新人に何も声をかけずにただ見守ってても成長はしない。
最初から100%を撮ろうとするんじゃなくて、時間をかけて緊張を和らげて、相手に寄り添って、リラックス出来るようにしてあげないといけないらしい。
「まぁ、なんとなく分かりました」
「もう少し相手に気を遣いなさい。じゃないと解ける緊張も解けなくなるわ」
千歳先輩は元々モデルをやっていた事もあるし、撮られる側の気持ちをすごく理解していると思う。だからこうやって自分の経験を活かして俺にアドバイスをしてくれる。
確かに、前に俺も納得して写真を撮った時は、その前に柚木さんと黄坂についての会話をしてたっけな。
柚木さんは黄坂にとって、黄坂も柚木さんにとって、大切な存在で互いに親友と認めあう仲だ。ならば、今度は二人を一緒に連れて撮影すれば、また新しい表情が見られるかもしれない。
「ありがとうございます。なんか、分かった気がします」
「それくらい言わなくても気づいて欲しいのだけれど」
「もっと優しく背中を押してくれませんかね……?」
「指摘してあげただけでもありがたく思いなさい。光輝くんのお願いを聞いてあげられなかったって罪悪感が無ければ指摘すらしていなかったわ」
店員さんが持ってきた紅茶を上品に飲んでいく千歳先輩。
紅茶、ちゃんと香りも楽しまないとどこかの紅茶バカに怒られますよ。
「もう少し相手に寄り添う形で撮影してみます」
「えぇ、頑張りなさい。光輝くん、貴方は少なくとも私が認めたカメラマンなのだから」
「写真展の撮影が終わったら、次は千歳先輩を撮りますからね!」
「えぇ、期待して待っているわ」
千歳先輩に指摘されて道を正されて背中を押された。普段は刺激的でオトナの魅力と女性の魅力を使い分けて誘惑してくる危険人物ではあるけど、時には人生の先輩として、写真業界の先輩として俺に色々と教えてくれる。
そんな千歳先輩がすごく輝いて見えた。
▼
「なぁ、黄坂。柚木さんが好きな物ってなんだ?」
「なんですか急に。物で釣ってお持ち帰りでもするつもりですか?」
「柚木さんの親友を目の前にしてそんな事は堂々と企てるわけねーだろバーカ」
「ま、先輩にはそんな度胸ないっですもんね。沙織ちゃんは水族館好きですよ」
「水族館?」
「はい。結構な頻度で行ってるみたいです」
水族館か、そうなると魚とか海とかそんな感じのが好きなんだな。
水族館で撮影なんかした事なかったけど、柚木さんをリラックスさせるにはそこしかないと思った。
俺は早速スマホを取り出して、柚木さんへ水族館に行かないかと提案をしてみる。まだ、目標としている夏祭りまでは日数はあった為、少しでも慣らさせておきたかった。
「とりあえず、柚木さんを水族館に誘った」
「デートのお誘いですか?」
「違う、撮影の為だよ」
「なんで撮影で水族館なんですか? 水族館暗過ぎますしフラッシュ使えないのでやり辛いですよ?」
「先輩の助言もあってだな、彼女の好きな事や好きな物で緊張を解しながら、撮影してみたいんだよ。ってかそれマジ話か?」
フラッシュは魚に影響が出るから絶対ダメで、水族館の中は基本的に薄暗く、明るい場所は限られてしまっているらしい。
なんも考えてなくて見切り発車もいいトコだったが、それでも水族館に行くって想いは変わらなかった。
「勿論黄坂も「行かないですよ」
1番最初の時も、それからのちょこっとした撮影の時も、そして今も黄坂は同行する事を断ってきた。
そもそもの話、お前が居てくれた方が柚木さんもよっぽどリラックスできるんじゃねーか?
「お前居た方が俺一人よりぜんぜんいいと思うんだけど」
「そこは自分でなんとかした方が、カッコいいですよ」
「そしたら黄坂は俺に惚れてくれるのか?」
「寝言は寝て死ねって言ってるじゃないですか」
「寝言言ったら死ぬ世界があってたまるかっ!」
結局、いつものように黄坂には予定があると言われて断られてしまった。それが本当か嘘かなんて本人にしか分からねーし、変に追求するつもりもない。
要は俺一人でなんとかしろって話なんだから、なんとかするしかなかった。
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