第18話 最近よく女の子に出会うね



「……あんた、誰?」


 緑川を無事に見送った後に一息ついた所で後ろからそう声を掛けられた。きっと俺ではないだろうと思い振り返り何事もなかったかの様に歩き出す。


「……無視しないで」


 その言葉と共に俺は何者かに服の袖を掴まれていた。掴んでいる張本人の顔を見ると黒髪のショートボブが鋭い目つきで俺を睨みつけている女の子の姿があったが、見覚えは全くない。


「あの、俺達ってどこかで会ったことある?」

「初対面だけど」


 初対面の人にこうにも敵意をむき出しにされる程俺ってそんなガラ悪く見えるのかい? とりあえずこの人のこの敵意はどこからきているのか探る必要がある。


「なら、どうして呼び止めたんだ?」

「あんたが美羽と居たから」


 みはね? 誰だそれ? 聞き覚えのない名前にさらに疑問が生まれる。


「すまんが、みはねって誰だ?」

「はっ? とぼけたってずっと見てたから。あんたと美羽がスーパーに入る所から」


 俺と美羽がスーパーに入る所? 俺は緑川とスーパーには行ったが……なるほどね、そういうことか。


「美羽って緑川のことだったんだな。悪い、名前すっかり忘れてた」


 確かに前に先輩とのファーストコンタクトの時に緑川美羽って言ってたし、なんなら大天使美羽ちゃんとか訳わかんねーこと言ってたっけな。興味ないことってすぐ忘れるもんなんだなって再認識した。


「名前忘れるとか最低。んで、何で美羽と一緒にいたの?」


 出会ってまだ数分しか経っていないが、既に目の前の女子からは最低のレッテルを貼られました。なんか言われたい放題な気がするんだけど……


「その前にお前の方こそなんでそんなこと聞いてくる?」

「……羽紫」

「あ?」

「……羽紫はしばれい。アタシの名前」


 よく分からないタイミングで自己紹介をされたが、コイツも緑川タイプか? 


「お前の名前は分かった。んで、なんでそんな質問をしてくる?」

「お前って呼ばないで。名前教えたんだから」


 また更に不機嫌な表情と声音で俺に威嚇してきている。んなこと言われなきゃ分からねーっつーの。まぁ、またお前とか言ったらビンタとか食らいそうなので大人しく名前で呼ぶことにした。


「はぁ……羽紫は何でそんなこと聞いてくるんだ?」

「美羽があんたと居たから」


 先程の回答と全く同じじゃねーかよ……なんだ? コイツも話通じないタイプの人間か? 類は友を呼ぶって事か? 


「別に俺と緑川はやましい関係じゃないから安心しろ」

「無理、信用できない」

「あのなぁ……初対面のクセに随分と言ってくれるな」

「美羽とは小さい頃からの幼馴染だから。それにあんたの事なんて美羽から一度も聞いたことない」

「いくら幼馴染でも話せない事の一つや二つくらいあるんじゃないか?」

「だからそれがあんたの事なんでしょ? 何か弱みでも握ってるの?」

「何も握っちゃいないけどよ……」


 俺は緑川を無理やり絡ませてる訳でも危害を加えてる訳でもない。告白の仕方を教えてくれと、むしろ逆に俺が無理やり絡まされてて危害を加えられてる方だ。なのにこの羽紫というヤツは何を勘違いしてるのか、俺が緑川に良からぬことをしているみたいに疑っている。


「俺も暇じゃないしもう帰るからな」


 俺はこのめんどくさい状況を脱する為に早くコイツと別れる事にした。とにかく緑川本人に頼んで誤解を解いてもらわないと、俺とコイツだけだと話し合いにすらならない。


「逃げるつもり?」


 相変わらずの威嚇モード全開でくるこの黒髪ボブ。俺はそんな言葉を放つ黒髪ボブの横を通って帰路につく。


「話し合いになんないからな。じゃあな、黒髪ボブ」

「もう……美羽とは関わらないで」


 俺の背中を見ながら最後に黒髪ボブがそう言ってきた。別に好きで絡んでる訳じゃないし、それに俺が関わりたくなくても向こうからやってくるんだからしょうがないだろ。俺は何も悪くない。


「絡むなっつっても……それはあいつ次第なんだけどな」


 誰にも向けてない言葉を夕焼け色に染まる空に吐いてみる。誰にも向けていないから、当然のように返事は返ってこなかった。






 ▼






「それでね! 先輩ってお菓子とか好きなんだって! だから今度手作りでなにか渡そうかな〜って思ってるんだぁ〜」


 俺の隣に座りながら明るく楽しそうに、例の先輩のことを話す緑川。結局、お見舞い作戦は成功したらしく、それに向こうも緑川の事は覚えていたらしい。

 まぁ、あんだけインパクトがありゃ記憶にも残るだろうがな。俺はそんな緑川の話を天を仰ぎながら流し聞きしていた。


「ちょっと松橋くん聞いてる?」

「あ? 聞いてるよ。馬刺しが美味いって話だろ」

「そんなことは一言も言ってないからっ! バカっ!」


 あんなに楽しそうに話していたと思ったら、今度は何やらブツブツ文句をいい出してきて本当忙しいやつだなコイツは。


「でねっ! 何を作ってあげたらいいと思う?」

「作るって何をだよ?」

「はぁ……だからお菓子だよ! 先輩に喜んでもらう為に!」

「無難にクッキーとかでいいんじゃないか? それより緑川ってお菓子とか作れんの?」


 正直このポンコツにそんなレベルの高いことは出来ないと思っている。真っ黒の炭なんかあげたらイメージダウンもいいとこだぞ? 


「ふっふっふ〜! こー見えて私はお菓子とか作るのは上手いんだよ! みんなのお墨付きだしね!」


 あらま、それは本当に意外だった。こんなポンコツにもそんな特技があったとわな。まぁ、実際に目の当たりにしていないから本当かどうかは分からないが。

 そして、そんな時に不意に浮かんできた椿とかいう黒髪ボブの女の子。確か緑川と幼馴染とか言ってたな? どんな奴か少し聞いてみるか。


「そういえば、緑川って幼馴染とかいるのか?」

「え? 幼馴染? いるよ! けどなんで?」

「いや、この前お前の幼馴染だって奴に会ったから」

「え? 誰?」

「いや、羽紫ってやつだな。黒髪の奴」

「あぁ〜! それ零だよ〜! でも何で零と会ったの?」

「緑川と……」


 俺は素直に緑川と関わるなと言われたと言おうとしたが、思いとどまった。この世には伝えなくてもいいことがあるのだから、俺はあえて濁すことにした。


「緑川と……仲が良いって言ってたから。道案内してもらった時な」

「え? 零が道案内!? うっそだぁ〜!?」


 めちゃくちゃに驚いてる緑川を見て俺も驚いてしまった。いや、そんなに珍しいのか? 羽紫が道案内は? 


「そ、そんな驚くことか?」

「だって零は昔から人見知りだからそんな道案内なんてしないよ!? 本当に道案内してもらったの?」


 まさかの早くも濁した事がバレそうになってしまった……いや、これ絶対あとで黒髪ボブの奴に聞くだろうな。

 初対面の癖に威嚇丸出しできたくらいだから人見知りとかそんな事しない奴だと思っていたが、全然そうではなかった。


「渋々って感じではあったけどな。何とか教えてもらえたって感じだな」

「ふ〜ん。そうなんだ〜」

「その羽紫って奴とはどれくらい仲良いんだ?」

「すっごい仲良いよ! そりゃ幼馴染だもん。とりあえず松橋くんよりも仲良いのは事実だよ!」

「こんな日の浅い俺達の関係より仲良くなかったらそれはそれでどうなんだよ……」

「そんなことより、今日早速お菓子作っちゃおう! その名も甘いお菓子でハートを釣りあげちゃおう大作戦!」


 なんなんだよその毎回ネーミングセンスの無い作戦名は……


「……もう好きにやれよ」

「松橋くんはクッキーとケーキならどっちが良い!?」


 クッキーとケーキか? ん〜、クッキーも捨てがたいが、食べるとなればケーキの方が良い気がしてきた。女の子の手作りともなれば尚更だ。


「ケーキだな」

「分かった、クッキーにするね!」

「はっ!?」


 俺は思わず大声でそう言ってしまった。あれ? コイツとうとう耳が聞こえなくなったのか? それともわざとか? 


「だって松橋くん恋愛経験ないんでしょ? だったらその人と逆の意見を取り入れればいいのかなって!」


 眩しい程にウインクをかましてくる緑川に、俺は拳を握りしめるのを必死に我慢した。この女……絶対あとで後悔させてやる……


「……勝手に一人でやってろ」


 俺はそのまま屋上を後にしようとした。


「待ってぇごめんなさい許して……調子に乗りましたぁ……」


 ものすごい勢いで謝ってくるこの緑川バカ。最初からそんなことすんなって話だ。こうして俺は緑川のネーミングセンスの悪い作戦に付き合う事になったのでした。






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