第17話 お見舞いオペレーション


 とある日の放課後、理由は分からないが緑川に屋上に呼び出されたので一人待っていると屋上に緑川が現れたが、何やら様子がおかしかった。普段は底抜けに明るくバカな緑川だが、今の緑川にはそんな印象は全くなかった。


「松橋くん、大変だよ……」

「どうした? 体重でも増えたか?」

「……バカ、真面目に言ってるんだけど」


 リラックスさせようとしたが、ガチトーンで緑川に怒られてしまった。普段は逆の立場で言いたいことは沢山あるが、今は緑川を変に刺激しない方がいいなと思い俺はあえてそこには触れなかった。


「悪い。んで、どうしたんだ?」

「先輩が部活中に倒れて入院したんだって……」


 とても悲しそうな表情を浮かべてそう話す緑川。なるほど、だから様子がおかしかったのか。


「でも、入院ってそんなに大怪我だったのか? 骨折とか」

「ううん、部活中にいきなり倒れちゃったみたい。原因とか詳しい所までは分からないけど検査も含めて暫く入院なんだって……」

「そうか、それは災難だったな」


 そのままゆっくりとした足取りで俺の座っているベンチの横まで歩み寄ってくる緑川。そして横に座ると俺の左肩に自分の頭を預けてきた。

 いきなりの事に俺は動揺してしまったが、緑川は何も悪びれる事なく、俺の肩から頭を退けようとはしなかった。


「……私に何か出来ることはないかなぁ」


 暫く沈黙だったが、ポツリと緑川がそんな言葉を零した。

 一瞬ドキっとしたが、直ぐにその考えは捨てる。緑川が好きなのはあの先輩で、俺はその手助けをしているに過ぎない。とりあえず俺は緑川にあることを提案してみることにした。


「そんなに心配なら差し入れでも持ってお見舞いに行ったらどうだ?」

「お見舞い?」

「おう。入院してる部屋が個室か大部屋から知らんが、どちらにせよ病院は大人数では押しかけられない場所だろ? それに、お見舞いに来てくれたとなると絶対印象に残るからな」


 俺は絶対とか必ずとかそんな言葉はあまり好きではない。だが、何となくだが緑川にはいつもの底抜けに明るい緑川でいてほしかったからあえて強調させるように言った。それで少しでも元気になってくれるといいと思っていた。


「そっかぁ、お見舞いか。うん、その手があったね……!」


 いつもの緑川とまではいかないが、先程よりかは多少元気になった様な気がする。


「先輩の様子も見に行けて印象も残せる! 流石恋愛マスター松橋くん!」


 いや、俺そもそも恋愛経験無いからな……なんなら流歌とこ関係まだ拗れたまんまだし。まぁ、何とか元気を取り戻してくれたなら何よりだ。


「そうと決まればお見舞い品の買い物に行こう!」

「ちゃんとしたの買えよ?」

「え? 松橋くんも一緒だよ?」

「は? 俺はお見舞いには行かないぞ」

「松橋くんそれでも人間なの!?」


 人としての存在を否定されましたけど……ってか本当少しは考えろよこの女……


「俺と緑川で二人で行っても効果がないだろ? 緑川一人で行く事に意味があるんだよ」

「え? なんで?」


 またしてもハテナマークが五つくらい浮かべてる表情をしてくる緑川。少し考えれば分かる事だろうけど緑川にはまだ理解するのには早いらしい。


「緑川は一度顔を合わせてはいるが、俺は合わせていない。そんな俺がお見舞いだなんて不自然だ。それに、俺と緑川の二人で行ってカップルと間違えられたらそれはお前にとっても良くねーだろ?」

「二人で行っただけでそんな印象持たれちゃうかな?」

「それは正直分からないけど、とりあえずリスクは避けた方がいいって話だ」

「う〜ん、松橋くんの言い分も一理あるね〜。うむ〜」


 すると目の前で何やら考え込んでいる緑川だが、暫くすると何かを閃いたかの様に笑顔で顔を上げる。


「途中までは付いてきてよ! お見舞いの品って何をあげればいいか一緒に考えてよ!」

「そんなもんグーグル先生に聞けば俺よりも詳しいと思うけど」

「いいから行くのっ!」

「あっ、ちょっ、引っ張るな伸びる伸びる」


 そのまま俺は緑川に連行されてしまい途中まで一緒に行く事になってしまった。





 ▼




「そいいや、入院してる病院の場所は知ってるのか?」

「当たり前だよっ! そこはちゃんと教えてもらったから!」


 流石の緑川もそこまではヌケていなかった様で一安心した。場所を知らなきゃ今回の作戦の実行は不可能だからな。

 そんなこんなで俺と緑川はスーパーマーケットに来ていて、その目的はお見舞いの品物探しだ。

 軽い飲み物やゼリー等を買う目的で、量も各三つくらいで申し分ないだろう。そう思いながら目的の場所へ向かおうとしたが、先程まで隣にいた緑川の姿がない。


「どこいったあいつ」


 辺りをキョロキョロ見回すと、少し遠くに緑川の姿を捉えた。そして何やら両手で籠みたいな物を持っていた。


「松橋くん! これでいいんだよね!?」


 そう言って緑川が俺に見せてきたのはガチもんのフルーツバスケットだった。いや、確かにお見舞いといえばこれを想像するだろうが、ここまでがっつりはやらなくてもよくないか? 


「間違ってはいないけど、そんなにがっつりとしたものあげるか? 普通に飲み物とゼリーとかでよくないか?」

「そんな物でいいの? ケチくさいとか思われないかな……?」

「別に緑川が加害者って訳でもないし、それよりわざわざお見舞いに来てくれたって気持ちの方が品物上げるよりも嬉しいと思うけどな」


 俺が逆の立場でもそう思う。別にお見舞いは義務じゃないからな。だから自分の時間をわざわざ割いてまで俺の心配をしてくれて様子を見にきてくれたとなると好感度は上がるだろうし、それが異性なら尚更だな。


「…………」


 どうも納得していない様子の緑川だ。そもそも学生なんだからそんな背伸びする必要がないっつーの。


「自分に置き換えて見れば話が早い。もし緑川が体調崩して入院して、そこに俺がお見舞いに行ったら嬉しくないか?」

「そこのポジションは先輩でもいいの?」

「……別にいいけど、なんか腹立つな」

「だとしたらすっごい嬉しくて私舞い上がっちゃうと思うな!」

「今の流れ的に俺がお見舞いに行ったら嬉しくないって言ってるんですが……?」

「嬉しいかも? でも先輩ならもっと嬉しい!」


 多分悪気はないんだろうがけど……いや、別にいっか。俺は緑川の好感度を上げたい訳じゃないし、この解釈で理解してもらえたならそれでいい。


「それで、その時に先輩が手ぶらで来ても気にしないだろ?」

「え? それは気になるよ……? 意味わからないもん」


 俺の予想に反して緑川は俺の意見を否定してきた。あれ? 物ってそんなに重要なのか? 


「それってそんなに重要か? 気持ちだけでも嬉しくないか?」

「気持ちは嬉しいけど、手ブラでしょ? 嫌だよそんなの見てて恥ずかしいし……」


 ん? 見てて恥ずかし? そんなに失礼な事ではないと思うが? そして言葉を返そうと緑川を見ると、何やら不思議な仕草をしていた。緑川は自分に実った立派なメロン二つに自分の両手をあてがっていた。何してるのこの人? 


「ううん、やっぱり嬉しくないよこんな変態なこと……」


 顔を真っ赤にしながらそう呟いた緑川。あーうん、全てを察した。緑川と俺の認識の整合性が取れていなかったのだ。


 俺は、何も手に持たないって意味を持った手ぶら。


 緑川は自らの手で乳を覆い隠すって行為の手ブラ。


 俺だって手ブラで来られたらそりゃ嬉しくはないけど、会話の流れて的にそっちの意味にならなくないか……? やはり緑川のポンコツ加減は期待を裏切らなかった。


「……緑川、そっちの意味の手ブラじゃなくて何も手に持たないって意味の手ぶらだからな」


「へ? …………えぇぇ!?」


 いや、この流れからのお前の解釈の方が驚きだからな。そんなリアクションとりたいのはこっちだからな?


「いや、普通にこっちの解釈になるだろが……お前の頭は煩悩だらけかよ」

「そ、そんな事ないもん! これは松橋くんの巧妙な罠だよ……! 密室殺人だよ! 証拠は闇の中だよ!」

「言ってる事がめちゃくちゃ過ぎるんだが……まぁいっか……どーでも」


 結局の所俺の考えてたように飲み物とゼリーを買って渡す事になった。病院の中までは俺は付いていかない為、そこからは緑川自身の実力でどうにかしないといけない。


「…………」

「そんなに緊張するか?」

「……うん」


 そう答える緑川に俺は盛大な溜息をついた。そして右手を大きく広げ、緑川の背中をめがけて叩く。


「痛っ! 何するの!? 変態!」

「喝入れてやったんだよ喝を。しょぼくれてるお前によ」

「う、うるさい! 全然平気よ! なんならもう今日から付き合っちゃうんだからっ!」

「へいへい。そうなったら報告だけよろしくな。ほら、行ってこい」

「うん……!」


 そう言いながら緑川は何かを決意したかのように顔を上げ、真っ直ぐと病院の入り口へと向かって行った。暫く歩いた所で俺の方へ振り返り、満面の笑みで俺に手を振ってきた。それに俺も軽く手を振り返す。


 そんな緑川バカの笑顔が夕陽とも相まって俺にはとても輝いて見えたのは内緒の話だった。


「あんた、誰?」


 そんな感情に浸っていると、俺のすぐ後ろから敵意剥き出しのようなトーンの落ちた声が聞こえた。

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