第16話 名もない花の笑顔
「お、おはようございます……」
「はい、おはよーさん」
約束の土曜日、俺は柚木さんと事前にメッセージアプリで連絡を取り合って、近所にある自然公園へと行こうって約束をした。
待ち合わせ時間は朝の10時にして、今は9時50分だったので10分前行動ってとこに、彼女の真面目さを感じた。
どっかのバカ緑とは違って優秀な子。もうこの時点でこの子の方が格上だろう。
「んじゃ、さっそく行こうか」
「は、はい」
彼女の歩幅に合わせながらゆっくりと歩みを進めていく。
今日の彼女の服装は、白と水色のストライプ柄のワンピースに、ピンク色の花がチャームポイントのサンダルで、いかにも夏らしいって印象だった。
服装に関しては、今の所まったく問題はなかった。むしろ、今の季節感を取り込んでいて、ちゃんと考えてくれてることが分かった。
「あの、どう……でしょうか?」
「ん? あぁ、服装ね。問題ないよ、むしろバッチリなくらいだよ」
そう言って俺が親指を立てながら笑顔で言うと、彼女は恥ずかしそうに視線を逸らしてしまった。いや、今の俺そんな見てらんなかった……? 緑川なら普通に喜んで調子乗って面倒くさいだろうし、黄坂なら普通に毒吐いてくるが……いや、どっちも辛いなこれは。
「ありがとう……ございます」
「ど、どういたしまして」
やはり、上手く会話を続けることができない。どうしてもテンポが崩れるから途切れてしまう。なんとか会話を続けようと彼女もチラチラと俺を見てきているが、そう考えれば考える程、余計に話しかけられないのだろう。
「柚木さんてさ、黄坂とどれくらいの付き合いなの?」
「ま、マリちゃんとは、小学生の頃からです」
「黄坂って昔はどんなヤツだったの?」
「え?」
「いや、昔からあんな感じだったのかなーって。純粋な興味だよ」
「マリちゃんは……昔からずっと、優しかったです」
「俺には当たり強いけどな」
「そう……なんですか?」
「うん。ほんと俺の事先輩って思ってんのか? ってくらい見下してくるし毒吐いてくるし」
部室でも、なんか同級生と絡んでる感じだしな。一応は先輩後輩って間柄だし敬語は使ってくれてるけど、そんな言葉の距離よりも、いくらかは近い距離で接してきていた気がした。
黄坂はあまり自分のことを話したがらない。理由はいつも嫌だからって理由で、それ以外の理由は聞いたことなかった。
「せ、先輩は……マリちゃんのこと、どう思ってるんですか?」
「黄坂? 可愛くねー後輩だと思ってるよ」
「可愛く、ないですか……」
「だって、生意気だし、俺に尊敬も遠慮もねーし」
「ま、マリちゃんは、とっても可愛いんです……!」
「可愛い?」
「マリちゃん、お菓子作りとか得意ですし、ぬいぐるみとか大好きですし──」
その後も、ひたすら柚木さんは黄坂の魅力について語ってくれた。別に狙ったわけじゃないけど、今の柚木さんは、黄坂について必死に語っていた。きっと、俺が黄坂のことを良く思ってないと思って、その評価を必死に変えようとしてるんだと思う。
「柚木さんは、黄坂のこと大好きなんだね」
「はい、マリちゃんは私の親友ですから……!」
さてと、普段は聞けない黄坂の情報も聞けたし、多少なり柚木さんとも打ち解けられたトコで、撮影でもしますかな。
「んじゃ、ちょっとここら辺で撮影してみよっか?」
「は、はい!」
よろしくお願いしますと律義にお辞儀をしながら、ポケットから丸い小さな手鏡を取り出して頭髪の乱れなどがないかをチェックしていた。
撮る前にちゃんと身だしなみに気を遣ってくれる辺り、本当に憧れてたんだなって思わせるような行動だった。
「ちょっと色味とか明るさ具合確かめるからテキトーに楽にしててよ」
「は、はい……」
ファインダーを覗き込み、シャッターボタンを半押しして彼女の右目にピントを合わせながら、一気にボタンを押し込んだ。
カシャッ
撮り終えた写真をモニター越しに見てみると、思っていたよりも暗い色味の写真が撮れてしまった。
シャッタースピードを少し遅くして、もう一度シャッターを切った。明るさも色味も、問題はないだろう。そう思って見上げた視線の先に、彼女の笑顔があった。
足元に咲いている、名前の分からない花を見つめながら、優しい笑顔を振り撒いていた。すかさずファインダーを覗いてシャッターを切った。
微笑むその横顔は、とても可愛らしく、無邪気に花とお話をする、そんな印象だった。やはり、カメラを意識していない、純粋な笑顔は見ていてとても気持ちが良かった。
この笑顔が撮りたくて、ずっとカメラを続けてきて、やはり撮れた時の喜びはかなり大きかった。
「なんだよ。良い笑顔、すんじゃんかよ!」
ドクドクと鼓動が波打って、段々とテンションが上がってくる。この感覚があるから、やはりカメラはやめらんねーんだよな。
「んじゃ、これからぼちぼち撮っていくから、リラックスしてね~」
「は、はい……!」
今日はなんだか、とても楽しい一日になるような、そんな気がしたとある夏の日の出来事だった。
▼
「んで、どうだったんですか? 撮影の方は」
「回数重ねないとダメだなこりゃ」
「まぁ、確かにそうですよね」
俺のスマホを眺め、指を横にスライドさせながら黄坂はそう呟いた。
結局、あのあとは緊張しっぱなしの柚木さんは表情や身体の動きがガチガチ過ぎてまるでダメだった。でもまぁ、今まで経験なかったことならしかたねーのかなって気もするけど。
「けど、被写体としては悪くないですよね?」
「ま、そうかもな」
初めに撮ったあの笑顔を見せられたら、可能性を感じちゃうよな。それぐらい俺には印象に残ってて、忘れられない笑顔だった。
「柚木さんは、なんか言ってたか?」
「緊張で全然ダメダメだったけど、楽しかったって言ってました。先輩がよければ、またモデルをしてみたいとも言ってました」
「まぁ、慣れていけば映えそうな気はするかな」
「あ、それと先輩」
「なんだ、後輩」
「私のこと、言いたい放題言ってくれたらしいですね」
「へ?」
「相変わらずのクズな先輩ですね」
「…………」
言い訳なんかしても無駄だろうから俺はあえて何も言わなかった。少しだけ気を荒げた黄坂は、自慢の紅茶の匂いを嗅ぎながら、気分を落ち着けようとしていた。
別に、黄坂を煙たがって聞いたことでも言った事でもねーんだけどな。それに、お前は嫌いな人や関わりたくない人とは距離を置いて全く話さないって情報をゲットしたから、何だかんだ怒りながらも、俺にぶつくさ文句を言って慰謝料としてパフェを奢れって言ってくる辺り、俺はまだお前に見限られてねぇって事なんだな。
今日の夕陽も一段とオレンジ色に輝いていた。俺は特別なんかじゃなくて、ありきたりなこんな風景の方が意外と好きなのかもしれないな。そんな俺の背中をトントンと一人叩く人物がいた。
「なんだ」
「この写真の沙織ちゃん、良い笑顔ですね」
「だろ? 自分でも納得してるよ、それは」
黄坂が見せてきた写真は、俺が一番最初に柚木さんを撮った、あの写真だった。その笑顔を見て、親友の笑顔を見て、黄坂の口角も微妙に上がった気がした。
「けど、珍しいな。俺とお前の意見が合うなんて」
「たまにはあるんじゃないですか? そーゆーことも」
「それもそうだな」
珍しく俺と黄坂の感覚も一致して、お互いまた笑い合って、この狭い部室には俺と黄坂の笑い声だけが響いていた。
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