第15話 内気な少女と後輩の願い



「お疲れ様です」

「うーっす」

「松橋先輩大丈夫ですか?」

「ん?」

「緑川先輩との撮影があまり上手くいってないって聞いたので」

「実際に言葉にしないでくれ……これでも落ち込んでんだからな」

「とりあえずお茶淹れますけど、先輩も飲みますか?」

「レモンティーでな」

「ないのでダージリンにします」

「はいよ」

 

 いつものように黄坂が紅茶を淹れてくれる。

 黄坂は元々紅茶が好きらしくて、よく家で飲んでるらしい。

 親の知り合いからもたくさん紅茶を貰うけど家で飲むのが黄坂だけらしく有り余ってからって俺にお裾分けって感じでこの部室にティーセットが置いてあった。


 しばらくしてから黄坂は紅茶の入ったティーカップを二個トレイに置いて持ってきた。

 カップを受け取って、まず最初に飲むんじゃなくて匂いを堪能する。それが紅茶の嗜み方だって黄坂に言われたしな。


「具体的にどんな感じで上手くいってないんですか?」

「予定が合わせにくいのと、撮影に対する価値観が違うんだよな。緑川も緑川で撮られ方みたいなの持ってて、それが俺の主旨と違っててさ」

「そうなんですね」

「だから撮影がやりにくいし進まないんだよな。もう少し大人しく撮られてくれればいいのにさ。黄坂も知ってるだろうけどアイツ騒がしいじゃん? だから当日も良い写真が撮れる気がしないんだよ……」

「おかしいですね、この紅茶の匂いは安らぎを与えてくれるらしいんですけど」

 

 もう一度黄坂が淹れてくれた紅茶の茶葉の匂いを嗅いで。ってかそこら辺には俺は疎くて、黄坂の趣味だし、なんなら全然安らがねぇな。

 それでも時間は進んでいく一方だし、そんな中でもどうにかしなきゃいけない。


「時間無いってのに、どーすりゃいいんだよ……」

「あ、先輩」

「なんだよ後輩」

「モデルやっても良いって人いたんですけど」

「あっそー。んじゃ一回会ってみるか」

「そうですね」

「ん? モデルやってもいい人?」

「そうですけど」

「マジか?」

「マジです」


 ほらっと言いながら見せられたスマホの画面には、緊張するけどやってみたい、的な文章が送られてきていた。どうやら、神はまだ俺を見放していなかったらしい。


「よし、黄坂。とりあえずその人の都合つけて会うぞ。もちろんお前も一緒にな」

「えー私も私で忙しいんでけど」

「この部の運命がかかってるんだぞ?」

「運命かかってるのに趣味の撮影に走ろうとする人が何言ってるんですか」

「おまえ……とりあえずアポ取るのはお前しかできないんだから頼むよ」

「分かりました。とりあえず同級生なので、今からこの部室に呼びますね」

「おう、任せた」


 黄坂が紹介してくれた子が良い子でかつ被写体力のある人であると望んで、期待しまくりで待つ事十五分。


「こ……こんにち……は」

「はい、こんにちは」

「…………」

「おい、どーゆー事だ黄坂」


 俺の記憶だと、被写体をしても良いって人と顔合わせして、いろいろ話を聞こうって事じゃなかったっけ? なら、なんで目の前にいる女の子は、もう既に泣きそうなんですかね? 


「あー、沙織さおりちゃん極度の人見知りなんですよ」

「いや、ならなんで頼んだし、なぜ引き受けたし……」


 黄坂に紹介された、俺の目の前にいる女の子。名前は柚木ゆずき沙織さおり

 茶髪の髪を肩ぐらいまで伸ばし、前髪の左側を可愛らしく編み込んでいて、オトナの雰囲気ではなく、子供のような、妹のような印象を抱いた。


「えっと……その……」

「ゆっくりでいいから、焦らないで」


 極度の人見知りってなると、会話の展開も気を使わないとすぐにテンパってしまうだろうから、パニックにならない様ように、ゆっくりと、焦らせないで会話をする必要があった。けど、こんな子がどうして俺の被写体を引き受けてくれたのかが疑問だった。

 第一印象だけなら、とてもじゃないけど向いてるとも思えないし、俺が求めるクオリティーのモノを出せるとも思えなかった。


 少なからず抵抗がない人や、多少の経験がある人じゃないと、まともに活動はできない案件だし、彼女自身そんな経験があるとも思えない。


「あの……ダメ……でしょうか?」

「いや、ダメっていうか……少し話をしてみないことには」


 俺は助けを求める意味で黄坂の方を見たが、肝心の張本人はカップに入った紅茶にガムシロを三個入れ、ミルクを二個入れていた。なんとも甘党らしい、糖尿病まっしぐらの飲み物を堪能していた。


「沙織ちゃん、前からモデルとかそーゆーのに憧れてたらしいんですよ」

「ほうほう」

「だから、今回挑戦してみたいらしくて」

「なるほどね」

「ど、どうか……よろしく……お願いします」


 なんだろう、特に話をする前に、もうこの子で決まりみたいな流れになっちゃってるけど、本当に大丈夫なのかこの子。

 こっちだって廃部の危機だし、それはもちろん黄坂だって分かってるだろうけど、それでもこの子を推してくるって事は、何か秘策でもあるのだろうか? 


「とりあえず、今度の休日にでも試し撮りでもしてみる?」

「は、はい……!」

「黄坂、お前も強制参加だからな」

「私、直近の休みは両方予定あるので無理です」

「お前、俺と柚木さんを二人っきりにするつもりか!?」

「す……すみません……」

「先輩、声でかいです」

「わ、悪りぃ」


 確かに、今目の前に柚木さんが居て話す内容でもなかったな。

 俺は一度深呼吸をして、思考を改める。そしてゆっくりと、彼女に恐怖心を与えないように話を始めた。


「とりあえず、柚木さんに頼むかどうかは、一回撮らせて貰ってから決めるって形でもいいかな?」

「は、はい!」

「んじゃ、日程とかその他の相談とかもあるから、連絡先教えて貰えるかな?」

「は、はい」


 って連絡先を聞こうとしたのはいいけど、連絡先一つ教える行為だけでも、スマホは落とすしすぐ謝ってくるしで幸先がかなり不安なんですけどこの子……

 黄坂は本当になにを考えてるんだ? その後はぎこちないながらも軽く話をして、柚木さんには先に帰ってもらった。


「おい黄坂、一体これはどーゆーことだってばよ」

「沙織ちゃんがモデル引き受けてくれるって話だってばさ」

「お前、知ってんのか」

「まぁ、一応」


 そんなやり取りはさておいて、俺は気を取り直して黄坂に聞いてみることにした。なぜ、この状況で地雷みたいな子を紹介したのか。きっと何かしら考えがあっての行動だと思うが、その肝心な底が見えないでいた。


「もしかして、慣れればめっちゃ化けるとか?」

「いや、慣れても大人しい子だと思いますけど」

「なにか俺に有益になることは?」

「今の所はないですね」

「なんか含みがある言い方だな」

「やってみて、魅力や潜在能力を引き出すのも、カメラマンの腕なんじゃないんですか?」


 確かに、黄坂の言う事は一理あるが、俺らには後がない事だってわかってるはずだ。それに、そんなのはプロの話だ。趣味程度でやってる俺達にそこまでの技術も技量もない。


「俺はモデルを育てる為にカメラをしてるんじゃねぇ」

「カメラの使い方を理解して、光も読むことができたって、モデルとの意思疎通もできなきゃ、良い写真は撮れないと思うんですけど?」

「ポートレート嫌いで撮ってないヤツに言われたかねーよ」


 そう言って腕を組みながらしばし思考を働かせるが、相変わらず良い案は浮かんでこない。

 あの子をどう上手く使うか、俺がどうすれば魅力を引き出せるのか、考えても分からない。


「先輩のこと煽ったらやる気出ると思ったんですけどね」

「煽んなよ」

「沙織ちゃん、変わりたいらしいんですよ」

「変わりたい?」

「沙織ちゃんとは昔っからの幼馴染で、ずっとあんな引っ込み思案な子でしたけど、ずっと憧れてる物があったんですよ」

「さっき言ってたモデルって話か」

「はい、そうです。だから、今回のチャンスに勇気を出してやってみようって思ったらしくて」

「ほう」

「だから、引き受けてくれませんか?」

「俺達にあとがないこと、お前だって知ってるよな?」


 これで写真展に入選できなかったら俺たちの居場所はなくなる。無くなっちまうんだよ。

 その状況でも、お前は俺に可能性の低い方を勧めてくんのかよ。


「知ってますけど、沙織ちゃんが一歩踏み出そうとしてるから、背中を押してあげたいんです」

「待て、卑怯だろ。それ」

「沙織ちゃんは、私の数少ない友達なんですよ。こんな可愛げない私、周りから怖がられても、沙織ちゃんだけはずっと私の傍にいてくれたんです。私の大切な親友なんですよ」

「…………」


 正直、この手のお涙頂戴的なエピソードにはめっぽう弱かった。黄坂が俺のこの性格を知ってるかは定かじゃないけど、入部してから黄坂は友達についての話とかはしたがらなかったし、その記憶が黄坂の言葉の信憑性をあげていた。


「けどな……」

「後生の頼みです」

「それ、俺のネタだかんな」

「先輩と沙織ちゃんなら、やれるって信じてますよ」

「黄坂……」

「勝率を下げてることは分かってます。でも……」


 黄坂が初めて、言葉を詰まらせた。今まで過ごしてきて、黄坂を見てきたのに、こんなに弱弱しい黄坂は初めて見た。

 いつもは俺を先輩って思っていないかのように毒を吐いてくるのにな。そんな姿を見せられて、心が揺らがない程、俺だって鬼じゃねぇんだよな。


「わーったわーった。やるよ、やってやるよ」

「先輩……!」

「可愛くねー後輩の頼みだかんな」

「ふふふ、相変わらずデリカシーはないですね」

「けど、俺は本気で行く。あの子が人見知りとか関係なく。こっちだって賭けてるモンがあるからな」

「そこは私も協力するんで」

「んじゃ、休日に作戦開始だな!」


 俺は黄坂に向けて拳を突き出した。

 俺達の部活の存続を賭けた、柚木さんの目標の第一歩の為に、俺と黄坂で成功させるんだ。


「あ、だから土曜日は予定あるから無理ですよ」

「……今の高まり返せよ」


 上手く締まらなかったが、今回の件は黄坂の紹介で柚木さんをモデルにして、撮影に臨むことが決まった。緑川も一応は保険として取っといてあるが、あまりあてにはしないようにしよう。それでもまだ不安はあるけど、被写体がいないことには始まりすらしないし、その不安の方が大きかったから、ひとまずは一件落着ってトコかな。

 そんな帰り道の夕陽の鮮やかなオレンジが身に染みた。相変わらず綺麗って単純な感想しか出てこないんだけどな。


「今日の夕陽は一段と、綺麗だよな」

「そうですか? いつもと変わらないと思うんすけど」

「ホント、俺と黄坂って合わないよな」

「そうですね」


 いつも通り俺と黄坂の感覚は綺麗に噛み合わなかった。けどまぁ、風景も悪くはねぇよなって感じる事ができたのも、今日の収穫なのかもな。

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