第13話 回り始める歯車
唐突な廃部宣告からもう10日が経っていた。それなのに未だ写真展に応募する写真のコンセプトが決められずにいた。
「先輩、いつになったらやる気出るんですか?」
「いや、これでも真剣に考えてはいるんだけど……」
「頼りないですね先輩って」
「今の状況だと、さらに追い打ち掛かるからやめろよな……」
黄坂はカメラのレンズのメンテナンスをして、俺はただ天井を見上げながら団扇で生ぬるい風を起こしながらダレていた。
この暑さの中じゃ思考だってまともに働かねーし、ってかなんでお前汗全然かいてないんだよ? 暑さの感覚死んでんのか? 汗腺詰まってるだろお前。病院行けよ病院。
「そもそも、コンセプトは決まったんですか?」
「まだだ」
「存続させる気あるんですか?」
「ったりめーだろ。別に考えてねーわけじゃねぇから! 何個か候補があって、その中でまだ決められてないってだけだから!」
「結果的には同じじゃないですか」
「もう少し優しく接してくれよ、頼む。俺は可愛い後輩から慕われる先輩でありてーんだよ」
「私にどんなキャラ望んでるんすか……」
なんかこう、半目のジト目ってヤツ? そんな表情をしながら俺の事を眺めてきたよコイツ。これ以上は黄坂の機嫌を損ね兼ねないので、俺は真面目に思考を働かせる。
黄坂が入部してきてからまだ1ヶ月も経ってないけど、黄坂は俺に対して割と遠慮のない言葉を浴びせてくる。それが心底嫌って訳じゃなくて、なんかもっと前からこう先輩後輩してた感じがして不思議な感覚だった。
すると、カメラのメンテナンスが終わったのか、黄坂が部室のソファの上に膝立ちになり、後ろに置いてあるホワイトボードに青いマーカーペンで何かを書き始めた。
「写真展、応募までの、スケジュール」
ホワイトボードに大きく表題としてその文字が書かれて、その下に細かく日にちが書かれていく。身体の動きに合わせてソファが軋む音と、横にずれる度に揺れる膝上のスカートから見える裏太ももを眺めていた。
「先輩、今思いついてる案、言ってください」
「今松橋くん、真理愛ちゃんの裏太もも見てたでしょ?」
「ぶへ……お、おい緑川てめぇ……」
「……最低」
はい、また最低とのお言葉いただきました。
さっきまで居なかったはずなのに急に現れたと思ったらとんでもい発言するし、そのせいで俺は黄坂にまた罵倒と白い目で見られるしで、むしろコイツが部内関係悪化させようとしてるんじゃね? ってくらいだった。
「と、とりあえず案……出してください」
「え? あぁ、んとな──」
・ヒマワリ畑。ヒマワリ畑をバックにして白ワンピースと麦わら帽子
・海。海を背景に白ワンピース。または波打ち際でお絵かき風景。
・浴衣。夏祭り、花火。屋台ではしゃいでる姿。
「白のワンピース好きなんですか?」
「いや、実際問題白ワンピ似合うだろ? ヒマワリ畑にも海にも」
「否定はしないですけど、正論の中に上手く自分の性癖隠してるのがなんかうすら寒いです」
「黄坂さん……なんか本当俺に当たり強くないですか……?」
ノーフィルターでフルボッコに殴られてる感覚、なんだろうな……今すぐにでも帰りたいよ俺は……黄坂の無慈悲な口撃により、俺のライフはどんどんと減っていく一方だった。
それと同時に、この中からどれか一つに絞らなきゃいけない所で俺は悩んでいた。
「まず、この中で先輩が一番撮りたいシチュってなんですか?」
「この中なら~、浴衣だな」
「女の子の浴衣見たいだけですか?」
「おい、それは偏見だぞ」
「なら、納得いく説明をお願いします」
「夏と言えば夏祭りに浴衣だ。そこはまぁ安易だろ?」
「そうですね」
「けど、俺は一番笑顔を撮りたいんだよ」
「笑顔ですか」
「そう、笑顔だ」
夏と言えば、お祭りに浴衣だろうけど、そこにはもう一つの考えがあった。あの空間で、無邪気にはしゃいでる笑顔をカメラで納めたいと思った。
一瞬の笑顔を、そのダイヤモンドの様な輝きであろう笑顔を、このファインダーを通じて切り取りたかった。
「けど、笑顔なら別に他のシチュエーションでも撮れるんじゃないの? ほら、こうやってニコーって笑顔でさっ!」
「確かにそれはそうだ。けど、俺が求めてるのはそんな笑顔じゃない。純粋な笑顔なんだよ」
「すみません。よく分からないです」
「要は、笑顔にだって種類はあるだろ? モデルの宣材写真なら、自分を良く魅せる為に笑う。言い方は酷くなるけど、作り物の笑顔だ」
言葉通り、宣伝材料になる写真だから、それが悪いとは言ってない。主旨が違うだけだ。状況や目的に応じて写真の存在も価値も見方も捉え方も変わるからな。けど、俺が撮りたいのはそんな商業的な笑顔じゃなくて、純粋に楽しんで、笑ってる笑顔だった。
「なんとなく分かりました」
「んで、俺が撮りたいのはカメラを向けられてない時に、普通に遊んでる時とかに見れるような笑顔なんだよ」
「なるほど、だから浴衣で夏祭りなんですね」
俺の笑顔の説明だけで察してくれたのは、少しだけ嬉しかった。俺が考えた三つのどれもが、俺の求めた笑顔を撮る要素は含まれてる。
辺り一面に広がるヒマワリ畑を見て喜ぶ笑顔、広大に広がる海を見てはしゃいでる笑顔。けど、これらにはその要素だけしかない。
お祭りなら、食べ物、遊び道具、花火と、例であげた以上にもっと笑顔を引き出す要素がたくさんあった。数打ちゃ当たるってそんな簡単なモンじゃないけど、俺の理想を実現できる可能性を一番秘めてるのが夏祭りで浴衣だった。
「まぁ、実際の所浴衣である必要は無いんだけどな」
「なんでですか?」
「浴衣でもいいし、それこそラフな感じの私服でもいい。祭りに行く奴全員が全員浴衣で行くとは限らないしな」
「それもそうですね」
「むしろ、昔より減ってるだろ。浴衣着て祭り行くなんて。彼氏彼女の付き合いならまだしも、友達同士で行くとかなら尚更私服だろ」
「ふ~ん。私は浴衣着たいけどな〜」
「別にお前の好みは聞いてない。だからあえて私服の夏祭りってのも、案外今の時代っぽくて味が出る気はしてるよ」
俺の話を聞きながら、黄坂はマーカーペンの後ろで顎を軽く何回も叩いていた。俺は割と、そーゆー所で細かい設定があるから、希望に添えられないって千歳先輩に断られることもあるけど。
別にプロとかそんな大層なレベルじゃないのは重々承知だし腕だって持ってないのは自分が良く知ってるけど、俺なりにでも譲れないモンもあるのも事実だった。
「考えてないようで、意外と考えてるんすね」
「だろ!? 俺だって真面目にやってんだぞ!?」
「じゃあ夏祭りで浴衣で決まりじゃん! 私浴衣家にあるか確認するね! もし無かったら私服になっちゃうけどそれでもいいよね?」
「けど、私が思うに夏祭りのシチュエーションが一番撮影厳しそうだと思うんですけど」
「え? なんで?」
「……黄坂さすがだな」
そう、夏祭りの撮影において、難易度が上がる条件が存在していた。それは、日没と祭りのライトの色に関係していた。
暗い場所でカメラのオート機能を使ってシャッターを切れば当然、真っ暗のまま映し出される。けど、デジタルカメラであれば、マニュアルに切り替えて自分で設定をいじれば、暗い場所でも明るく撮ることが可能だった。
やり方は大きくわけて二種類、シャッタースピードを遅くする方法と、絞りを開放する方法だ。
シャッタースピードは光の情報を取り込む為の時間のことで、シャッタースピードが遅いとその分光の情報を取り入れるので明るく撮影できるが、逆に早いと光の情報を取り込む時間が短くなる為、暗くなってしまう。
それと、シャッターの絞りは光が通る穴の大きさの事で、絞りが開いた状態だと、光の通り道が大きく、光の情報量も多くなり、明るく撮影することができる。けど、絞りは写真のピントが合う範囲を決める機能も併用してるから、絞りが開いた状態だとピントの合う範囲が狭く、シャープに写したい対象物がピンボケしてしまう原因になる。
逆に、絞りをしぼった状態だと、光の通り道が狭くなって暗い写真になるが、ピントに関しては、広い範囲に合うため、近くから遠くまでハッキリくっきり撮影できるって利点もある。
んで、シャッタースピードを遅くする方法だと、一定時間カメラをどこかに固定する必要がある。手持ちだとブレるのが当たり前だし、人混みの多いトコでカメラをどこかに固定しつつ、撮影するのはほぼ100%難しい事だ。
もう一つの絞り開放も、ピント合わせがよりシビアになって、微妙なポイントでピンボケが発生してしまう。けど、後者に関しては撮影者の経験と技術力が物を言うやり方だから、環境云々ではなく、この出来栄えが個人の直接的なスキルに関わってくる。
「そー言えば、暖色の撮影方法は私知らないですね」
「アレはホワイトバランスをいじるんだよ」
「ホワイトバランス?」
暖色は分かりやすく言えば温かみのある色合いの事で、赤とかオレンジ系統の色味で、対になるのが寒色で青系統の色味になる。
祭りの屋台とかの色は暖色系だから、被写体が色白の人とかでも、その光の反射で肌色が黄色かったり、それこそオレンジ色に映ってしまうこともある。
とにかく、夏祭りでの撮影はもろもろ気を遣う場面が多いって話だった。自分の思い描くイメージを完成させるには、それほどまでに気を遣いながら撮影をしなきゃいけない。
「先輩のイメージは分かりました。けど、大一番でその賭けみたいな撮影するんですか?」
そう、この撮影はある種の賭け要素も含まれてる。なんて言ったって俺に夜撮の経験がほとんどない事に起因している。
イロハも分からない撮影に理想だけを掲げて挑むより、今は慣れた手法で、今ある技術で出来る範囲を最大限に挑むべきと、黄坂はそう言ってる気がした。
「黄坂ってほんと、痛いトコ突いてくるよな」
「そりゃ、廃部かかってますし」
「ん~」
順調そうに進んだと思いきや、結局はまた振り出しに戻ってしまった感がある。また新たに案を考えるかと天を仰いだ時に、その着信音は鳴り響いた。
「げ……」
「どうしたんですか先輩?」
「モデルのあてがたった今消えた」
「え?」
「前に頼んだ知り合いの先輩に依頼したんだけも、予定があって無理だって断られた」
千歳先輩に被写体の依頼を出してたが、夏休みは都合があって予定が空けられないらしい。
その代わりに夏休み前までならいくらでも時間が作れるからとりあえず私の家に来ないかしらと余計な文章も付いてきたので、とりあえず遠慮しておきますとだけ返信しておいた。
「マジでやべーなこれ……」
「あの、松橋先輩」
「ん、なんだ?」
「あそこで泣いてる人いるんですけど……」
「え?」
そう言った黄坂が指差した先には俺に背中を向けてうずくまっている人から鼻をすする音が聞こえてくる。えーなんでこの人泣いてんの……?
「おい緑川、なんで泣いてんだ?」
「だって……私被写体やるって言ったのに……」
「いや、だって緑川被写体の経験が……」
「先輩鬼ですね」
緑川には泣かれて、黄坂には呆れられた。確かに俺と黄坂のやり取りの間でなんか浴衣がどーのこーのとか言ってた気がするけど、そんなの全然本気で捉えてなかった。
「とりあえず、今回は緑川先輩にお願いした方が良いんじゃないですか?」
「真理愛ちゃ〜ん……」
「だから下の名前で呼ばないでって何回も……」
黄坂に泣きつく緑川。こんなのどっちが先輩でどっちが後輩だか分かんねーな。
どちらにせよ、今から新しい被写体を探すのも骨が折れるし最悪見つからないかもしれない。
だったらもう取るべき選択肢は一つしかなかった。
「あー、緑川。アレだ……被写体やってくれないか……?」
「…………」
「頼む、俺の居場所を……俺達の居場所を守る為に協力してくれ」
「……私、本当は忙しくて、先輩との恋路の事もあるし本当に忙しいんだけど、松橋くんがそんなに泣いて縋るように頼むならお願いされてあげてもいいよ」
「なんかお前ちょっと調子乗ってんな?」
「廃部の危機なんで、ここは大目に見ましょう先輩」
「緑川おまえ、ほんと可愛くねーよな……」
「褒めてもなんもでないよ〜だ!」
「褒めてねーからな」
「とりあえず、これで決まりですね」
いつも通り軽口を言い合いながらも、差し込んだ一筋の希望に、俺は期待で胸が膨らんでいた。
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