第12話 作戦会議と私利私欲
可愛い神様のような後輩をこれ以上刺激しない様に少し離れた場所に座り、スマホを取り出して《 夏 》ってキーワードで検索をかけて、情報収集を始めた。
「あ、あとモデルのあてとかはあるの?」
緑川のその一言で、俺の手は止まった。そう、俺の撮影しようとしてる写真、ポートレート写真の絶対条件、被写体が必要だった。
「あ、無いんだ〜」
前までは流歌にお願いしてて、去年の秋のコンクールは千歳先輩にお願いした。その二人意外の被写体の知り合いなんて居ないし、流歌とは関係がまだ良くないから頼めないし、そうなると必然的に選択肢は千歳先輩ってだけになる。
風景写真なら自分が動けば可能性や表現の幅は無限大なんだよな。
ポートレート写真は被写体がいなきゃ始まらないし、そもそものスタートラインにすら立てないんだよな。
「けど、そんな被写体探し含めて、俺はポート「言い訳はいいから〜素直にあてがありませんって言って大天使美羽ちゃんに頼みなよ〜!」
「あてならいるぞ、目の前にな」
そう言って俺は緑川ではなく黄坂の事を指差した。
「嫌です」
「廃部の危機なんだぞ!?」
「そんな部活潰れればいいです」
「黄坂、お前もどっちの味方なんだよ!?」
「とにかく私が被写体やるなら協力しません」
「後生の頼みだ、黄坂」
「寝言は寝てから死んで欲しいです」
「慈悲のカケラもねぇ……」
この部が危機的状況なのに、黄坂は協力してくれない。前言撤回だ。この後輩は悪魔の後輩だ。無慈悲な後輩だ。けど、それはなんとなく予想はできてたし、計算の内の範疇だった。
これで選択肢は千歳先輩になったな。早急に事情を連絡して日程調整をしないとな。同時にコンセプトも決めないとな。
いくら2ヶ月先でも時間は有限だからモタモタしてられない。
キーンコーンカーンコーン♪
最終下校の時間を知らせるチャイムが鳴り響いた。おかげで作戦会議は強制的に終了を告げられた。
黄坂にはすぐ帰ってもらい、俺は軽く部屋の中を片付けを始める。片付けって程散らかした訳じゃないけど、イスとかを元の位置に戻したり窓を閉めたりとかをした。
「松橋くんの居場所、無くなっちゃうのかな」
「さあな、やるだけはやってみるつもりだけど、今までの実績じゃ厳しい戦いではあるよな」
今まで一度も掠らなかったのに、実に非現実的だよな。黄坂の写真の実力はまだ知らないけど、さっきの積乱雲の時の写真だったり自分のカメラを持参してる辺り普段から写真は撮り慣れてるのは分かった。けど写真展とかには応募するタイプには見えないから、そこまで大きく期待しちゃいけない。あくまで俺がどうにかしなきゃって思った。
「とにかく、私も被写体できるし、知り合いに被写体できる人居ないかあたってあげるよ!」
「え?」
「けど、期待はしないでね! どちらにせよ初心者な事には変わりないし、可能性は結構低めだし」
「緑川、お前友達いたんだな」
「松橋くんってほんとデリカシーないよね」
「でも、これが俺だろ?」
「そこ、開き直る所〜?」
そう言って、俺と緑川は笑い出した。
危機的状況だけど、なんだかんだ変わらない日常を過ごせている事に、無性に嬉しくなった。
そんな感情で見る積乱雲は、確かになんか良いなって感じた。
「あ、そう言えば松橋くん松橋くん! 大変なんだよ! ビッグニュースだよビッグニュース!」
緑川がいきなり興奮した様子で鼻息も荒くなりながらそう言ってきた。それ女の子としてどうなの? って疑問を心の中にしまい込む。
「んで、ビッグなニュースってなんだ?」
「先輩の好みが分かったの!」
「ほう、それは良かったじゃないか。ってかそれ俺に報告する意味無くないか?」
「オシャレな人が好きなんだって! オシャレ!」
「俺の質問の答えはどうしたよ……」
相変わらずこの子は人の話を聞かない子ですね〜お兄さん悲しくなっちゃうよ……そんな気持ちとは対照的に緑川は元気溌剌に、興奮気味に俺に話をしてきていた。
「今週の土曜日って松橋くん空いてるよね!? 暇でしょ!?」
「そう言われるとムカっとするな。ってか廃部の危機だってお前も知ってるだろうが!」
「買い物行こう! オシャレな物探しに!」
「嫌だよ面倒くさい。前にも言ったけど、そんな事より今は廃部をどう阻止するかが先決だ」
俺は別に流行に敏感な訳でもないしオシャレとか全く知らないし分からない。要は俺が付いていっても何の役にも立たないのだ。だから俺はそれを廃部の危機を理由に一緒には行けないと緑川に告げた。
「面倒くさいって酷くない!? でも松橋くんがいないとダメなの! 死活問題なの!」
「なんでだよ? 俺別に流行とかに敏感じゃないしオシャレとか知らねーぞ?」
「男の子の目線から物事を見れるでしょ! こーゆーのが好みとかアドバイスしてよ!」
「お前が知りたいのは俺の好みじゃなくて先輩の好みだろ」
「もう、いいから行くの! 異論反論抗議質問等は一切禁止! ダメ、絶対!」
顔の目の前でバッテンのポーズをつくる緑川。んな自分勝手な理由があるかよ……俺の真っ当な意見は無視されてしまい緑川の理不尽な意見で物事は進んでいく。
人生なんて理不尽だらけでできているモンだから、これも一興なのだろうと自分を無理やりにでも納得させようとする。でも限度ってモノもあるよね?
「んじゃスマホ出して!」
「え、何でだよ?」
「連絡先交換するからに決まってるじゃん! 待ち合わせの時間とか場所とか決めないとでしょ?」
「だから何で俺が行く前提で話が進んでるんだよ。ってかこの前お前もそれは理解して協力するとか言ってたじゃねーか!」
「それはそれでこれはこれだから! むしろ来ないと酷いよ?」
「酷くていいから行かなくていいか?」
すると、頬を膨らませこちらを睨んでくる緑川。いや、その歳でそんな小学生みたいな抗議の仕方やめろよな、見ているこっちが恥ずかしいからな……それにしても緑川美羽というこの女の子、バカだしバカだしバカなのだが裏表がなく、真っすぐな子なんだなと思い始めていた。
別に、そんな緑川に惹かれ出してるとかそんな事は微塵にも思っていない。付き合うならもっと大人でキレイな女性がタイプだし、なんなら流歌と付き合いたいし。緑川はどちらかと言えば可愛いくて妹系な感じがした。
「こんな可愛い天使の美羽ちゃんと休日デート出来るんだよ!? これは行くしかなくない!?」
「本当に可愛い天使だったら行ったかもしれないな」
「ほんっとうに松橋くんは乙女心が分かってないよっ!」
「お前は男心が分かってねーだろ」
「うるさい! バカ! 変態! 強姦されそうになったって言いふらしてやる!」
「それは天使じゃなくて悪魔だろ……」
そのあとも俺と緑川の言い合いは続いたが、結局の所はどっちも折れる事なく、連絡先を交換しただけで終わった。
これからも絶対面倒くさい事があるだろうなと思いながらも隣で意中の相手、例の先輩の良い所、魅力、かっこ良さを聞いてもいないのに自らべらべらと話してくる緑川の言葉に耳を傾ける。
俺だってできれば流歌とこんな感じで話がしたい。隣を普通に歩けてなんて事ない話題でお互い笑って、そんな風なありきたりな恋愛をしたいさ。
そんな彼女の表情は無我夢中で、迷いなんて一切なくてまさに恋する乙女といった言葉が相応しかった。高校生にはありがちなピュアな感情だけど、そのこと自体に否定するつもりなんか一切なかった。
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