第11話 積乱雲と水色パンツ
「それで、具体的にどんな写真撮るんですか?」
「その前に、どの写真展に応募するかにもよるかな」
「どの写真展?」
「ふふふ、良い質問だ」
写真展の中には自由なテーマの時もあれば、春らしい写真とか、季節に拘ったりポートレート限定、風景限定などといった細かいコンセプトが設定されている場合もある。
コンセプトが設定されていなければ、言葉通り自由な写真でいいけど、コンセプトが設定されてると、そのテーマに沿った写真じゃないといけない。
そのテーマ自体でまず、大きな篩にかけられるって事だ。
「私、風景とかしか撮った事ないです」
「なら、ポートレート写真だったら死活問題だな。逆に俺は風景苦手だから風景写真だったら俺が詰みだな」
絶望的に風景写真を撮るのが苦手な俺、元々影響されたのがポートレート写真だったから、ずっとそこを突き詰めて生きてきたから、風景なんてまるで練習してきてないんだよ。
ポートレート写真は人物をテーマの中心に置いて撮影した写真のことで、別に人物の全身を写している必要はなくて、顔や身体の一部だけだったり、後ろ向きでも顔が隠れていても、人がテーマの中心にある限り、それは全てポートレート写真に分類される。
「写真展決めるのもいいですけど、具体的にいつ廃部になるを先生に聞いた方がいいんじゃないですか? 決めた写真展よりも早くに廃部になるんじゃ意味ありませんし」
「なるほど黄坂流石だな! できる後輩だな!」
「うげー。なんか松橋くん真理愛ちゃんにデレデレしてて甘くな〜?」
「だから、下の名前で呼ばないでください」
緑川の戯言は置いといて、とりあえずもう一度先生に聞いて、いつの写真展で決着をつけるのかを聞く必要があるのは確かだ。一旦緑川と黄坂を部室に残し、俺は先生がいるであろう理科講義室へと向かった。
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「先生、ちょっといいですか」
「松橋も大概ノックしないよな」
「どっかの顧問に似たんですよ。んで、話あるんですけど」
「合コンなら人数は埋まってるからな」
「違いますし、そもそもそんな年増の合——」
そう言おうとした俺の首元をいきなり掴んできたこの顧問……いや、恐いし動き早いし恐いし……
「なんか言ったか? 松橋ぃ」
「な、なんでもないっす……」
「なら、よろしい」
俺が咄嗟に言い直すと、先生は俺の首元から手を離してくれた。普通に力つえーし、なんならコレ教育委員会に言ったら児童虐待になるからな?
「んで、話はなんだ?」
「……はぁ。例の廃部の件で、写真展で入選の話あったじゃないですか」
「あぁ、あったな」
「具体的に、どの写真展で結果を見極めるんですか?」
すると先生は胸ポケットから一枚の紙を取り出して俺へと渡してきた。
そこには写真展の名前と、夜空に輝く大きな花火の写真と、細かい募集要項が書かれていた。
そして、この写真展のテーマは《 夏 》だった。
《テーマは夏です。夏に関係する事であれば、風景、人物、物など、種類は問いません。あなたの表現する《 夏 》を作品にして応募してください》
募集要項にはそう書かれていた。そして、募集の締め切り期日は夏休みの最終日になっていた。時間はまだ2ヶ月以上あるって事か。
「夏、ですか」
「でも良かったじゃないか、松橋の苦手な風景縛りじゃなくてな」
「先生はどっちの味方なんですか」
「もちろん、生徒の味方さ。だからこうして、問答無用で廃部になりそうな所を避けるチャンスを与えただろう?」
フラスコを掃除しながら澄まし顔で俺にそう言ってきた。少なからず俺たちの為に上の連中と戦ってくれた事は分かった。
口から出まかせ言ってる可能性もあるが、この顧問はハッキリとモノを言う性格だから、そんな事はないだろう。
理科講義室を出る前に一度軽く挨拶をしてから、先生から貰った写真展のチラシを持ちながら部室へと戻った。
「ただいま〜って、何してんだ黄坂?」
部室に戻ると、窓を開けて黄坂が空に向かってカメラを向けている瞬間だった。
「ちょっと外の風景が綺麗だったので」
「それ、自分のカメラか?」
「はい」
そう言って黄坂はシャッターを三回切った。
そしてモニターを確認して、満足そうな表情を浮かべていた。
初対面の時から黄坂はあまり感情は表に出さないタイプだと思っていたけど、写真を撮って微妙に口角が上がるのを見て、こんな表情もするんだと思った。
「そんな良い風景なのか?」
黄坂の元まで歩いて行って、窓から身を乗り出して空を見ると、綺麗な青空と雲があるだけの、いつもと変わらないありきたりな空だった。
俺の見てる景色と黄坂が見てる景色は一緒なはずなのに、感じ方はやっぱり違うらしい。
人の数だけ見え方も、捉え方もなにもかも違うんだよな。
「松橋先輩、積乱雲は好きですか?」
「積乱雲?」
「雷や雷雨を降らせて、あまり好まれない厄介者の雲の事です。スケールの大きさと、綿菓子みたいに鮮明なディテール。青空とのコントラストが美しい雲だと私は思うんですよ」
「青空とのコントラストね~」
「風景写真、楽しいですわ」
「俺にはその魅力はまだ分かんねぇな。むしろポートレート撮ってる方が楽しいし」
「逆に私は人物撮影好きじゃないですね。撮るのも撮られるのも」
別に風景写真が嫌いなわけじゃないけど、ただ人並み程度の綺麗だとかすげーだとか、そんな感想しか出てこないんだよな。
黄坂は風景写真が好きで、俺はポートレート写真が好き。
俺はただ単純にきっかけと同じくらいのクオリティーを求める為で、黄坂は自分の写真を撮られる事と人物写真を撮るのが嫌いらしい。
深い理由までは聞いてないから知らないけど、そこから派生して他人でもポートレート写真は苦手で、ありのままの大自然を映し出す風景写真が好きらしい。
「なんか真理愛ちゃんと松橋くんってとことん思考が合わないね」
「まぁ、人それぞれだしな」
「だから下の名前で呼んでくださいって」
何回目だよそのやり取り。よく分からないけど黄坂は下の名前で呼ばれる事がイヤらしい。真理愛って名前が嫌いなのか?
思考が合わないって言っても、唯一合ってんのが写真が好きってことだった。
「それで、松橋くんの命日は決まったの?」
「縁起でもねー事言うな! コレ、先生から渡されたやつな」
先生から貰ったチラシを黄坂に渡すと、黄坂は相変わらずの無表情でチラシに書かれてる字を目で追っていた。
どんな感情を抱いているか分からない、っというよりは分からせない様にしてるって言った方が正しいのかもな。
「テーマは夏ですか
「良かったね! 風景写真だったら廃部じゃん!」
「さっきも、先生に同じこと言われたよ」
「だったら私、もうコレでいいですけど」
「コレ?」
「さっき撮った積乱雲のやつです」
「それ、夏と関係あんの?」
そう言った瞬間に、黄坂が俺を見る視線が明らかに冷ややかなモノになっていた。
相変わらずの無表情なのだが、その瞳には感情は籠ってなかった。
シンプルに恐い。シンプルな恐怖を感じたが、この狭い部室の中に俺の逃げ場なんてどこにもなかった。
「先輩、ほんと風景勉強した方がいいですよ。積乱雲は夏を象徴する雲ですよ」
「え? そうなの?」
「これだからポートレートバカはね〜」
「緑川、お前なんか写真に関しての知識とかなんも知らねーだろ!?」
チラシを机の上に乗せて、イスに座り足を組みながら目を瞑りはじめた黄坂。スカートで足を組むとパンツ見えそうで興奮……けしからんからやめさせたいけど、指摘したら逆に変態扱いされそうだから黙っておこう。
「真理愛ちゃん。スカートで足組んじゃうとパンツ見えちゃうよ? 松橋くん目の前だし」
「…………」
「緑川お前、なんて事口走ってんだ!」
「えー、だってそうじゃん」
「いや、確かにそれは思ったけど、面前で言わなくてもいいだろうが!」
「先輩、思ってたんですか?」
「へ……?」
「……最低」
黄坂は足を組むのをやめて上半身と下半身を腕で隠し、顔を真っ赤にしながらそう言ってきた。
隣にいる
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