第9話 熱い想いと知らん奴

 家に帰り玄関のカギを開けると、見慣れない靴が一足置いてあった。誰かお客さんでも来てるのかと楽観視していた俺がリビングに行くと、そこには目を疑う光景が広がっていた。


「……流歌」

「…………」


 家に流歌が居た。俺がそう名前を呼んでも返事はなかったけど、その後姿は間違いなく青山流歌で、間違いなく俺の幼馴染だった。


「流歌……どうして俺の家にいるんだ?」

「…………」

「ってかお母さんとかどこにいる?」

「…………」


 姿は見当たらないし、よく見ると流歌は台所に立ってご飯を作っているようにも見えた。これは夢なのか? そう思い頬をつねってみても痛いし、これは現実だ。

 じゃあなんで流歌が俺の家にいて料理してるの? いや、マジで分かんないんだけど。

 すると、流歌が流しで手を洗い、手拭きで充分に水分を落してから、ようやく口を開いた。


「あんたのお母さんから、連絡きてるでしょ」

「え……?」


 そう言われスマホを確認すると、お母さんからのメッセージがあり、そこには今晩からお父さんと海外に泊まりの旅行に行くからって報告だけがシンプルに送られていた。いや、わりと重要案件だし海外旅行とかなら更直接電話で言えよ電話で。

 俺も小さい頃はよく海外旅行一緒に行ったりして旅行先の知り合いの女の子とかと遊んでたっけな、懐かしい。


「とりあえず親の事情は分かったけど、なんで流歌がいんの?」

「頼まれたから」

「はい?」

「あんた、まともにご飯食べないだろうからって。お願いされた」

「それで流歌は、引き受けたってことか?」

「ん」

「なんで?」

「は?」

「なんで、引き受けたんだ?」


 流歌は俺を拒絶したはずだ。それなのに、拒絶した相手の健康管理的な任務を承諾するなんて俺には理解できない。


「流歌、俺のこと嫌いだろ」

「…………」

「え? 違うの?」

「好きじゃない」


 やっぱり、俺は流歌に嫌われている。自分から聞いといて落ち込むってなんだかな~って思うけど、直接言葉にされると堪えるものがあるよね。


「でも、嫌い……でもない」

「え?」


 え? 今なんて言った? 青山さんなんて言いました? 嫌いじゃないって言ったよね? なにそれ今までのツンデレってことですか? 


「でも、最近俺への当たり強くね?」

「知らない」

「いや、、知らないってそれは無理あるだろ? 昔なんか俺のそばにずーっとくっついてき――」


 投げつけられた雑巾が顔面にクリーンヒット。なにそのコントロール力、世界目指せるんじゃないの? 当の本人は顔を真っ赤に染めながら怒りを露わにしているようすだった。


「死ね!」


 やっぱり俺は流歌に嫌われているのかもしれない。だけど、今までとは違い今日は少しだけ会話ができた。俺の質問に流歌が答えてくれて、好きではないけど嫌いでもないと言ってくれた。でも実際は嫌ってるとは思うんだけどね。


 だが、せっかくの機会だし、もう少し流歌と話せないだろうかと思い積極的に話しかけるが、無視されるかうるさいと罵倒されるから、やっぱり俺は流歌に嫌われていた。





 ▼




 週の始まり月曜日。部室でイスに座りながらカメラのメンテナンスをする。俺の趣味には欠かせない重要な機械だから念入りにやらないとな。


「今なんて言ったの?」

「いや、だから俺流歌に嫌われてないかもしれないって話」

「休みの間に何があったの?」

「好きじゃないけど嫌いでもないって言われた」

「なにそれどっちなの?」

「いや、分からん」


 好きでもないけど嫌いでもない。要は普通って事だ。けど、あの後は無視させるか罵倒されるかだったから嫌われてるのかもしれないな。いや、でも嫌いでもないって言ってたしな?


「なんか松橋くん変わったね」

「変わった?」

「うん、なんかキモって思った」

「は? いきなりなんだよそれ!?」

「ってかさ、ここどこ?」

「部室」

「部室? 松原くんって部活入ってたの?」

「うん、写真部」

「写真部? なんか部員全然いなそー」

「まぁ、俺一人だけだからな」

「なにそれ廃部じゃん」

「もう一人くらいは欲しい所ではあるけどな。緑川、お前入るか?」

「えー、なんか地味っぽいし先輩からのウケ悪そうだからいーや」

「地味って言うな地味って」

「写真なんかスマホで充分じゃない? 今は盛れるアプリとかあるしさ」


 その言葉を聞いて溜息が出てくる。

 分かってない、緑川は何にも分かっちゃいなかった。

 

 元々この趣味を始めたきっかけは、父親の趣味だった。小さい頃からカメラは握っていて、ヘタクソにテキトーな写真を撮って過ごす毎日だった。

 

 そんなある日、一人の女性を主題にした、ポートレート作品に出会った。

 被写体である女性の美しさもそうだったけど、背景に映る景色、そして微妙な角度、色合い、その他もろもろが俺の感覚を刺激した。ただ、何も考えずに写真を撮っていた俺の価値観がそこでガラッと変わった。


 俺も、こんな写真を撮ってみたいなんて思い始めたのがきっかけで写真を本格的に勉強して撮り出すと、新たに芽生えてくる感情があった。

 写真を撮る魅力の一つとして、その時間、その場所限りの一瞬を、形に残せることだと俺は思う。

 時間は常に動いていて、過ぎ去って二度と戻って来ない。

 思い出は、心に残って形には残らないって言う人もいるけど、写真ならその形に残らない思い出を形に残すことができる。

 

 家族だったり、友達だったり、もちろん恋人とか、その他色んな人との関わり合いの中の、かけがえのない一瞬の時を、レンズっていうフィルターを通して具現化できるのが写真の魅力だと思う。

 

 二度と戻ってこない過去を写真に収めることで、もう一度その過去を思い出して、まるで戻ったかのように思い出に酔いに浸れる。

 あの時の自分が何を見てたのか、何を感じてたのか、それを誰と一緒に経験したのか、全てを鮮明に思い出すことができる。

 

 それと、写真を撮ることで季節の変化にも敏感になれる。

 春には桜を撮影して、夏には向日葵を撮って、秋には紅葉、冬には冬牡丹って感じで、それぞれの季節にしか撮ることのできない花があって、景色がある。

 これらを撮影するために出掛けることで、季節の変化を感じることができる。

 

 花が咲くことの美しさや散ってしまうことの儚さ、そんな生き物の営みに感傷的になったり、それこそ自分の感性を磨くこともできる。

 

 そしてその過程でどう撮影すれば、より美しく綺麗に撮影できるかとか、どう撮影すれば、より儚く撮影できるか、って感じでそもそもの根本、写真の構成も考えて、撮影自体を楽しむことができるのも大きな魅力だろう。

 

 100枚撮って99枚がダメでも1枚のいい写真が撮れれば、99枚への悔しい気持ちは吹き飛ぶ事だってある。けど、そんな自分も相手も満足してくれるような、そんな写真を撮るのにはやっぱり知識と経験がそれなりに必要だ。


「なんかすーごい語ってる所申し訳ないんだけどさ、なんか松橋くんに用があるって子来てるんだけど」

「あ?」


 俺が気持ちよく、熱く写真、カメラについての魅力を話していたのに、当の本人は欠伸をしながら全く聞いていない様子だった。

 んで、俺に用があるって誰だ? いくら放課後とはいえ千歳先輩が他校の俺、ましてや部室までやってくるのは考えにくい。

 じゃあ流歌か? いや、流歌がやってくる事はないだろう。流石に急激に俺と流歌の関係性が縮まるわけないだろう。


「んで、俺に用があるって誰だよ?」

「この子」


 そう言って緑川が指差す先には一人の女子生徒が立っていた。茶髪のショートヘアーで第一印象は目つき悪くね? って感じのボーイッシュ系女子だった。


「あの、俺になんか用ですか?」

「写真部、入りたいんですけど」

「写真部? 君が?」

「悪いですか?」

「いやいやいや、悪いとかじゃないけどさ」

「名前はなんていうの?もしかして一年生?」

「はい、黄坂おうさかです」


 何故かは知りませんが、唐突に部員が増えて後輩ができました。



 

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