第8話 現実?夢?どっちですか!?

「誰がこんな泥棒女のこと好きなもんですか」

「私だってあなたみたいに非常識な暴力女と仲良いだなんて、こっちから願い下げです!」


 緑川と千歳先輩のバトルが始まった。

 大型ショッピングモールに緑川と一緒に来て訪れたお店に流歌が居て、また嫌われて落ち込んで緑川に何もかも話をして、そしたら助けてくれるって言うから頼ってみたらとんだ修羅場だった。

 人目の多い大型のショッピングモールでドンぱちされるのも嫌だしこれが流歌の耳に入ったら余計に嫌われそうだから場所を移したのに、結局このお店の中でも息がし辛いんですけど……



「とーにーかーく、私が松橋くんに頼られたんですから、この件に関してあなたは口出ししないでくださいね」

「光輝くん。そんなお子ちゃまな同級生より経験豊富な私に相談した方が懸命よ。今貴方が抱えている問題をすぐ解決してなんのしがらみもなく私と付き合えるようにしてあげる」

「松橋くんはあなたではなく青山さんが好きなんですよ! あなたの事眼中に無いんですからねっ!」

「うるさい小蝿がいるわね。殺虫剤はどこかしら? チョコレートケーキにかけようかしら」

「二人とも落ち着いてくださいって……!」


 らちがあかない。俺はこんな事で悩んでいられないのに、悩みが尽きない。流歌との事、緑川の恋愛、緑川と千歳先輩の関係。どれもこれも一筋縄じゃいかなくてめんどくさい案件。だけど放っておくこともできないから結局どうにかしなきゃいけない案件。

 何が言いたいかと言うと、すんげーめんどくせー。


「もしかして、この人と絡んでる所見られてそれで流歌ちゃん嫉妬して怒ってるんじゃない?」

「いや、千歳先輩と一緒にいる時に流歌に会ったことないしそれは無いだろ」

「んー、ぜんっぜん分かんない。この天才の美羽ちゃんでも分かんないよ〜」

「そんな過去の恋心なんて忘れなさい。その悲しさも寂しさもやり切れない想いも全部私が受け止めてあげるわ」

「だからあなたの事は眼中に無いって言ってるじゃないですか!?」

「貴女に言ってないわ。私は光輝くんに言ったの」

「松橋くんはすっごい悩んでいるんですよ。なのにその気持ちを蔑ろにして何が楽しいんですか? 人の想う恋心はすっごい尊いものなんですよ? 私だって恋してるから分かります。その恋心を無視して人生の先輩として恥ずかしくないんですか? 人の恋路を邪魔して恥ずかしくないんですか?」


 今までに無いくらい、感じた事が無いくらい緑川の怒りを感じた。机をバンと叩きながら鬼気迫る勢いで千歳先輩に物申していた。


「そう、聞いていない説明をありがとう。貴女の恋愛の価値観は分かったわ」

「自分の都合だけで相手を振り回すのは良くないから辞めた方がいいですよ」

「逆に質問いいかしら? 貴女は今恋をしてると言ったわよね。なら、自分の恋してる相手に他の人が近づいていたらどうするかしら?」

「私を見てもらえるように努力します」

「あら、そこの意見は私と同じじゃない。ならどうして私の邪魔をするの?」

「言っている意味が分からないんですけど?」

「私は光輝くんの事が好き。光輝くんと付き合いたい。これは純粋な恋心よ。だから私を見てもらいたくて、私だけを見てもらいたくてもがいているの」


 鬼気迫る勢いで物申す緑川とは正反対に、千歳先輩は冷静な表情で淡々と語り始めた。


「光輝くんには別に好きな人がいる。そんなの私には関係無いのよ。私は光輝くんの傍に居たいし光輝くんじゃなきゃ嫌なの。恋愛は当事者同士なら綺麗に見えるかもしれないけど、恋人になった2人が笑っている影で誰かが泣いているの」

「それは……」

「だから私は知らないわ、そんな事。欲しい物を手に入れたいのに遠慮する必要なんてないじゃない。他でもない私が泣かない為にね。人の恋心を蔑ろにしてると貴女言ったわよね? えぇそうよ。蔑ろにしている自覚はあるわよ。でもそれは貴女だって同じじゃないかしら?」


 ぐうの音も出ない程の正論に俺も緑川も言葉を失った。返す言葉は何にもない。俺は流歌の事が好き。その事実は変わらないが、千歳先輩も俺の事が好き。その事実も冗談とかからかいではなく、真実なのだろう。


「反論が無いなら、私はこの辺で失礼させてもらうわ。心ない言葉に傷ついたし。光輝くん、私を慰める為に今日は私の家に泊まりなさい」

「いや……」

「そう、なら選んでちょうだい。慰める為に泊まるか、罰として泊まるかどっちがいいかしら? 私はどっちでもいいわよ」

「その、毎回選択肢があるようで無い質問はなんなんですかね……?」


 俺の返答には何も答えず、ただふふふと柔らかく微笑んで、千歳先輩は帰っていった。

 その後のテーブルには俺と緑川二人でお通夜みたいな雰囲気になっていた。


「私、間違ってるかな」

「何も言えない時点で負けだろ」

「でも、松橋くんは苦しんでるのは事実じゃん。好きな人が苦しんでたらまず助けたいって思うのは悪い事じゃないよね」

「助け方の違いだろ。問題を解決する助け方もあるけど、千歳先輩が言ったように全部受け止めて助ける方法も一理あるよ」


 自分本意で考えていたけど、その思考が近くにいる千歳先輩の事を傷つけていた事実が俺の思考を鈍らせていた。


「でもさでもさ、どちらにせよわだかまりは解消しようよ。それからでも向き合うのは遅くないと思うし」

「おう」


 結局緑川に引っ張られる形で、再度流歌とどう仲直りしようかの作戦会議を再開させた。

 結果的には今はまだ接触せずに、過去を思い出して心当たりを手当たり次第探ろうって話になった。

 店を出てからはその場でお互い別れて真っすぐに自宅へと向かった。

 家に帰り玄関のカギを開けると、見慣れない靴が一足置いてあった。誰かお客さんでも来てるのかと楽観視していた俺がリビングに行くと、そこには目を疑う光景が広がっていた。


「……流歌」

「…………」


 家に流歌が居た。俺がそう名前を呼んでも返事はなかったけど、その後姿は間違いなく青山流歌で、間違いなく俺の幼馴染だった。


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