第5話 接触オペレーション
「ねぇ……本当にやるつもりなの?」
「当たり前だ。むしろこれくらい出来なくてどうするよ」
「いきなりこれはハードル高くない?」
「ほぼ絡み0のくせに告白しようとした馬鹿が今更何を言ってんの」
「あ、また馬鹿って言った!? 本当口悪いよね、松橋くんはっ!」
「そろそろ休憩時だぞ。よく見てタイミング伺え」
「……う、うん」
はちゃめちゃな出会いを通して、不本意な作戦会議から数日後。とある日の放課後の戯からこの物語は始まり、俺と緑川はとある作戦を実行しようとしている。その名も……
《積極的にさりげなく話しかけよう大作戦!》
ちなみに、このネーミングセンスは緑川クオリティーだからな? 積極的なのかさりげないのかどっちなのか知らないけど、とりあえず分かるのは頭悪い作戦名だってことだけだった。
緑川の憧れている先輩とやらはこの高校のサッカー部に所属しているらしく、そんでもってその部活動の最中には休憩時間が存在しているのは緑川独自の調べで把握することができた。
まぁ、休憩なんてどの部活でもあるだろうし考えなくても分かると思うけどな。その休憩時間になると、サッカー部の大体の生徒はこの給水場を訪れるので、先輩がここへやってきたら話しかける。
『いつも部活動お疲れ様です!』
っとまぁこういった具合にだ。いきなり仲良くなろうとしなくていいし、まずは些細なことだ、本当に些細なことでいいゆっくりと印象付けから始めようって作戦だった。
例の先輩に、緑川美羽という個の存在を認識させないと話にもならな案件だ。印象の無いのにいくら策を講じても暖簾に腕押しだ。
「そろそろだぞ。準備は大丈夫か、緑川?」
「うぅぅ……緊張がすごいよ……」
「京都弁で告ろうとしていたやつとは思えないな」
緊張のせいか隣で足をガタガタ震えさせている緑川。この調子で本当に大丈夫かよ……そんな不安な思考になっていると、遠くの方から野球部らしきユニホームを着た連中がこちらに向かってやってくる姿が見えてきた。
「緑川、きたぞ。チャンスを逃すなよ?」
「う、うん……!」
俺と緑川は先輩の姿を見逃さない様に視線を集中させた。次から次へと人がこの給水場にやってくるが、肝心の先輩の姿はどこにも見当たらない。
「おい、今日ってもしかしてその先輩休みか?」
「そんなことはないはずだよ? 今日体育の授業の時いたもん!」
「そっか。あ、お前授業中に怒られてたのそれ見てたからか?」
「ち、違うよ……!? 先輩の走ってる姿がカッコいいとかそんなので興奮とかしてないから! 全然ないから!」
「自白したな、お前」
「はっ……」
隣で顔を真っ赤にして頬を膨らませているはほっといて、再度先輩を確認するが、やはりどこにも見当たらない。緑川は見たと言っているから学校に来ていたことは間違いなさそうだが、だとしたらなぜやってこないのだろうか。
「なぁ、もしかして部活は休んでるんじゃないか?」
「そこまでは把握してないけど、でもいないもんね〜」
「また明日にでも日を改めるか?」
俺は緑川に向かってそう言った。だが、肝心の緑川には俺の言葉は届いていないらしくて何やら一点を見つめて動かなくなったぞ。
そんな緑川の様子を見て俺ももしかしてと思いゆっくりと緑川の見ている方に視線を向けた。そこにはコイツの意中の先輩がいた。
なるほど、ヒーローは少し遅れての登場ってか? しかし、それはこちらとしては好都合で先輩は今一人でこちらに向かってきているから一対一なら緑川も話かけやすいだろう。
「緑川、そろそろ準備しろ」
(ぱぁぁぁぁぁぁ!)
なんだろう。こいつ完全にフリーズしてやがる……頭の周りを天使達がぐるぐる回っている気がした。
んなところで見惚れてるんじゃねーよって意味を込めて俺は緑川の頭をチョップしてその意識を無理やり現実へ引き戻した。
「痛っ! 何するの!? 暴力変態!」
「初めて聞いたぞそれ。とりあえず集中しろ、こんなチャンス滅多にないぞ」
そう、例の先輩は男女共に人気が高い故に、取り巻きも多いし一人でいる時が少ないらしい。これも緑川情報だ。だから今は最高にして絶好のチャンス。先輩が給水場に到着して水を飲み出した。よし、緑川行け、俺はそんな思いを込めて緑川の背中を軽く叩く。
「うわぁ、ちょっ……へ!?」
俺の感覚としては本当に軽く叩いたつもりだったんだけどな……俺の力が思っていたよりも強かったのか、緑川がびっくりしたのか、或いは両方なのか。数歩進んだ先で緑川は見事に転倒してしまった。うむ、パンツは水玉模様か。
「……大丈夫か、君?」
すると、例の先輩が緑川に話しかけていた。いや、まぁ結果オーライじゃね? 通常よりは印象ついただろこれ。あとはありがとうございますから話を繋げていけば上出来だろう。
「……い、いつも部活動お疲れ様でしゅ……!」
(え? そこまずありがとうございますじゃないの? それに噛んだし)
「え? っと……あ、ありがとう……! それより大丈夫?」
「私、緑川美羽って言います……!」
(なんでそのタイミングで自己紹介始めてるの? 違くない?)
「う、うん……血が出てるし、保健室行こうか?」
「だ、大丈夫です!」
「お〜い。先生が呼んでるぞ〜」
遠くで誰か知らないヤツが先輩のことを呼ぶ声が聞こえた。
「ごめん、行かなきゃだから。無理しちゃダメだよ? それじゃあ」
「……あっ」
そう言って先輩は緑川に背を向けグラウンドの方へ走っていった。緑川の後ろ姿がとても寂しそうに見えてしまった。
俺のアプローチがなければもう少し上手くやれていたかもしれないから、少しもうしわけない事してしまったと視線を地面に落としてしまう。
「緑川、悪りぃ」
「……松橋くん」
「……はい」
これは二、三発ビンタでもくらうかなと、そう思い歯を食いしばり目を閉じた矢先の出来事だった。
「これ、作戦大成功じゃない!?」
「はっ?」
思わずそんなセリフが出てしまった。こいつ何言ってるんだ? 今のどこが成功だった?
「だってさ〜、今ので絶対印象ついたと思わない!?」
思うよ、印象は付いただろうよ。だが良い意味では付いていないだろう。悪い意味でもないが、なんかこう……不思議ちゃん? みたい感じだ。だが、目の前で嬉しそうに飛び跳ねながら喜んでいる緑川にそんな事は言えず……
「ははは……印象ついたと思うぞ」
「やっぱり松橋くんもそう思う〜!? 作戦大成功だね〜!」
現実はもっと残酷だが、喜んでる所に水さすのはやめておこう。だが、これで俺の役目も終わりだ。きっかけは作ったからあとは緑川自身のアプローチ次第だろう。
「良かったな。んじゃ俺はもう帰るからな」
「へ? 何言ってるの? 次の作戦考えないといけないんだよ?」
「え? まだ俺関わらなきゃいけないの……?」
「当たり前でしょ! ほら! 次の作戦考えるよ!」
そう言いながら俺の手を引いて教室へと走り出す緑川。俺と緑川の関係はどうやらしばらく続きそうです。
このまま俺は流歌に集中できると思った。でもそんな中で、実際に悩んで考えて行動している緑川が羨ましいとも思った。
俺は何も行動していない。緑川に邪魔されてなんて言い訳に過ぎなくて、俺は嫌われてると落ち込んでいるだけで具体的に何も行動していなかった。
「次も頑張ろうね! ふぉいとー! いっぱーつ!」
「…………」
「そこはノってよ〜」
本当にこんなんで大丈夫なのかと、先が思いやられると思ってはいたものの、俺は大人しく緑川と一緒に教室へと向かうのだった。
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