第4話 魅惑とバカは使いよう
「はぁ……」
流歌にまた拒絶されたし、緑川は相変わらず付きまとってくるしで俺のメンタルはズタボロだった。そんな心情で写真を撮っていたからか、ふと見返したデータには酷い写真ばかりが保存されていた。
嫌われている原因が分からないし、分からないからどうすればいのか分からなくて、タイミング悪い時には流歌に見つかって散々だった。
それでもコンクールは待ってくれない。撮り続けなければいけないから俺は気を取り直してファインダーを覗き込む。香りというコンセプトを意識しながら、ピントを合わせてシャッターをきっていく。
ゆら、ゆら、と机の上に乗っている先輩の足が前後に揺られるのをファインダー越しに捉えながら再び淡々と撮影という名の作業をこなし始めた。
「あまり足を動かされると、ピントブレるので撮れないですよ」
「そもそも全然撮ってないじゃない。そんなんじゃ私だって退屈で足を動かしたくもなるわ」
「それは……」
「撮る気がないなら時間の無駄だから私も帰りたいわ」
「すみません……」
俺がそう言うと千歳先輩は俺に毒を吐きながらも揺らしていた足を止めてくれた。
蜜柑色の夕陽に照らされる千歳先輩の横顔を、その一瞬の鮮やかな輝きを失いたくなくて、無心にシャッターをきる。
彼女の横顔から見える口角が少し上がるのに気がついた。
「あら、急にやる気になっちゃって。光輝くんはマゾヒストなのかしら?」
「違いますよ。せっかく先輩に頼んでるのに申し訳ないので」
「なら最初からそのつもりで始めて欲しかったけれど」
「す、すみません……」
再度ファインダーを覗き撮影を始める俺に向かって千歳先輩は挑発的な言葉を投げてくる。しばらくすると、千歳先輩は俺の言葉には何も返さず1人鼻歌を歌い始める。
「ま、いいわ。光輝くんがコンクールに入選しようが落選しようが私には関係ないもの」
「なら、なんでモデルなんて引き受けてくれたんですか?」
「光輝くんに貸しを作る為よ。それと私が光輝くんと一緒に居たいから」
「動機が不純ですね」
「あら、好きな人と一緒に居たいって気持ちを不純と呼ぶのはあまりにも偏見が過ぎると思うのだけれど」
どうしてだろう。今日は全然進まないし、千歳先輩の発言にいちいち苛立ちを覚える。
流歌に拒絶された事が原因なのは明白だけど、それを他人に当たっている自分が最高に情けなくて惨めになる。余計に暗い思いをし始める。
「ごめんなさい……」
「自分で気が付いたなら偉いわ。光輝くんのそーゆー所、お姉さんは好きよ」
前からそうだった。
千歳先輩は年上の魅力と蠱惑的な態度で俺をイタズラに巻き込むけど、こうやって感情的になって人に当たったりしている時はきつい言葉で俺を叱ってくれる。
普段はどうであれ先輩として、人生の先輩として俺を正しく導いてくれる。
「ご褒美に今日は泊まらせてあげるわ」
「いや、それは結構です」
「じゃあ罰として今日は泊まりなさい」
「いや、それおかしくないですかね?」
「さぁ、気を取り直して撮影再開させましょ。早くしないと日が暮れちゃうわ」
「はい、分かりました」
それでも相変わらず千歳先輩は千歳先輩だけど、それでも俺の先輩はカッコいい人だ。
そのあとはひたすら無心にシャッターを切っていた。そんな中、ずっと止まっていた千歳先輩が俺の方に向かって歩き始めた。
「どうしたんですか?」
ファインダーを覗くのをやめると、千歳先輩は明らかに近過ぎる距離にやってきて、艶やかで潤いのある唇を動かしてこう言った。
「ねぇ、何にそんな悩んでいるの? この前言ってた異性の子?」
「いや、なんでもないっすよ」
「私を騙せると思ってる? だとしたらとてもおめでたい頭なのだけれど」
「千歳先輩には関係ありませんし、俺が解決しなきゃいけない問題なんで」
「じゃあなんでこの前は私に相談してきたのかしら?」
「一時の気の迷いです」
「そう」
千歳先輩はそれ以上何も言ってこなかった。特に言い合いをするわけでもなく、ただひたすらに先輩はポージングを決めて、俺はその瞬間瞬間を切り取る様にシャッターをきる。
でもそのどれもが、先程までの千歳先輩ではなく、どこか寂し気な表情をしているようにも感じた。
▼
空に雲一つない晴天の中、俺と彼女はイマドキとはちょっと違いオトナな雰囲気を醸し出すオシャレなカフェのテラスで作戦会議という名の談笑中だった。
「ねぇ、押してダメなら引いてみた方がいいのかな!?」
「押してダメってほどガンガンもいってないだろうが。どうせならもっと押せよ」
「えぇぇ……これでもまだ足らないのか〜。ん〜難しいよ〜」
「もう告白しちゃえよ。そして当たって砕けろよ」
「できないよ! それに砕けるのは嫌だもん! それに今は告白してもOKしてくれるか分からないし」
「いっそ緑川がフられてくれれば俺も自由になれるし、もし万が一に付き合うことになっても以下同文な」
「……ならもっとちゃんと作戦考えてよ〜」
「だから俺だって本当はこんな事してる場合じゃないんだって……」
先日駅前のケーキ屋さんで千歳先輩と写真コンクールの話をしたら偶然緑川が居合わせて、そこで彼女いるじゃんとか嘘つきとかいろいろ言われた。
千歳先輩が居たってのもありその場でちゃんとした説明ができてなかった理由もあり、その時は学校でと行ったけど学校で話すのは誰が聞いてるか分からないし緑川との変な噂が立てば余計に流歌との関係が悪くなると思った。
だから別日にこうやって場所を設けて説明をしにきた訳で。
『ふーん、そうなんだ。それでさ、私の作戦なんだけどさっ!』
後で説明してよねとか言っておきながら、いざ説明したらしたらですぐ自分の話題かよ。俺がこの場設けた意味ないじゃんか。絶対気にしてなかったろ。
「ってか、真面目に考えるとまず接点作った方がいいんじゃないか。恋愛って友達とかから始まって、友達グループみんなで遊びに行ったりする中で友達じゃない別の感情とか抱くもんだろ?」
「えー、だってどうすればいいか分からないんだもん。どうすればいいの?」
「だからそれを今考えようぜ。押し引きじゃなくて、まずは友達になれる所までって感じで段階踏んでさ」
「お友達になろう大作戦って事だね! なんだかワクワクするね!」
別にこちとらワクワクなんてしないし、なんならこんなどうでもいい案件置いといて流歌の事だけ考えたいんだよな。
今日は千歳先輩との関係説明のついでで聞いているけど、本音を言うと今すぐ帰りたいからな。
それでもやる気出してる緑川を見て、羨ましく思う自分もいた。
俺も緑川みたいに心踊る恋愛をしたい。嫌われてるか嫌われてないかじゃなくてどう振り向かせるかに全力になりたい。
「松橋くん?」
「ん?」
「最近やたらボーッとしてるけど、どしたん?」
「お前と絡んでるからな」
「なー! 松橋くんのバカぁ!」
俺にも流歌とこうやって、からかいあったり笑いあったりいろいろな思い出がある。そんな思い出に浸ってても意味がないのにな。
「なぁ、でも私と松橋くんはイーブンでいこうよ! 私も恋愛相談乗って貰ってるんだし、私だって松橋くんが悩んでいたら助けてあげたいよ?」
「人の心配よりまず自分の心配しろ」
「目の前で困っている人がいたら放っておかないのが美少女の心遣いってヤツだよ!」
「それ、自分で言うかふつー?」
それだけ。たかがそんなセリフにクスリとしてしまった。こんな時にはコイツみたいなバカと接するのも悪くないんだなと思えた瞬間でもあった。
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