第2話 幼馴染攻略は前途多難
水瀬流歌
茶髪に染めた髪色をバッサリと切ったショートヘアー。色白でシミ一つないその身体は見ていて惚れ惚れする。視線を落としてバスを待つ横顔は美しく、美術館に飾られる絵画のようだった。
そんな俺の理想が、憧れが目の前にいて手の届く距離にいるのに話しかけることができないこのもどかしさ。人二人分の距離ではあるけど、実際はそれよりももっと程遠くに感じてしまう。そんな俺の心情なんか気にする事もなく、遠慮する事もなくやってきたのが緑川だった。
「松橋くん、おっはよー!」
「はいはいおはよー。朝からうるさいし近所迷惑だから静かに黙って喋るな」
「そんな事よりさ、最近学校の近くにケーキ屋さんできたらしいんだけど今日一緒に行かない!? 駅前でクーポン配ってるの貰ってさ〜」
「いや、行かないから。そもそも今日は学校終わったらバイトあるし」
「じゃあバイトない日っていつ?」
「バイト無くても行かないからな?」
「どうしてよっ!?」
やれなんでだ、やれどーしてだと隣で騒いでいる同級生を無視する。
何気なく流歌の方に視線をやると、ちょうど向こうも俺を見ていたらしく視線が合ってしまった。
「…………」
視線が合ったけど、ものすごい怪訝な表情をされてすぐにそっぽ向かれてしまう。朝から騒がしくしてしまったのが原因だろうけど、緑川と絡むと流歌との関係を修復どころか近づく事も話しかける事すらできない。
「緑川、しばらくはあんまり俺に絡むなよ」
「どうして?」
「とりあえず今は迷惑だからだ」
「なんで?」
「俺は緑川の事、面倒だと思ってるからだよ」
ストレートに言ってやった。緑川の事を好きか嫌いかで言われたら普通だし、俺の流歌攻略を邪魔するんだったら嫌いだ。それにここまで直接的に言えば酷いだのデリカシーがないだの罵声を浴びせられて俺から離れていくだろう。
好かれたいと思ってない相手からどう思われようが知った事ではない。それぐらい俺のこの恋愛的思考は流歌にしか向いていない状態だった。
「ごめん、迷惑かけないようにするね」
俺の言葉を聞いてから緑川は大人しくなった。
バスが来て乗り込むが、案の定流歌は一番後ろの窓際に乗って、当然その横に座れる勇気もなく大人しく前の方で吊革に捕まる。
「松橋くんの好きなタイプっどんな子?」
「聞いてどーすんの?」
「男の子の基本的なタイプ知っておきたくてさ」
「あー、なるほどね」
あんまり絡むなと言った傍から話しかけてくる辺り頭悪いよなコイツ。でも朝会った時より声音は静かになってるし一応気は使ってくれてんだな。
いつも元気でクラスの輪の中心格にはいる存在。容姿端麗、成績優秀。誰もが認める美少女だけど空気を読まず他人のテリトリーに土足で踏み込んでくるKYガール。ただ、その言動に純粋さがさらにプラスされてるからよりタチが悪い。
朝からこんな隣同士で会話しながら登校すれば、それが連日続けばそりゃ付き合ってるなど秒読みだの言われるわな。
「だから教えてよ松橋くん!」
「茶髪のショートヘアーなギャル」
黒髪セミロングで清楚系の緑川とは真逆の好みを伝える。まぁ、ショートヘアーが好きなのは事実だけど、他のは完全に流歌を意識している容姿だ。
一般的ってよりもろ俺の個人的な趣味に、流石の緑川も顎に手をあて考え込む。
学年1位なくらいの秀才が急に髪をバッサリ切り染め上げ、ギャルに変わったら学校中も大騒ぎだろうな。まぁ、俺には関係ないけどな。
「髪バッサリ切るとかは難しいけど、茶髪とか染めてみるのはありかも! 少し変えるくらいなら何も言われなさそうだし!」
「そっか、頑張れよ~」
「うん、頑張る!」
緑川本人はなんだかやる気を出しているみたいだけど、特に気にせず俺は緑川の言葉を軽く聞き流していた。
ピロリロリン♪
しばらくするとポケットに入れていたスマホからバイブレーションとメッセージの通知音が鳴った。
「だれだれ!? もしかして彼女!? むー、抜け駆けズルくない? 松橋くんあざとくない?」
「彼女じゃないし抜け駆けでもないし、それとあざといの使い方間違ってるからな」
隣でまたはしゃいでいる緑川を軽くあしらってスマホを見ると、そこにはとある先輩の名前が表示されていた。
そーいえば、そろそろそんな時期だし、むしろ俺からお願いしてたんだっけ。
《今日の放課後、駅前のケーキ屋さんで例の件の話がしたいのだけれど、いいかしら?》
分かりましたと短く返信してスマホをポケットにしまう。するとすぐにまた返信が来て再度ポケットからスマホを取り出す。
《返信が早くて助かるわ。けど手解きの件は早いとお姉さんガッカリしちゃうからね》
既読だけして通知オフにしてすぐにスマホをポケットにしまった。
手解きの件? なんですかそれ、そんなの提案した覚えも希望した覚えも承諾した覚えも何もないんですけど……
「なんか松橋くんニヤニヤしてた〜」
「してないから。むしろドン引きしちゃったくらいなんだけど」
「それよりさ〜、一緒にケーキ食べながら作戦会議しよーよ」
「だから今はしねーって!」
変な先輩から変なメッセージを貰いながら、隣で変な同級生に変なこと言われるしで、俺と流歌との関係は何も前進してません。むしろ後退しちゃってます。
▼
そしてその日の放課後。
俺は先輩との待ち合わせ通りに駅前のケーキ屋さんにやってきている訳なんだが。
「はぁ……」
「溜息なんて零してどうしたのかしら?」
「あーいや、なんでもないです……」
「なんでもないことないと思うのだけれど」
「いや、ほんと大丈夫なんで」
「大丈夫ならおねーさんに構って欲しいのだけれど?」
そう言ってケーキ屋さんの席の向かいから足を使って俺の太ももを触ってくるこの変態。いや、先輩か。
先輩の名前は
写真コンクールに応募する用の設定を考えながら大きな自然公園を散歩していた時に日陰のベンチで本を読んでいる先輩の姿を見て一目惚れをした。いや、あくまで被写体としてってだけで恋愛感情的な意味の一目惚れではない。俺のこの恋心は全身全霊流歌に向いてるから断じてありえない。
「せっかく私とふたりっきりなのに、そんな考え事してるんじゃつまらないわ。ほら、今なら私が見返り無しで相談に乗ってあげるから話を聞かせて?」
「嫌われてる異性と上手く仲直りする方法ってありますかね?」
「今私と会ってるのに他の女の子のこと考えてるなんて妬けちゃうじゃない。今日は罰として私の家にお泊りよ」
「いや……ちょっと何されるか分からないんで遠慮しておきます……」
「相変わらず釣れないのね光輝くんは」
千歳先輩と一緒にいると緊張する。
オーラを感じるとか威厳があるだとかそんな雰囲気ではなく、ただ単純に刺激が強いのだ。一つしか違わないけど千歳先輩個人の妖艶な魅力によって作り上げられたR18指定お姉さん。だからそうやって足で太もも触ってくるのやめてもらえませんかね……?
「私はこんなにも光輝くんを求めてるのに、君は罪深い人ね」
そんな言葉を囁きながら千歳先輩は俺の隣へとやってくる。いや、ケーキ屋さんに二人で入って隣同士はマズくないですかね? だけどそんなことはお構いなしに俺に身を寄せて、千歳先輩から香るシトラス系の匂いが鼻孔をくすぐる。
今度は足でではなく直接太ももを触られる。健全とは呼べないにしても不純と呼ぶにはまだナニカが足りない中途半端なその行動に苦笑いしかできなくなる。
「このまま私の家に来る?」
「それよりも話を進めてもいいですかね? 写真コンクールの話」
「コンクールの話が終わったら来てくれるのかしら?」
「行きませんから……」
今度は太ももを人差し指で優しく円を描くように撫でながら、真っ赤に染まっているであろう耳に唇を近づけ、千歳先輩は色っぽく囁いた。
「好きよ、光輝くん」
とても学校の先生や友達、クラスメイトにも親にも見せられない光景にやり取り。それこそ流歌になんか絶対に見せられない。ただでさえ理由も分からず嫌われてるのにこれを見られたら余計に嫌われてしまう。
幼馴染には好かれないしなんなら嫌われてる可能性だってあるのに、なぜか一つ上の先輩にはめちゃくちゃ好かれています。
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《令和コソコソ噂話》
第2話読了してくださりありがとうございました!
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