第二十二話 特殊な魔物

 ルオラス自衛騎士隊の軍装を身に纏った人が駆け寄ってくる。おそらく隊長であろうか。


「カルデローネ自衛騎士隊、ウィルフレド・ロサス・アルカンタルです。住民の避難誘導を行っておりました」

「ご尽力感謝いたします。あとは私たちに任せて逃げてください」


 彼はそう言いながら敬礼をし、ウィルの申し出を断った。


「私たちも戦闘に協力させてもらえないでしょうか? 私と彼女、サラは魔力装を使えるので力になれるかと思います」


 サラもそれに頷く。彼は俯き一瞬悩んだ後、顔を上げて答えた。


わたくしはアードルフ・パルヴァ。是非ご協力をお願いします!」


「みんなは引き続き住民の誘導に徹してくれ」


 ウィルが小隊の部下に指示を出す。彼らは頷き、それぞれ誘導を開始した。

 そして、サラは建物の屋根伝いに走り、あとの二人は道を走って魔物が侵入している場所へ向かった。

 進んでいくと、数多くある魔物の反応の中で一つだけ強大な魔力の反応があることに気がついた。


「ウィル。この魔力反応……」

「うん。これはかなりの強敵みたいだね。ここまで強い魔物は久しぶりだ。もしかしたら、魔人に匹敵する強さを持っているかもね。気をつけていこう」


 魔人とは、魔族の中で最も権力を持っており、魔族を統べている者たちだ。人族と容姿がかなり似ているが、生物学的には全く関係がないと言われている。通常、魔物は魔人と違い知性がほとんどないため、魔人よりも弱くなる。知性がなければ戦略などはない上、使える魔法も少ない。しかしまれに知性を持った魔物や、純粋な力で魔人に匹敵する魔物もいるのだ。

 魔物に近づくにつれ、魔物の魔力が濃くなってゆく。どうやら魔力域を展開しているようだ。街中に展開されている結界に加え、魔力域を展開されていると、その中で動ける人族は少なくなる。


「見えた! 魔物、クロウベアの変異種だよ! どんな攻撃をしてくるかわからない! 気をつけて!」


 屋根伝いに進んでいるサラが言う。その直後、クロウベアの雄たけびが聞こえてくる。そして、凄まじい殺気がこちらへ向かってきた。


「どうやら向こうも気づいたみたいだね」


 敵に近づくに連れ、ウィル達は魔力装を強めていく。


「クロウベアが動き出したよ! 気を付けて!」


 グオオオオオオ!と雄たけびをあげながらクロウベアは走り出した。ウィルたちに向かってまっすぐと、立ちはだかる建物を破壊しながら。


「建物を破壊しながら向かってきてる! そろそろ鉢合わせるよ!」


 やがてクロウベアが建物を突き破り、ウィル達の前に立ちふさがった。クロウベアは二本の足で立ち上がり、威嚇してくる。立ち上がった時の高さは三メートルほどはあるだろうか。


「こんな狭い道に自分から突っ込んでくるなんて、倒してくれって言っているようなものだよ」


 ウィルが槍と盾を構え、クロウベアの方へ走っていく。クロウベアが前脚を振り上げ、ウィルに勢いよく振り下ろす。それに反応し、横へ避ける。そうやってウィルがクロウベアをひきつけているうちにサラがクロウベアの後ろ側に回る。ルオラス国の兵士、アードルフは【氷柱アイス・ピラー】でクロウベアの両脚を凍り付かせる。


「ウィル、上!」


 サラに言われ上を見るとクロウベアのもう片脚が今にもウィルに振り下ろされるところだった。ウィルは咄嗟に左手に持っている盾でそれを防ぐが、巨体を持つクロウベアの力は強く、身動きが取れなくなってしまった。


「【氷槍アイス・スピア】!」


 サラが空中に創り出した氷の槍がクロウベアの前脚に突き刺さる。その痛みに悶え、クロウベアが前脚の力を緩めた。その瞬間にウィルは右手に持っている槍でクロウベアの胸部を突いた。


「グオオオオオオオオ!」


 クロウベアが叫ぶ。その直後、街中に散らばっていた魔物がクロウベアの元へ移動を開始した。


「このままじゃまずいよ! 屋根の上から見えるだけでもかなりの数が近づいてきてる!」

「集まってくる前にこいつを倒すしかないね……」

「私がこいつの気を引き付ける!」


 サラが腰から二本の短剣を引き抜いた。風魔法にて自身の素早さを上昇させ、跳躍し一気にクロウベアとの距離を詰める。サラが切りつけようとするもクロウベアはサラの方へ振り向き、口から大きな闇の球を発射した。咄嗟に自身に【衝撃風ゲイル・インパルス】をぶつけ、その攻撃を回避する。


「相手の魔力域の中では不利というのはこういうことですか……」


 アードルフがそうつぶやく。魔力域を展開していると、その中での魔力の動きの変化を敏感に感知することができる。相手が魔力域を展開している場合、こちらの動きがバレてしまうのだ。

 その上、魔力域の中での魔法発動はより困難になる。魔力域の中でサラ達が魔法を発動できているのは、魔力装から魔力の糸のような魔力の繋がりをより強固に作り、魔法を発動しているからだ。

 クロウベアの【巨大闇球ラージ・オブエル・ボール】を躱した後、サラは建物の壁を足場にしつつ、何度もクロウベアに切りかかっていた。

 クロウベアがサラに注視しているのを確認した後、アードルフは【水剣アクア・ソード】で水の剣を創り出し、クロウベアに切りかかる。サラが素早い動きで翻弄し引き付けているが、クロウベアはアードルフの動きを察知し、右前脚を後ろにいるアードルフに大きく振る。


「実際に魔力域が発動されて戦うのは初めてですが……まさかここまでやっかいだとは……」


 右前脚での攻撃を受け止め、後退しながらアードルフが言った。


「早くしないと他の魔物が集まってくるのに……!」

「サラ、アードルフさん! 少し時間を稼げますか!?」


 ウィルがそう叫ぶ。サラとアードルフは頷き、各々が最善を尽くす。サラは風魔法でさらに加速し、斬る、離れるを繰り返しながらクロウベアを引き付けている。アードルフは【氷槍アイス・スピア】で脚を攻撃している。

 だが、どれも決定打にかけており、少しずつクロウベアの体力を削ってはいるものの、討伐するには至らなかった。

 サラとアードルフが時間を稼いでいる間、ウィルは魔法の発動をしていた。ウィルは魔法はあまり得意ではないものの、訓練は積んでいた。属性の関係上、サラにもアードルフにも発動できない魔法である爆発魔法を発動しようとしていた。

 爆発魔法は、その名の通り爆発を起こす魔法であり、火属性と地属性の複合魔法だ。複合魔法はかなりの魔法技術を要する。魔法陣も通常のものより複雑であり、どうしても発動に時間がかかってしまうのだ。高威力だが、デメリットとして単属性の魔法よりも隙が大きいこと、魔力の消費が激しいことが挙げられる。


「アードルフさん、離れて物陰に隠れてください! サラは、僕が合図したら離れて!」

「了解!」


 アードルフがクロウベアから離れ、注意を引き付けにくくなる分、サラは一層スピードを上げ、目にもとまらぬ速さで斬撃を加える。クロウベアはそれに対処するのに必死で、ウィルに攻撃することができない。


「サラ!」


 ウィルが合図をすると、サラは最後に【風刃ゲイル・スラッシュ】で牽制しつつ後退する。


「【高位爆発アドバンスド・エクスプロージョン】!」


 ウィルが叫んだ直後、クロウベアの周りで爆発が起こる。爆発は幾度も連続して起こり、クロウベアの身体を爆風が包み込んだ。身体の至近距離での高威力の爆発に、クロウベアは雄たけびをあげながら苦しむことしかできない。

 ウィルは大きく息を切らしている。魔力消費も激しく、複雑な魔法を使ったためだ。

 爆発が収まり、煙が風ではらわれる。そこには、クロウベアが横たわっていた。魔力域も解除されており、少しずつ大気中のクロウベアの魔力が薄くなっていく。


「よかった……」


 ウィルが膝をつく。アードルフが駆け寄り、ウィルに肩を貸す。なんとか立ち上がり、倒れているクロウベアを見る。


「これだけの魔法を使えるなんて、ウィルさんはすごいんですね……」

「ありがとうございます。でも、まだ終わってないですよ」


 周囲から大量の魔物が近づいてきている。今のままでは応戦は厳しいだろう。

 サラが屋根の上から飛び降り、アードルフに代わって肩を貸す。


「一旦この場から離れましょ──」

「グオオオオオオオオオ!!」

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