第十七話 絶望

 ルシアンが風魔法を身に纏い、自身の速度を上昇させる。そして一瞬でイグナートの元へ飛び込み、斬りつけた。イグナートは尋常ではない反応速度でそれに反応し、受け止める。しかし、攻撃は一度ではない。幾十、幾百の剣撃を、瞬間的に移動し四方八方からイグナートに浴びせる。イグナートは、それを全て難なく受け止めていた。


「これがお前の本気か。少しは剣が扱えるかと思ったが、そうでもないようだな」


 剣撃を受け止めながら、イグナートは言った。

 そして、イグナートが急に態勢を変え、高速移動しているルシアンが剣を振った腕を掴み、投げ飛ばした。風魔法で何とか受け身をとり、壁に激突するのは免れたが、イグナートはその隙を見逃さなかった。


「剣というものは、こう使うのだ」


 イグナートは跳躍し、ルシアンへ幾千、幾万の斬撃を加える。ルシアンは咄嗟に【地障壁グラド・ウォール】で壁を創り攻撃を防ぐが、幾万の剣撃はそれをいとも容易く突破した。手に持った溶岩剣を咄嗟に頭上に持っていき、いくらかの剣撃は防いだが、それ以外の方向から繰り出される剣撃を防ぐことはできない。身体の傷が少しずつ増えていく。

 壁の方まで追い詰められ、後退しようにも後がない。


「【模倣転身イミタティオ・フォルム】」


 再び魔法陣が現れ、ルシアンを包む。その間も、イグナートはアブゾキュバラムを振るう腕を止めない。

 光が消えると、ルシアンの身体はぐにゃりと歪み、液体となった。水のように透明な液体だが、その液体の身体を自由に動かすことができる。

 溶岩剣の力を吸収していたアブゾキュバラムは、【地障壁グラド・ウォール】の力を吸収し、岩のようになっていた。アブゾキュバラムが溶岩剣の力を吸収している状態だと、液体になると蒸発させられる可能性がある。

 ルシアンは、アブゾキュバラムが変化するのを見越して、【地障壁グラド・ウォール】を発動していたのだ。

 液体となり、イグナートの剣撃から逃れようとした。


「まだまだだな」


 アブゾキュバラムが溶岩剣のようになった。そして、ルシアンの身体の一部を蒸発させていく。

 液体の身体を一部蒸発させられながらも、なんとか距離をとった。そして、治癒魔法にて失った身体の一部分を修復し、【模倣転身イミタティオ・フォルム】でイグナートの姿に戻った。


「自らの武器の能力を全て晒すのは、阿呆あほうのすることだ。無論、能力を隠しているに決まっているだろう」


 イグナートがルシアンを見ながら言う。


「お前はあまり強者との戦闘を経験していないのではないか? 戦場において、予想される可能性を排除するとはな」


 そう言われるも、ルシアンは笑っている。


「君こそ、可能性を排除してるんじゃないかな?」


「なんだと?」


 その時、空中から突如、鎖が出現した。それらはイグナートの四肢を縛るように城の床とつなぎとめた。イグナートはそれを外そうとするも、外れない。


「【四彩剣エレメンタル・ソード】」


 イグナートの元へ走りながらそう唱えると、ルシアンの手に鮮やかな剣が生成された。


「これでとどめだよ」


 剣を振り、イグナートの首を斬る。首は身体から離れ、ぼとりと床に落ちた。四肢を縛り付けていた鎖を解除すると、イグナートの身体は、倒れた。

 先ほどまでとは打って変わり、静かになった。


「なんとか……倒せた……」


 ……正直、勝てたのは偶然だった。

 液体となって攻撃を回避したとき、アブゾキュバラムが変化し、蒸発させられた。あれは全く予想していなかった。大気中の水を使って身体を回復させたが、打開策は何も無かった。しかしあの時、ルクスリアが言った言葉。


『蒸発させられたってことは大気中にルシアンの身体の一部があるってことよね』


 この一言で気づくことが出来た。気体となって身体と分離した自分の身体の一部を、鎖へと変化させることでイグナートを捕らえ、その隙に首を切断する。この気づきがなければ、あの後もジリ貧の戦いになっていただろう。

 戦いが終わり、ルシアンは胸をなでおろした。そして、街中にいる魔物、魔族を倒しに行こうとした。しかし。


「これで終わり。そう思ったか?」


 ルシアンが振り返る。倒したはずのイグナートの声がするからだ。見ると、生首になったイグナートが、何事もないかのように話している。


「なんとか倒せた。本当にそう思ったか?」


 イグナートの右の瞳孔が紫に光り、頭がゆっくりと浮遊し始めた。それに付随し、首のない身体も何かに持ち上げられるようにして起き上がった。


「仮に先ほどの言葉が本当であるならば、お前は阿呆あほうだ」


 浮いている頭は身体の首の上に乗った。そしてイグナートの左の瞳孔が緑色に光ると、ルシアンによって斬られた首は元通りになった。


「お前には俺を殺すことなど、できない」

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