第十五話 ルシアン

 その部屋に入ると、中に一人の人がいた。少し髭の生えた、中年の男だ。この結界の影響を受けていない。


「来たな。魔族」


 低く渋い声でその人は言った。そして、腰にある剣の持ち手を握る。男の瞳は、真っ直ぐ魔族を捉えている。


「この結界の中で動けるんだな」


 魔族が魔剣を構え、戦闘態勢に入った。その魔剣からは魔力が溢れている。

 一触即発。まさにその状況になった。両者ともに動かず、様子を見ている。

 その時だった。


「【四彩縛縄(エレメンタル・バインド)】」


 魔族の後方、部屋の入り口から、拘束魔法が魔族に向かって放たれた。魔剣でそれを断ち切るも、【四彩縛縄(エレメンタル・バインド)】はひとつではなく、様々な方向から放たれていた。魔族はそのうちの一つに引っかかってしまい、拘束された。

 魔族が魔法を発動しようとする。


「発動できない……?」


「ごめんね、魔力装を応用して、僕の魔力で君を覆っちゃった」


 部屋の入り口から、子どもが入ってきた。放っているオーラも、感じ取れる魔力も、何もかもが普通の少年なのに、それに似つかず、強い。少年から感じ取れる魔力量と、少年から発せられている魔力域の魔力量が全く違う。

 少年は魔族に近づき、抵抗できない彼のうなじを掴み、伏せさせる。そしてうなじを抑えたまま、話し始めた。


「君の、……いや、君たちの目的は何? 国中に結界を展開して、城を襲撃する目的は?」


 魔族は黙っている。全く話そうとしない。抵抗もせず、少年になされるがままだ。


「ルシアン様、いかがいたしますか」


 ルシアンと呼ばれた少年は、少し考えた。辺りを見回し、一つの柱を指さした。


「あそこにでも縛りつけておこうか。今、国中に魔物と魔族の気配が溢れてるから、大変なことになってるはず。それの対応に行かないとね」


 そう言って、少年は【水縄(アクア・ロープ)】で水の縄を創り出し、それで魔族を引きずり、柱に縛りつけた。魔族は未だ抵抗しない。


「じゃあエリアス、ここは任せていい? もう一人、強い魔族の反応があるからそっちに行きながら魔物を倒さないと」


 ルシアンが走り出そうとした、その時だった。

 剣戟の音のようなものが響き、魔族を縛りつけた柱ごと、いや、ルオラス城全体が真っ二つに斬れたのだ。縛り付けられた魔族も縦に真っ二つに切断された。城の地上部全体が斬られ、空が見えるようになった。ルシアンとエリアスは、たまたま斬られた断面に立っていなかったため、何の怪我もなかった。


「何が起こった⁉」


 ルシアンが、今の状況を理解できず、周りを見回す。すると、上空から声がした。


「おい、イグナート、助けに来てやったぜぇ!」


 空を見ると、そこには大鎌を持った魔族が飛んでいた。縦に二つに切断されたイグナートを見て、とても楽しそうに笑っている。


「はははは! 情けねえなぁ、簡単につかまるなんてぇ! ……っと!」


 その魔族の元に、背中に光り輝く翼が生えた一人の人族が飛んできた。そして、右手に持っている剣で魔族に斬りかかる。魔族が大鎌で受け止め、ガキンという音が響く。


「そう慌てるなって! もう仲間は助けたからちゃんとお前の相手をしてやれるからよぉ!」


 大鎌で剣を押し返し、そのまま飛び去っていった。

 それを見たルシアンが追いかけようと、城を出ようとした。


「助けるにしろ、もう少しやり方があるだろう。バディストのやつめ」


 声がし、ルシアンが振り返る。彼の顔には明らかに動揺が浮かんでいた。

 身体を縦に切断されたはずの魔族、イグナートがそこに無傷で立っているのだ。


「なっ……。なんで生きてるんだ……」


 イグナートは手放してしまっていた魔剣を拾い、軽く素振りをした。その後、着ている衣服に付いている埃を払っている。


「まあ、拘束も取れたわけだし別に良いか」


 イグナートは歩きながら、魔剣をルシアンの方へ向ける。エリアスには全く目を向けず、真っ直ぐ歩く。


「お前、ルシアンと言ったか。少年の割にはかなり強いようだな」


 ルシアンがイグナートの方を向き、警戒を強める。そしてエリアスに小さな声で言う。


「エリアス、逃げて。こいつは君には無理だ」


「いえ、この身尽きるまでお仕えします」


 エリアスが剣の持ち手を掴み、構える。なおも、イグナートは近づいてくる。


「だめだエリアス。逃げろ。これは命令だよ。街中の魔物を倒してきてくれ」


「わかりました……」


 エリアスが構えるのをやめ、城の出口の方へ走った。イグナートはそれを気にも止めておらず、エリアスは簡単に逃げることができた。


「魔力装を使えるようだが、まだまだだな。もっと魔力濃度を高めるべきだ」


「君、さっき僕の魔力に包まれて魔法を使えてなかったのによく言えるね」


 少年が表情を笑顔にしながら言った。それは、己を取り巻く恐怖を振り払うためのものだった。それほどまでに、目の前にいる敵はすさまじい殺気を放っていたのだ。ルシアンはここまでの殺気を放つものと対峙するのは初めてだった。


「あれはわざとだ。あの程度、振り払うのは造作もなかった。確実に反撃できるタイミングを狙っていたのだ」


 イグナートが魔剣を構える。魔剣は炎を纏っていた。ルシアンが身構える。


「魔力域展開」


 その空間がイグナートの魔力に包まれた。こうなってしまうと、ルシアンは魔法を使うのが非常に困難になる。


「行くぞ」

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