とある喫茶店での漫才

 木製の机がいくつも設置され、談笑の声が響く喫茶店。そこにいる客は多様だった。

 特に、二つの勢力が目を引いた。


 豪奢な刺繍が施されたローブを来ている学者。白を下地とした、胸元に紋章が刻まれた少年。ノートを広げて何やら小難しいことをやっている模様。

もう一つの勢力は、ラフな薄地の上着に、膝まであるスカートを着用している少女達。

 きゃっきゃうふふと姦しく、談笑をしている。


「今日は私の奢りです。好きなものを頼んでください」


 その二つのグループに左右を囲まれるような位置に座った。


「さ、サンキュー。って、もしかしてここまでが仕込みで、食物に自白材とか仕込んでないよな?」


 場を和ませるために、ウィットでブラックなジョークを言った。


「さあ、どうでしょう?」

「否定してくれない!? 出されたもの口に入れたくないんだけど!」

「あらあら、喫茶店のマスターが泣いてしまいますよ。あ、注文を取りに来た人が、踵を返して走り去りましたね。何故か光を反射する水滴を流しながら」

「まさかの現在進行形だと!」


 す、すまない。どこの誰だか分からない喫茶店のマスターよ。


「ちなみにですね。魔力補充系の食材を出してくれるお店はここだけです」

「期せずして重要拠点の主のフラグをへし折ってしまった」

「後、蛇足を。ここのマスターは固定ファンがつくほど可愛らしい女性です」

「俺ぇぇええええ!」


 何をやらかしてしまった俺は。悔恨にうちひしがれている俺に、アリスはニッコリと微笑んだ。


「すごくあなたに集中してますよ、殺気」

「えっ?」


 アリスの言葉に不安になった俺は辺りを見渡す。

 み、皆、分かってるだろ。冗談だって。


「ジー」


 左右の人たちにめちゃくちゃ睨まれてるしよ。

 学者のような男は、懐から杖を引っ張り出し、


「偉大なる炎よ。我に力を貸し、愚かな愚者を焼き尽くせ。《ファイ》」

「ってちょっと待て! 洒落になってねぇんだよ!」

「ッチ、詠唱の邪魔をしよって。偉大な」

「待て! 待って! 待ってください! お待ちになって下さる!?」


 いよいよオネエ化してしまった俺に、ふん、吐き捨てると、学者は杖をしまった。

 あ、危なかった。危うく真っ白になってご臨終する所だった。

 白骨になるって言う意味な。


「酷いですね人ですね。ここまで来て出されたものを口にしたくないと大声で叫ぶなんて」

「そうですわね。思っていても口に出さなければいいに。本当に世の中には鬼のような人もいるのですね」

「す、すみませんでしたぁああ!」


 仲良く談笑していた少女達が、口々に囁き合う。けどね聞こえてるんですよ。

 ナチュラルな軽蔑と、聞こえないように配慮する優しさが一番きつい。


「ふふ」


 肩を揺らして、おかしそうに笑うアリス。

 俺も冗談に乗り掛かったようなものだけど、もしかしなくても、これを想定してたんですかねアリスさん。


「ジー」


 せめてもの仕返しに、穴が空くように見つめてやる。

 俺の浅ましい考えなんて、読むまでもないのか、全然動じていない。


「こ、こほん!」


 わざとらしい咳払いが聞こえ、そこを見ると、俺の隣に腰かけている三上が犯人だった。

 眉をピクピクさせて、形の歪な笑みを浮かべている。


「あ、あのー三上さん」

「本題入ろっか」


 装飾過多にならず、端的に用件だけを言う。まあそりゃ、三上だけを置いてきぼりにしたからな。


「わ、悪い」

「いいから本題に入ろう?」


 さっきの怒りは、自分以外の拠り所を見つけた俺に対する嫉妬だったが、今回のは無視したから、悪いのは完全に俺だ。

 だから、三上も「仕方ない」って納得出来ず、また俺も強く言えない。

 よって今とれる最善手は、戦略的撤退だ。冷却期間を用意することで、怒りを鎮火させてしまえばいい。

 おいそこ、ヘタレじゃない。策士だ。


「そうですね。それでは早速質問を」

「あ、あの~、ご、ご注文はどうなさりますか?」


 ビクビクした気弱そうな声が聞こえた。内容でこの喫茶店のマスターだと、見なくても分かった。

 厚みがある黒の長髪に、優しげな輪郭をしている美少女だった。メイド服みたいな衣装に身を包み、伝票を片手に持っている。


「では、チョコパフェを頂きましょうか。今日はよく頭を使いそうですからね。糖分は必須です」

「じゃ、じゃあ、私も同じのを。この店に来たのも初めてだからオーソドックスな奴に」

「おいおい。人間、冒険心を失ったら終わりだぞ?」


 俺は机に設置されたメニュー表をつつきながら、こう高らかに宣言する。


「俺はランダムパフェで」


 ひとつだけ赤字で書かれている、ランダムパフェなるメニュー。

 ランダムと言うからには、イチゴやらラズベリーやら、材料を適当に入れるのだろう。

 まさに冒険心。

 マスターは恭しく頭を下げ、復唱を開始する。


「チョコパフェ二つと、カエルとムカデと汚水で作った氷を一つですね」

「おい。なんだ、その食べ物!」

「目隠しをして食材を選ぶので、生き物が紛れ込んじゃうんですよ」

「衛生管理がずさんすぎる! カエルとムカデと汚水で作った氷がある調理場とか嫌すぎるわ!

 後、ランダムとか言いながら、予言しちゃってるのはなぜ?」

「私、未来が読めるんですよ」

「超常的能力過ぎる。けど、魔法なんてあるから否定は出来ないのか?」


 ま、不味い。相当怒ってらっしゃる。そりゃあ、一度も足を運んでないのに、口に出来ない発言は、自分が絶対的な正義があると思い込んでいるモンスターペアレントより達が悪いよな。


「す、すみません」


 抵抗せずに頭を下げる。


「どうしたんですか、お客様?」


 たおやかな笑みを浮かべていらっしゃるが、目が全く笑ってない。

 こういう、本気で怒った女性ってのは、滅茶苦茶怖いな。今日だけで身に染みて理解できたわ。


「では失礼します」


 許してもらえず、発言の撤回もしてもらえず、裏方へと消えた。

 こ、怖い。この世ならざるものを出されたらどうしよう。本当に口に出来なくなるぞ。


「残念でしたねセカイさん。でも安心してください。彼女はああ見えて一度も口に出したことは実行しますから」

「一ヨクトメートルも安心できねぇ!」

「ヨクトメートルってまた、ひねくれた微妙な単位を。滅茶苦茶短い単位のことを言うんですよ、アリスさん」


 フォローグッチョブ。

 基本異世界は、文明レベルが地球ほど高くないから、そんな単位があるとは限らないのだ。

 それに合ったとしても、別の単語だったりするからな。

 別次元で全く別の人が命名したら、全く別の名前になる訳で。そう考えると、今言葉が話せるだけ、奇跡と言うか、誰かが仕組んだような確率だ。

 その理論でいくと、世界にすら干渉できる超自然的存在がいることになるけど。

 そういや、あの真っ白な空間にいた、あいつは何だったんだ?

 人のこと散々おちょくってくれやがって。思い出しただけでも腹がたってきたぞ。


「あなた達といると、世界はまだまだ未知に溢れていると実感させられますね」


 感慨深そうに、満足げに目を閉じるアリス。俺にとって未知があることなんて当然のことなんだけどな。アリスのレベルになると、未知の方が少ないようだ。

 それは俺から言わせてみれば、とても傲慢で、とても可哀想だと思う。

 スマホと言う、情報源の宝庫が当然のようにある世界に生まれたからか、不老不死になろうとも、吸収しきれない情報量があることを知っている。


「そりゃそうだ、今この瞬間も未知が生まれてるんだぞ」

「そしてそれを関知できないって、とてももどかしい気がするよね」


 頭がとても良い部類に入る三上が、俺の話を即座に理解し、うんうんと同意する。


「そう、そうですね。だからこそ私たちは生きているのかもしれません」


 哲学的なことを三人で議論し、小難しそうに唸る。

 方や、王者のオーラを纏っている美少女。方や才色兼備を地でいく美少女。方やゲームやアニメが趣味の男。

 …………俺、要らねぇ。歴代に残る絵になる芸術作品を汚したような心境だよ。

 誰か僕に優しくしてよ!


「お待たせしました。チョコパフェ三つです」


 片手でトレイを持ち、一つずつ机に置いていく。俺の時だけ雑になった気がするけど、食べ物を出されただけ、良心的だ。


「伝票を置いておきます。失礼します」


 トレイを胸元に引き寄せつつ、四十五度の惚れ惚れするお辞儀をして、とっとと帰っていった。

 目の前に鎮座する、チョコパフェ。それはチョコパフェだった。地球のパフェと遜色ない姿に、俺は少なからず驚いた。

 それは、三上も同じようで「あ、チョコパフェだ」と、思わず呟いていた。


「いただきます」


 三人同時に合掌し、パフェの頂点に突き刺さっているスプーンで掬い、口に運ぶ。

 ひんやりとする冷たさと、口一杯に広がる甘さ。

 味も代わりない。何でだ?


「さて、率直に伺います」


 アリスがスプーンをパフェに突き刺し、本質を見抜くような視線を向ける。

 ゴクリ、緊張で喉が鳴った。三上も同じく、スプーンを口に含んだまま固まっている。

 お行儀悪いぞお嬢様。


「あなた達は何者ですか?」


率直すぎる問いに、俺はごくりと生唾を飲み込んだ。

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時を越える愚者~異世界トリップしたボクは平和な日常を送れないようです~ オオモリのサトウ @oomoriyuu

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