突きつけられた問題点


「うおお!」


 町中を見た俺は、理想をそのまま体現したような外見に感嘆した。

 切れ目がハッキリついた、お世辞にもキレイとは言えない、石垣。

 オレンジ色の屋根に、レンガ造りの家。それが芸術作品のように計算された並びをしている。

 時折馬車が通りすぎ、空気が爆発する。


「これが町なんだ。す、すごいよセカイ君!」


 子供のように俺の横ではしゃぐ。体を上下させ、全体を使って喜びをアピールする三上。

 さっき完全に影となって忘れられていた反動からか、自己主張が激しい気がする。


「この町は初めてのようですね。この町に住むものの一人として、悪くない反応です」

「悪くないって、また微妙な表現だな。もっと素直に喜べないのかよ。あ、そ、その。あ、アリス」


 吃りながらアリスの名前を呼ぶ。いくら名前で呼んでください、と言われても恥ずかしいものは恥ずかしい。

 今まで女子の下の名前なんて、呼んだことなかったから。わ、悪かったな。



「素直にですか。それはどちらの台詞でしょうか」

「う、うるさい」


 アリスは依然、魔王オーラを放っているが、握手をしてから、少し柔らかくなった気がする。

 敵意っていうか、警戒心が失くなったっていうか。


「まーた、私を空気扱いする!」


 むくれっ面で言いながら、ポカポカ俺の胸元を殴る。


「な、何だ。意味もなく暴力に走るなんてお前らしくもない。どうした? お腹が空いたか? そこら辺に転がってる小石に躓きそうになったか? 」

「こ、子供扱いをするなぁ!」

「あらあら、彼氏を取られそうになって、嫉妬しているのですね。可愛らしい彼女さんではありませんか」


 常に浮かべている微笑みを少し別のものにして、からかう。その悪童のような瞳に、俺は察する。

 そして、無性にいじりたくなった。


「そうかそうか。アリスと仲良くなったから、焼きもち焼いてるんだな。この可愛い奴め。素直になれよ」

「ち、違う!」

「と、本人も言っていることですし、どうでしょう? 私たちが付き合って見ると言うのは」

「それは素晴らしい提案だな。よしそうするか」

「だぁあああああ!」


 謎の奇声を上げながら、勢いよく足を高くまで上げる。何をしているんだ? と言う疑問を解消してくるように、振り下ろされた。


 ぎゃ、ぎゃー! あ、足がぁ!


「ふふ、意外にも直情的ですね。と言うより、よほどセカイさんを大切にしているのか」

「ち、違いますよ!誰がこんな奴と。私にはもっとふさわしい人がいるんですから!」


 痛みで悶絶している俺を無視して、頭の痛い妄言を三上が言う。


「そうなのですね」

「そうです! 私には白馬の王子様がいるんですから!」

「……」


 うわぁ、何か可愛そうな者を見る目付きになってるよ。後、生暖かい目線。


「これ程からかいたくなる人は中々いませんね」


 少し恍惚としながら、三上を見る。ああやっぱりこの人は、純度百パーセントのSだ。

 でも確かに。


「分かっちゃうかアリス。俺もそう思う」

「あらあら」

「あはは」


 がしぃ! っと、見たものが五十メートルは引くほどのシンクロをし、驚くほどの早さで手を握り会う。


「同士よ」


 ああ、何て素晴らしい。俺の仮面に踊らされることなく、対等に付き合える人がいるのは。


「ズルい。私にはセカイ君しかいないのに」

「あー」


 やっば、完璧に失念してた。からかうのに必死になっちゃったな。三上の気持ちを察して上げられなかった。反省反省。

 同じフィルター越しに見られている俺達。理解してくれるのも、対等な友人も一人しかいない。

 それが、俺達をより強く結びつける要因だったりする。


「悪かったよ、三上。お前は一番の理解者だよ。けどな、アリスはフィルター越しで見てくる有象無象とは、違うと思うぞ」

「わ 、分かってるよ。ただちょっと複雑なだけ。これが醜くて生産性のない独占欲って分かってるんだけどね」

「あ、そ、そうか…」

「嫉妬してくれて嬉しくない男はいませんよ。ですよね、セカイ君さん」


 珍しくシリアスな雰囲気に、尻込みした俺にフォローしてくれるアリス。


「あの、さ。無理に考える必要ないと思うぜ。俺もこのままの関係じゃいけないって分かってるが」

「だから分かってるよ。うん。らしくもないセンチメンタル終わり!」


 その宣言通りに三上の表情が明るくなった。ほっと胸を撫で下ろす俺。

 浮き彫りになった問題。それを先送りにしただけだって分かってるけど、今は生き残ることに専念したい。

 人間らしく考えることに、リソースを割くだけの余裕がない。


「罪な男ですね。セカイさん」


 三上に聞こえないように、俺に顔を近づけてささやくアリス。

 アリスが言葉に含ませている意味は、多分恋愛的なことを言っているんだろうけど、それは見当違いだ。

 俺と三上の関係は恋愛関係なんて、清らかなもんじゃない。

 けれどアリスが言っていることも真実で。


「そうですね。俺は罪にまみれていて、罰を受けるべき、人間失格な男ですよ」


 そう苦笑しながら、返した。

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