第7話 魔王降臨



「通行証をお出しください」

「あのー、ないんだけど」

「では、発行手続きをするために、身分証明出来るものと、手数料を」

「あのー、それもないんですけど」

「「………………」」


 もう何回、この内容を繰り返しているだろうか。

 意気揚々と町まで歩いたのは良かったものの、装飾が施された立派な門の前で、立ち往生するようになった。

 原因は無表情な男の門兵だ。入りたいと言えば「通行証を出せ」と要求し、それがないと言えば「身分証と金を出してくれ」と脅してくる。

 どうしたものか。

 仕事に従事している門兵に、融通何て言葉は知らないらしく、にらみ合い(俺が一方的に睨んでいるだけだが)が続く。

 こちとら、いきなり異世界に飛ばされたんだ。持ってるはずがない。

 ようやく人町を見つけたのに、トンボ返しなんて冗談じゃない。この様子じゃ、他に町を見つけても門前払いされそうだし、死活問題なんだ。

 そのため、簡単に引き下がれず、かといって状況を打破できる手もなく、時間だけが浪費されていた。


「そろそろ帰ってくれないか。私達にも仕事があるのでね」


 初めて二言以外の言葉を発した門兵は、重いため息を吐きながら、目を細めた。


「門兵の仕事は、町に入りたいやつの対応をするのが仕事だろうが」

「門を守るのが、我々の本懐であり存在理由だ。断じて、どこの馬の骨か分からないやつをあしらうことではない」

「ず、随分、心に来ることを言うじゃないか」

「早く帰って欲しいからな」


 ああ言えばこう言う。俺は普段三上とのじゃれ合いはするが、口論なんてしない達だ。だが、今回ばかりは話が違う。

 命に関わっているからだ。あと一つ理由があるような気がするけど、気のせいだ。


『あら、どうしたのですか。ジーンさん』


 ──────リン。

 と、人を心酔させるような、鈴が鳴ったような気がした。

 丁寧でありつつ、どこか底冷えする声を出す、第三者。

 誰だ? と思う前に町内からその人物が出てくる。

 ラベンダーのような色をしている、艶やかな髪をショートカットにしている。紫紺の瞳には、冷たさと穏やかさが同居していて、キリッとした目付きをしている。

 身長は小柄で大体150センチぐらいか?

 舐めて掛かりそうな程小さいが、その雰囲気が尋常じゃない。

 ゲームで言うところのラスボスのような。ドラマの言うところの黒幕のような。


 ラノベで言うところのチート能力者見たいな。


 絶対に敵わないと、対面するだけで理解を促される。まるで、おおよその人間の頂点に立つように、予定調和されているかのような雰囲気。

 穏やかな微笑みを浮かべているが、それが相手を油断させるための演技だと直感した。


「あ、アリス様。異常ありません」


「アリス」その単語を聞いて、頭が痛くなった。あった筈の記憶を無理やり掘り返す・・・・・・・・・・・・・・・・ような不快感。

 頭痛は反響していき、波があらたな波を呼ぶように、痛みが痛みを呼んでしまう。

 立っていられるのもやっとになり、少しでも頭痛を押さえるために片ひざをついた。

 頬をつたる脂汗。


「だ、大丈夫? セカイ君」


 空気と化していた三上が、俺を気遣ってくれる。ありがたいことだ。

 軽口を叩いて安心させてやりたいが、それをやれるほど、この頭痛は優しくなかった。


「あらあら、調子が悪いようですね」


 圧倒的な強者のオーラがこちらに向く。勘弁してほしい。こんな状態なのに更に負担を掛けないでくれ。


「大いなる生命の息吹よ。彼の者を癒したまえエクスヒール」

「あ、アリス様!?」


 暖かで安心する、緑色の色が俺に纏まりつく。

 と思ったら。


「治った、だと?」


 消えた痛みに呆然と呟く。これが魔法なのか?


「アリス様の詠唱短縮。通常は三十節以上する魔法をたったこれだけで。流石は第一位位階者トップランク


 どこの誰か知らない門兵。説明ありがとう。

 どうやらこの少女は、第一位位階者トップランクなる、かなりの偉い人のようだ。


「大丈夫ですか。一応魔法を使いましたが、永続的ではないので、ご自愛下さいね」


 目を細めて、気遣わしそうに俺に顔を近づける。


「ど、どうも。なんか知らんけど第一位位階者トップランクっていう偉い人が俺のために」

「いえいえ、人を助けるのは当然ですから」


 人間の鏡のようなことを宣ってくれる紫色の少女。

 言質取ったぞ。


「では人助けのついでに。俺を通してくれませんかね」


 声のトーンを落としつつ、厚顔無恥にもそう宣う。


「貴様度が過ぎるぞ!」


 ようやく平坦なトーンから、声をあらげた門兵。それを少女は手だけで制すと、ゾッとするような微笑みを浮かべた。


「いいですよ」

「ああやっぱ無茶苦茶だよな、でも俺は…………は? いい?」


 あっさり通った要求に、間抜けな声を出してしまった。


「ええ、いいですよ」

「アリス様、それは────」

「いい、ですよ?」


 どす黒いオーラを一身に受けた門兵は、苦虫を噛み潰し、それを飲み込んだような顔をした。


「あっれれー? おっかしいなぁ? 門兵の本懐は門を守ることじゃなかったっけ。決して偉い人の犬になって、どこぞの馬の骨とも分からない人を通すことじゃないよねぇ?」

「ぐぐぅ」


 いくら仕事とはいえ、辛酸を嘗めさせられた恨み、返すぜ。

 大人げないだとか、権力者の威を借りて威張る小者だとか、あーあー聞こえない。

 利用するものは全て利用し尽くす。それが俺のポリシーであり、あのふざけた社会を生き抜くために身に付いた処世術だ。


「なんか、すごく悪役っぽい」

「帝王って呼んでくれて構わないぞ。それか魔王」

「セカイ帝王」

「こ、こうして聞くとスケールがでかすぎるな。何だよ世界の帝王って」

「改めてどうでもいいことだけど、セカイ君ってきっと世界一名前負けしてるよね。セカイなだけに、ぷぷぅ」

「止めを刺してくるなぁ! き、気にしていることをズカズカと」


 夫婦漫才のようなコンビネーションで、コミュニケーションを取る。


「大変微笑ましい光景ですが、話をいいですか?」


 疑問系にも関わらず、有無を言わせない威圧。

 頬に冷や汗を流した俺だが、さっきの三上とのやり取りで、リラックスすることが出来た。

 場を弁えない軽口の応酬には、そんな深い考えが……ありませんでした。はい、完全に偶然による結果です。


「どうぞ、今なら何でもしちゃうかもしれないですよ? SMプレイだってやれちゃう。どうせあれでしょう? その性格を考慮するに、ズバリあなた度を越したSですね」

第一位位階者トップランクの私にその様な事を言える殿方は、初めてです。プレイ内容も大変魅力的ですよ。命を掛けることが出来るなら、ね」

「っ!」


 ああ、ダメだ。この人には叶わない。

 ふざけたことを言ってかわそうと思ったが、俺の土俵にわざわざ立って、応酬してきた。

 それもこれ以上ご託を抜かせば、命の保証はないぞ、と言う脅しも含めて。


「用件は何ですか。何からあるから、通してくれるのでしょう」

「ほう、今の応酬で理解してくれるとは。賢い人は嫌いじゃありませんよ」

「そりゃどうも。学年テストで下から数えたほうが早い順位をしている俺を、いたく買い被るんですね。いい選別眼をしてますよ」

「ふふ、無理に謙遜をしようとする所も好感を持てますよ」


 聞いちゃいない上に、知らんところで好感度アップしたんだが。

 俺が頭がいいって? それは三上に言ってやれ。


「それにです。どこのテストかは知りませんが、昨今のテストは暗記能力に優れているだけで、高得点を取れる仕組みですからね。教育者としては大変不本意ですが」


 俺と同じ年齢のような少女が、教師ねぇ。しかもお偉いさん。

 少女のオーラで納得出来てしまうが、年功序列が染み込んでいる俺にとって、変な気持ちになった。

 魔物何てけったいな存在が跋扈している影響か、実力主義みたいだ。


「別にそれだけじゃないでしょう。応用問題くらいは出ますよ」

「応用はあくまで応用でしかありませんがね。本当の頭の良さとは、何かを想像し、創造する力と、環境に適応する能力だと思っています。勿論解釈は人によって異なり、それを否定するつもりはありませんが」


 想像し、創造ねぇ。やっぱ俺に当てはまらない。

 想像力が達者な、脳内お花畑さんには遠く及ばない。


「謙遜も良いですが、度が過ぎると、失礼になりますよ。教育者としての忠告です」

「それはどうも。ありがたく頂戴致しますよ。んで、遠回しに俺を煽てて何が目的ですか?」

「ふふ、只の事実を述べただけです。まあいいでしょう。本題に入ります」


 ────来た!

 俺は少女からの依頼を、可能な限り引き受けなければならない。

 サバイバル知識が皆無の俺達が、自然の中に放り出されて、生きていける程甘くない。

 防衛手段もない。衣食住も満足に確保出来ない。そんな状態でどう生きていけと?


「そう身構えないで下さい。簡単な要求ですよ。私とお茶して下さい」

「お、お茶?」


 脈絡もない突飛な事を言い出した少女。


「えーえっと、それは何? 所謂逆ナンってやつ?」

「逆ナン……? 知らない単語ですね。どこかの民族の特有単語でしょうか?」


 魔王オーラが一瞬消え去り、知的好奇心に目を輝かせる。

 ほんの一瞬、刹那だったけど、その破壊力は凄まじかった。

 え? 何あの顔? あれが少女の素なの?

 そうだったら、自分を強く見せるために仮面を被った、純粋な乙女って、すげぇ萌なんですけど。


「何か?」


 微笑んでいるが目は笑っていなかった。造形がキレイ分、人間の本能そのものに揺さぶりかけて来るような恐怖が。


 あ、いや、ないな。


 即座についさっき思った萌えを打ち消す。これ本性っすわ。こんなん仮面なんかでどうにか出来る領域じゃない。


「い、いえ。逆ナンとは女性の方から男性を誘う、みたいな言葉ですよ。主に女性の一目惚れとかで起こる現象ですね」

「そうなのですね。残念ですが、一目惚れしてはいません。私は知的好奇心が人より高くてですね。見慣れない服装に興味を抱いたのですよ」


 服、と聞いて、下を向き自分の服装を確認する。

 そういや、制服姿のままだったな。

 そりゃあ、異世界人にとっては珍しい装いだろう。

 ちょっとお茶をするぐらいなら、全然大丈夫だ。

 もっと厄介事を押し付けられると身構えていたから、御の字だ。

 ものの見方によっては、美少女とお茶を出来るなんて、ラッキー過ぎるのかもな。


「分かり」

「ちょっと待ってください、アリス様。今日はラガス地方の異変の調査だったと聞いておりますが」


 俺の肯定の言葉に割り込んできた、門兵。この俺に恨みでもあるのかよ。あるよなー。

 モンスターペアレントみたいな、理不尽なイチャモンをつけてきて、自分の仕事ぶりを侮辱されたからね。

 そりゃ誰だって怒る。


「キャンセルします。今日はもう仕事をする気になれないので」


 自由人だな。仕事を放り出して男とお茶とか。

 文面にしたら相当なことやってるぞ。


「しかし」

「異変といっても、些事なことでしょう? 事前に調査すべきでしょうが、急ぐことではないです」


 直もいい募る門兵に、少女が反論する。

 その口ぶりは達者でカッターナイフのように鋭く、見ているだけで震えた。

 本人からすれば、失禁するぐらい恐怖してると思う。

 合掌。


「予定のキャンセルは私から伝えておきます。あなたはただ、己の仕事に従事していればいいのですよ」

「は、はい」


 門兵として、見逃せない暴挙をしているにも関わらず、理不尽な事を少女が言う。

 お偉いさんだから、反論してたくても反論できないってことか。

 敵ながら憐れなり。


「それでは行きましょう。セカイさん、でしたね」

「あ、はい。葵セカイです。短い期間だと思いますけど、よろしくお願いします」


 少し考えた俺は意を決すると、片手を差し出した。

 俺の行動の目的を察したのか、意表を突かれたような顔になると、コロコロと笑いだした。


「ええ、よろしくお願いします。私のことはアリスと呼んでください」


 なんだよ、そんな笑い方も出来るんじゃないか。


「あのー、私、忘れられていませんよね?」

「「………………」」


 わ、忘れてた。


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