第6話 愛嬌溢れる影の怪物
さて、意気込んでみたのは良かったものの、景色が全く変わらない。
どうしたものか。
広大な草原は、数十分歩いても存在を示している。
視界を塞ぐものはないが、一向も変化のない草原に嫌気が差してきた。
「まったく変わらないね~景色」
三上も同じことを思ったのか、俺の心情を代弁する。
ちなみに三上は、カッターシャツのまま寝ていたため体が冷えていたらしく、俺のブレザーを着ている。
少しブカブカのブレザーを着ている三上。
いつもと姿が違うからか、新鮮な気持ちになった。
「少し心配になるな。まだ二キロぐらいしか歩いていないが。だけど、危惧している事態にならなくてよかった」
「危惧って?」
「こういう異世界物だとな、フィールドに魔物が溢れているもんなんだ。見た限りそうでもないから安心した」
「そうなんだ。よかった~! こんな開けた場所で見当たらないんだから、いないんだよね」
「そうだな。防衛手段を持たない俺たちが遭遇しても、惨殺されるのが落ちだからな」
「「あははは」」
訳も分からず、おかしくなり、二人目を合わせて笑う。
三上は安心したように、俺は濁った瞳で。
わ、忘れてた。大事な概念ってのを。
すなわち「フラグ」というやつを。発した言葉とは真逆の現象が起こってしまう、性格がネジ曲がっているとしか思えない、あの概念だ。
果たしてその効果か、それとも成るべくして成ったのか。
異変が起こった。
俺たちの歩いている前方五メートル近くに、黒いシミが集まっていき、それが影として融合する。
俺たちの容姿を型どった人影。
「な、何あれ!? 私達?」
「くそフラグがあああああ!」
焦る気持ちを吐き出すように叫ぶが、まてまて。フラグなんてものがあるなら、チート能力も当然ある筈だ!
「お、落ち着け三上。俺に策がある」
「本当!?」
二つのシャドウは様子を伺っているのか、攻撃を仕掛けて来ない。人の造形を模写する技術といい、知性がかなりあるようだ。
それが今はありがたい。
目を閉じ、集中させる。雑念を打ち消し、外部の刺激をオフにし、己の世界をありのままに感じる。
水面に滴り波を作っていく。それがどんどん広がっていくイメージを強く持つ。
────いける!
確証がないのに、自信だけはついた。
大きく息を吸い込み、意味のない言葉を叫び、力を解放させる。
「食らえ! うぉおおおおおおお」
……………………。
二人対二体の空間に、絶対零度の冷気が包み込んだ。
しかしこうかはなかった。
ビュービュー。風の音だけが鼓膜を刺激する。
ハッ!これが俺の能力。
「あの……何も起きないんだけど。頭大丈夫?」
仲間である筈の女が、即座に否定してくれる。追い討ち、追い討ちを掛けてこないで。
「うごおおおおおおお!」
二匹のシャドウが触発されたのか、地響きのような雄叫びを上げ襲いかかってきた。
「くっそ、逃げるぞ!」
「あ、セカイ君 !」
残る手はこれぐらいしかない。運命はロクでもないフラグは回収する癖に、チート能力だけは授けなかったらしい。
恥かいたじゃないか。一生黒歴史になるぞこれ。
い、生きていたら。
俺は三上の細い手を引き、全力疾走で走る。
幸い、シャドウの足は俺たちと同じぐらいだ。身体機能も模倣しているのか?
動物的な俊敏さを予測していたが、これなら人間の足でも十分逃げ切れる。
問題は俺と三上の体力だ。俺はまだ男だから人並みにはあるが、厳しい管理下に置かれ、体育すら休まないといけないお嬢様の三上には、きついと思う。
すまん、今だけは頑張ってくれ。
一心不乱に、どこに向かっているのかすら分からないが、走る。
「はあっっはははああ!」
「はあはあは、せ、せかい、くん」
「悪い三上。もうちょっとだけ耐えてくれ」
「そ、そうじゃなくて。み、みて、はあはあ。後ろ」
後ろ? 俺たちを追っているシャドウしかいないと思うが。
三上が言うのなら、ただ事ではない事態が起こっているんだろう。
俺は立ち止まり息を整えながら、後ろを恐る恐る振り替える。
「ぎっぐくっぐうう」
二つのシャドウが、見えない境界があるかのように動いていない。
…………恐れて、いる?
何を? 俺たちじゃないことは確かだ。憐れに逃げ惑う獲物を恐れることはしない。
じゃあ、何に対して?
こっから先にシャドウの天敵がいるのか?
「どうしたの。あの化け物」
「知らん。何かに怯えてるように見えるが。この先に何かあるのか?」
未だシャドウ達は動かず、ピタッと制止している。
「待っていたら消えてくれるかな?」
「んな、あらかじめプログラミングされたNPCじゃあるまいし」
お見合いのように見つめ合う二人対二体。
ピタッと背筋を伸ばしたまま停止したシャドウの姿は、まるで整列しているよう。
奇妙な状況と空気と、そのシャドウの姿が喜劇じみていて、笑いを誘われた。
「っぷ」
「うふ」
三上も可笑しくなったのか、二人同時に笑う。
すると、俺たちの行動をトレースしたシャドウも哄笑する。
「じゃあっじゃじゃっじゃあ!」
声帯までは完璧に再現できないのか、濁った笑いが響く。
「わっっはっははは」「はっははは」
「じゃじゃじゃじゃっじゃ」「じゅじゃ」
…………なんだこの状況。近年まれに見るカオス!
そう思いながらも、あり得ない光景に笑いが押さえ切れない。
こんな状況でお気楽なものだが、どうやっても襲ってこないので安心してしまった。
極度な緊張が途切れた後、脱力してしまい再び取り繕うのは難度が高い。
しかし、
「はっはは。このまま膠着状況が続くのはよろしくないな。シャドウさえ恐れるこの先に進むのは、最終手段にしたいし」
「ふふ。なら、サイドに大回りして逃げるのはどうかな」
「採用」
ふむ、やはり三上はアイディアを出す能力に長けているようだ。
創造力も豊かだし、これが妄想をしまくる人の力か。
そーっと、物音を立てないように、横に移動していく。
すると。
「じゃっじゃじゃっじゃ!」
気持ち悪い笑い声を上げながら、数秒遅れて同じ動作をした。
怖いよ!
笑いながら追いかけてくるとか。しかも俺たちの姿で。最早ホラーの域だ。
「あのー、なんか着いてくるんですが。お前らどんだけ俺たちに執着してんの? モテ期なの? いよいよ人外にも惚れられるようになったか」
鏡のように、ピタッと一定の間隔だけは保ちながら、俺たちに着いてくる。
試しにダッシュしても、大体同じようなスピードで追い付いてきた。
……笑いながら。
「気持ち悪いこといってないでさ、セカイ君。どうしよう?」
「辛辣なコメントだな。それは置いといて俺は今興奮してるんだ。化け物なら誰にも嫉妬されないし誹謗中傷もなし。完全ホワイトでフレンドリーな会社のような待遇だぞ。────命を狙われるだけ以外」
「バカなこと言ってないでさ、セカイ君。どうしよう?」
この天にも上る気持ちを理解してくれないとは。これ以上シャドウに近づいたら文字通り天に上れることは置いといて。
「アイディアはあるにはある」
言葉を濁し、無謀なことを言う。
「シャドウが恐れるこの先に進む」
「頭大丈夫? 私達を軽々と殺せそうな化け物が恐れてる場所なんて、魔界でしかないと思うんだけど」
「まあ聞け。確かにこの魔物は怯えている。じゃあ何に怯えているか、考えてみろよ」
「それは、もっと強い化け物がいるんじゃないの?」
「そう、このシャドウが恐れる存在。天敵と言ってもいい。もう一つの質問。この世界で人間はいると思うか?」
その問い掛けに、一瞬空白が生まれると、言いたくなさそうにおずおずと自分の考えを述べた。
「人間はいないと思う。だって、こんな化け物が跋扈している世界だし、人間が対抗できそうにないから。人里なんてないって思い始めている 」
「俺はいると思う。気づいていたか?この道にヒントがあるって」
「えっ?」
慌てて下を見て、地面を見る三上。
「普通の草原だと思うけど?」
「そう、それだ。普通の俺たちが見慣れた草原。だが良く目を凝らしてみろよ」
「……あっ」
ようやく気がついたか。アイディアを生み出す力は三上に軍パイが上がるようだが、観察眼は俺が一枚上手らしい。
見落とすほど小さな、形の崩れた靴の跡らしきもの。
地面に自己を主張した存在は、恐らく何日か前に強く足に力を入れる場面があった。シャドウと戦ったのか、それは推測のしようがないけど。
それが雨によって固まったって所か。
「これで、人間がいるってことは確定したな」
「うん、そうだね。安心したぁ。人は二人っきりじゃ生きていけないからね」
「熱烈なプロポーズの所わりぃが、続きいいか?」
「どういう解釈をすればそういう結論になったのか分からないし、理解したくもないけど。いいよ続けちゃって」
いちいち細かいことに律儀にツッコンでくれるやつだ。
どういう解釈をしたって?
二人っきりじゃ生きていけないってことは、生涯を共にすること前提じゃないですか。
単に文字通りの意味だかもだが、自分の都合のよいように解釈して何が悪い。
「んじゃ、シャーロックホームの生まれ変わりと信じられている俺の推理を再開するぞ。まず人がどうやって生きているのかだな。ラノベの知識からだが、こういう世界の人達は魔力というものがある」
「魔力?」
可愛く小首を傾げて、俺の思い通りに質問してくる、いい生徒。待ってましたとも。
俺は魔力と呼ばれる概念とそれに関連する知識を叩き込ませる。
長ったらしい上に、常識的な知識のため割愛するが。
「なるほどー、つまり不思議な力を持っていると。普通に科学兵器を使ったりしてるんじゃないの?」
「おいおい、それじゃあ説明の付かないことが起きているだろ?」
「どこ経由の情報か分からない知識より、よっぽど信憑性があると思うけど?」
「じゃあなんで、人間以外の限りなく知性に近いものが存在している?」
「た、確かに」
化学兵器なんて、人間の手に余る。惑星すら滅ぼしかねない武器だ。
そんなものを手にしていたら、驚異になりそうな他種族なんてとっくに滅ぼしてる。そうではないと言うことは、ある程度の拮抗した力だ。
人間が科学を用いて戦えば、こんな牧歌的で空気がうますぎる場所も、汚染されるだろう。
俺も認めたくないんだけどな。人間がその程度の存在だって。
「じゃあ、この先に人間がいるって?」
「賭けなのは代わりないけどな」
「そうだね。でも私はセカイ君を信じてるよ?」
ああ、何でそんな信頼するんだよ。
出会ってたった半年程度の付き合いだろ?
その信頼が俺には重くて、眩しくて。だからどうしてもそれに答えたくなる。
「んじゃあ行くか」
俺たちは、もはや鏡と化したシャドウから踵を返す。
「ぶおおぅうっっっ!」
獲物が遠ざかっていく悲しみからか、雄叫びを上げてきた。
けど、言っちゃ悪いけど。突っ立っているだけの姿じゃ、見送りに来てくれた執事みたいだぜ。
一度命を狙われたシャドウ達に何故か愛情を感じながら、また再会しそうな気がして失笑した。
「バイバイー」
三上がシャドウに向けて手を振り、シャドウも真似をして手を振る。
…………友達か!
それはいきなりだった。
突如、突拍子も脈絡もなく、視界に映った巨大な巨大な白銀の塔。
それを囲うように設置された町並み。
「……へ?」
理解にしばらく脳がショートし、数秒後復帰を果たした俺の口から、間抜けな声が漏れ出た。
「いやいやいやいや。あり得ないだろ!」
認識をズラされていたのか、それとも一定の範囲外は透明感して見えるようになっているのか。
起こった事象は何とか推論できる。
けど、一つの町ごと魔術を掛けるなんて、どんだけの規模だよ。
「別に不思議なことじゃないと思うけどな。だって魔法は不思議な現象なんでしょ?
不思議なことが出来るから不思議じゃない。なんか謎解きみたいになっちゃったね」
「あ、ああ。そうだな」
なまじ知識が欠如している分、受け入れるのは容易いのか?
魔法には対価が必要だ。等価交換の法則みたいなもの。魔力だったり触媒だったり生け贄だったり、色々だ。
だから、町全体に魔法を掛けるなんて、めちゃくちゃ壮大なことだと理解している。
「俺の予想が当たっていたことは、素直に喜ぶとして。取り敢えず行ってみるか」
「そうだね、シャーロックホームだと信じられているセカイさん? 」
「嘘は言っていないだろ?」
「どこが、そんな噂聞いたことないよ!」
「っふ、「俺が」そう信じているんだ。ほら嘘じゃないだろ?」
「うっへうっへ、詭弁だぁ」
露骨に一歩後退り、引いてますよー、とアピールしてくる。あからさますぎて、逆に傷ついちゃうだろうが。
「良いことを教えてやろう。日本の文学はおおよそ詭弁が八割なんだよ」
「今、世界中の文学好きを敵に回したよ!」
隣でキャンキャン騒ぐ、三上。
わっっははあはは! この場所に俺以外の文学好きはいないからな。バレない犯罪は犯罪じゃないんだよ!
──────あっれー? おかしいな悪寒がするぞぅ。
なんて内の不安を打ち消すため、馬鹿話をしつつ、 遠目で見える町を目指した。
◇◇◇
「通行証をお出しください」
はい、町に着いたと思ったら早速ピンチですよ。
どうなってるんだ。俺の異世界物語
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