第114話『A heartwarming afternoon』

ジェンミが『矢神ホールディングス』のフロリダ支社に行くと言って出ていくと、玲音も部屋に戻りパソコンの前に座った。

いざ日本に戻るとなると、ジェンミの言うように手ぶらでは帰れない。

解決すべく事案と共に、新たな提議も用意した。


パソコンに向かったまま作業に没頭する。


「っ……はぁー!」


時間も忘れるほど集中していた玲音は、大きく伸びをしながら時計を見て驚く。


「え、もうそんな時間……」


すっかり遅くなった昼食をとろうとゆったり階下へ降りていくと、玄関ドアの開く音が聞こえた。


「ん?」


ふと玄関を覗くと、意外にもそこには有紗が戻ってきていた。


「ずいぶん早いな」


有紗はフッと微笑む。

「ああ……ただいま。少し時間が空いたから。それに資料をひとつ忘れちゃったし……」


「は! お前らしいな」


「どういうことよ!」


大袈裟にふくれて見せる有紗に笑いかける。


「はは。メシ食ったのか?」


「いえ、まだ……」


「じゃあ、食ってく時間は?」


「あ……ランドルフでの会議は二時間後だけど……」


「なら座って待ってろ」


玲音はそう言って大きなストライドで先にダイニングに向かうと鍋に湯を煮立てながら冷蔵庫をあさり、手際よく調理を始める。


有紗が二階から忘れ物を取って降りてくると、辺りには食欲をそそる芳醇な香りに包まれていた。


「わぁ、玲音の手料理なんていつぶりだろ? ここに来たばかりの時よね? ホント久しぶり」


玲音は皮肉めいた表情を作る。

「まぁ、今や無駄に凝った料理きな、うるさいシェフがいるからな」


「あはは」


手を動かしながら話す間にパスタが完成した。


「わぁっ! 美味しそう!」


玲音が気取った調子で皿をサーブした。

「生ハムとアスパラガスのクリームパスタでございます」


「あはは。いただきます! うわぁ! 優しい味……」


微笑みながら一口頬張った有紗は、配膳された料理から顔を上げ、玲音をじっと見つめた。


「な、なんだ?!」


「なんかね、この空間……久しぶりって感じ……」


有紗は部屋を見渡した。


「最近ね、ここに来た頃のことをよく思い出すの。この家に初めて入ったときの衝撃とか」


「なんだよ、衝撃って」


「だって! 日本ではこじんまりしたマンションで鍵一本あれば安全で、手を伸ばせば大抵の物に手が届くような生活をしていたのよ。そんな私がこーんなにだだっ広い空間にたった一人で暮らすなんて、心もとないナンテもんじゃなかったわよ。おまけにツカサがアメリカの犯罪事情とかハリケーンの規模だとかさんざん脅してくるから、もう怖くて怖くて……〝だったら一緒に住んでよ!〟って何度お願いしようと思ったことか」


「ははは」


「それに! 実際に強盗玲音が入ってきたんだから、もう生きた心地がしなかったしね!」


「はぁ?! そっちが不法侵入ふほうしんにゅうしてたようなもんじゃねぇか! 驚いたのは俺の方だろ!? おまけに植木鉢をぶん投げられて負傷させられる有り様だ!」


「あ……あれは」


ばつが悪そうに言った有紗は、玲音の腕に視線を落とす。


「ああ! もうとっくに治ってるっつーの! そんなヤワじゃねえんだ。空手の名手めいしゅをナメるな!」


「そう、なら良かった……」


しおらしくうつむく有紗に、玲音は突然吹き出した。

「ぷっ!」


「な、なに?! 急に……」


「やべぇ、あんときのお前の物凄い形相ぎょうそうを思い出しちまった!」


有紗の顔がみるみる赤くなる。

「ちょっと! やめてよ!」


「あはは。テーブルの下から出てきた時のお前……すっごい悲壮感ひそうかんでさ、〝借りてきた猫〟どころじゃなかったよなぁ、あはは」


「だ、だって、本当に殺されるかもって思ったんだもん」


「あまりにもひでぇから、空港ですれ違った女だって気付くのに時間がかかった」


「し、失礼ね! すっぴんだったんだからしょうがないじゃない」


「あはは、そうだよな。すっぴんどころか、植木鉢投げるわ逃げまくるわで、髪もボッサボサだったしな」


有紗が更に目をむいた。

「もう! それ以上言ったら許さなーい!」


「あはは! でも……」

玲音は空を見上げながらパスタを頬張る。


「あの手帳の持ち主が目の前にいると気付いたときは、正直、しびれたなぁ」


そう言いながらくうを見上げるようにしみじみと話す玲音に、驚いて視線を向ける。


「えっ?」


「運命ってやつをさ、生まれて初めて感じたんだ。俺はお前を探そうと思って、日本からトンボ返りしてきたわけだしな」


「私を探しに……?」


有紗はフォークを宙に持ったまま玲音を見つめた。


そんな有紗の視線に、玲音は咳払いする。

「まぁでも、その女がまさかソファーでブランケット一枚のキャンプ生活してたとは驚きだったな。〝二階に上がったこともなかった〟とか、イチイチ目を丸くして、バッカみたいな顔で驚いてばかりで……くっくっく」


有紗は再び玲音を冷ややかに睨む。

「ホントに怒るからね!!」


頬を膨らます有紗に笑いながら、玲音は最後の一口を口に入れた。


「でもまぁ、それがあって今がある。だろ?」


「まぁ……そうね」


有紗は気を取り直すように、パスタを頬張り、美味しそうに微笑みながらフッと息をつくく。


「今でもね」


玲音が有紗に視線を向ける。


「目が覚めた時に、ここにいるのが本当に現実なのかなって、そうだったらいいなって、毎朝思うの。本当に今、充実してて、幸せだから」


有紗の夢見心地なような表情に、玲音は自分も心がほぐれていくのを感じた。


「そうか。良かった」


有紗はまた、玲音の肩越しの風景に目をやる。


「最初の頃って、こうして二人で食事しながら、業務報告したりしてたよね」


「ああ。そうだな。あれからなにかと……状況が変わったよな」


「うん。例えば、今はこの食卓にも、こんなかわいいE・Tがいつもいてくれるしね」

そう言いながら、有紗は玲音の隣にちょこんと腰かけている等身大のETを見て目を細めた。


「ああ。それに今は、業務報告の必要がないくらい、うるっさい伝書鳩でんしょばとけん、リサーチャーがいるからな……」


二人が笑ったと同時に背後から声がして、ビクッと言葉を止めた二人は同時に声の方を振り返った。


第114話『A heartwarming afternoon-心温まる昼下がり-』- 終 -

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