第113話『It's still a mystery-謎-』
いそいそと二階へ上がって行くジェンミを見送って、玲音はため息をつきながらダイニングに向かう。
テーブルに目を落とすと、そこには行儀よく席についている等身大の『ET』がいて、思わず笑みがこぼれた。
時折そのまま置き去りにされることの増えた彼も、今ではすっかりこの家に溶け込んでメイド達のアイドル的存在となり、居心地良さそうにそこに座っている。
「どいつもこいつも……ここは慌ただしいヤツばかりだが、お前を見てると気持ちが
そう呟きながら彼のとなりに座った玲音は、そのままゆったりと朝食をとった。
食事を終え、そのユニークな頭にポンと触れると、また彼を置いたまま階段へと足を進める。
ジェンミの部屋の前を通ると、普段聞きなれない言語が聞こえてきた。
「へぇ……グランドスタッフの女は韓国人ってわけか」
部屋に戻ると、置いて行ったスマートフォンの通知が点滅していて、頭を悩ませる案件についてのメッセージが幾つか入っていた。
「チッ、結局日本に行かなきゃならない運命ってか?」
〝日本に向かう〟とメールを打とうとして、出発日のところで指が止まる。
「はぁっ……なんで俺まで一緒に尾行しなきゃなんねぇんだ?! いい加減にしてくれ」
そう吐き捨てるも〝
「やれやれ、探偵ごっこはもういい……」
そうぼやきながら日本で必要な資料を集め始めると、とたんにあらゆる事案の輪郭が見えてくる。
本意ではない訪日ではあるが、絶妙なタイミングであることは確かだった。
「はぁ……」
腑に落ちないため息と同時にドアがノックされる。
電話を終えたジェンミが、その報告に来たのだろうと思った。
「レオ、ちょっと……いい?」
その声は、さっきドアを挟んで聴こえてきた韓国語とは違って、随分低いテンションだった。
「ああ、入れ」
「あのさぁ……ちょっと妙なことがあって」
いつにないジェンミのしおらしさに、玲音は思わず吹き出す。
「ふっ! なんだ? グランドスタッフの女がその情報と引き換えにデートしろとでも言ってきたか?」
「もう! 茶化さないでよ。それどころじゃないんだって!」
ジェンミの神妙な面持ちに、玲音も真顔になる。
「なんだ?」
「実はさ……どの時間を調べても、
「え? 予約リストにないのか?」
「うん。当然、アリサの名前もね」
「はぁ?!
ドアのそばに突っ立ったまま、玲音とジェンミは表情を曇らせた。
「ないって……ちゃんと調べたのか?!」
「ボクの情報網は確かだよ。それにファーストクラスなら
玲音が横目でジェンミをとらえる。
「日本で言う〝個人情報保護法〟ってやつな? そりゃ確実にひっかかるだろ!」
ジェンミは憮然としながらも話を続ける。
「ファーストクラスだけじゃなくて、念のためビジネスクラスも探してもらったけど、やっぱりなかった。でもさ、現に一度はニールの予約をリサーチ出来てたわけだし、ましてエコノミーを選ぶわけがないしさ……見つからないのはホントにおかしいんだ」
玲音は右手をあごに添えて少し上を向く。
「なら……ひょっとして自家用ジェットじゃないのか?」
「いや、国内ならまだしも、海外のフライトにはメリットがないよ。
「じゃあ、有紗の聞き間違いか……」
「ん……でも元々の便はキャンセルされてるから、そうとも言えない。まぁ、ニールがまだ予約してないだけかもしれないけど……」
「日にちも
「うん、それは確かなんだ。ホームページにもあるし、会場も確認した。まぁ、ニール本人の登場はどこにも
「ふーん。さすがによく調べたな。それで有紗はどこまで同行するんだ?」
「それも帰ってきたら詳しく聞かなきゃね。恋人でもあるまいし! 全ツアーに付き合わされでもしたら、もうパパラッチどころの騒ぎじゃなくなるからね」
「お前の
ジェンミは口を
「別におかしくないだろ? ボクがアリサを心配するのは当然のことなんだから!」
ジェンミは玲音の部屋の掛け時計に目をやる。
「あ! ボクもそろそろオフィスに向かわないと……引き続き調べてくれるって言ってるからさ、そのうち報告が来るはずだよ。わかったら連絡するから。じゃあ、行ってきます!」
慌ただしく出ていくジェンミの後ろ姿を、玲音はぼんやりと見送りながら呟く。
「俺……別に報告を待ってるわけでもねぇんだけどな……」
第113話『It's still a mystery-謎-』- 終 -
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