第115話『You're so busted』

玲音と有紗が、頭の中にもう一人の同居人の姿を浮かべて笑ったと同時に、背後から声がした。


「誰が……うるさいって?!」


想定外の声に、二人が同時にビクッと振り返る。


「え……」


「な、なんだお前……帰ってたのか」


ジェンミはいぶかしい表情で二人を交互に見つめながら早足でダイニングまで来た。

着いて早々、まくし立てる。


「〝帰ってたのか〟じゃないよ!! なんだよ! 二人して盛り上がっちゃってさ?! ドアが開いたのにも気づかなかったんでしょ! なにしっぽりした空気で食事を楽しんでるのさ! そんなにボクがいなかった頃がなつかしいワケ?!」


ジェンミが機関銃のように苦言を発しながら、テーブルを指差した。


「あーっ!! しかもそれ、ボクの好物の〝生ハムとアスパラガスのクリームパスタ〟じゃん!! なんで二人だけで食べてるの!? ひどいよレオ!」


玲音は面倒くさそうに肩をすくめる。

「そんなの、お前の帰宅時間なんて知らされてねぇし」


「ボクも食べたい! レオのパスタ!」


「はぁ?! めんどくさいこと言うな!」


「なんでだよ! いつもボクが作ってあげてるんだから、たまにはいいじゃん! ねぇレオ、ボクにも作って作って作って!」


甘えた声を出すジェンミと、冷たくあしらう玲音をみながら、有紗はクスクスと笑う。


「ねぇ! レオってば!」


「あーーっ! もううるせぇ!! わかったから、座ってろ!」


「はーい! ふふっ」


そのやり取りに笑い転げている有紗の横に腰を下ろしたジェンミは、有紗の肩にそっと触れ耳元でささやいた。


「ねぇアリサ、さっきはレオと二人でなに話してたの?」


「え……ここに来た頃の話とか……かな」


「ふうん。それってもしかして、ハリケーンの夜のこととか? あの時、二人っきりで朝まで一緒にいたんでしょ?」


耳に微かにかかる息とジェンミの艶やかでなまめかしい視線に、有紗は息を飲む。


「そ、そんな話、してないわよ。〝あの頃は、ランドルフでの業務内容を毎晩玲音に報告してたよね〟って話をしてただけで……」


「なるほど……」

そう呟いたジェンミが急にガタッと立ち上がり、キッチンの方を向いて、また頬を膨らましながら声を上げた。


「だから〝伝書鳩〟とか〝うるさいリサーチャー〟だとか言ってたのか! ひどいよレオ!」


有紗は目を丸くする。


サッとキッチンに向かったジェンミは、フライパンを振る玲音にちょっかいをかけはじめた。


「まったく! 親友かつ、これほどまでに敏腕びんわんな右腕のボクを捕まえて、そんな言い方するなんてさ! もぉ許さないっ!」


そう言いながらコンロに向かう玲音の腰に手を添える。


「お、おい! 火を使ってんだぞ! 危ないだろ!!」


ジェンミがニヤッと口角を上げた。

「おやおやっ?! ひょっとして、この状況、ボクが優勢?!」


玲音は目をつり上げる。

「はぁ!? だったらこのパスタ、このままゴミ箱に捨ててやろうか!」


眉根を寄せたジェンミが玲音を引き留める。

「ああダメダメ! 食べたい! 食べたい!」


玲音は高圧的にジェンミを見下ろしながら、冷ややかな声を発した。

「はぁ?! お前、今なんつった?!〝食べたい〟だと?!」


「あ、いや……た、食べたいです。食べさせてください」


平身低頭となったジェンミに向かって、玲音は悪魔のように高らかに笑う。

「ああ、いいだろう! ならこのまま食わしてやるから、その口を開けろ!」


逃れようとしたジェンミは瞬時に首根っこをつかまれた。


「もうレオ! なんでそんなに〝ドS〟なんだよ! お皿はそっちだって、危ないからさぁ! もう! ギブアップー!」


「あっはっは」


キッチンでじゃれあう玲音とジェンミにお腹を抱えて笑いながらも、有紗は幸せを感じ、このままずっとここでこの二人の姿を見ていたいと思った。



ようやくジェンミの前にパスタが置かれた。

有紗はそのタイミングで立ち上がる。


「ごちそうさま」


「え? もう行っちゃうの?」


寂しそうな面持ちで有紗を見上げるジェンミに微笑む。


「ええ、忘れ物を取りに戻ったんだけど、思わぬご馳走にありつけて嬉しかったわ」


そう言って玲音に笑顔を向けると、玲音はぎこちなく視線をそらせた。


「別に……ついでだったし……」


調理器具を片付ける玲音に有紗まっすぐ視線を送る。


「ありがとうね」


「ああ……」


サッとカバンを持ち上げた有紗は玄関に足を向け、ジェンミが手を振る。

「気を付けていってらっしゃい!」


玲音が付け足すように、その背中に向かって言った。

「ちゃんと車で帰ってこいよ」


「はーい、いってきまーす」


「チッ! ろくにききゃしねぇくせに」


パスタを頬張りながら、ぼやく玲音を見上げていたジェンミがなにかを思い付いたかのように突然腰をあげる。


「あ! そうだ! アリサ……」


そう声をかける寸前に、遠くで彼女のスマートフォンが鳴った。


「はい、もしもし。今から戻ります。ええ、じゃあその件はスタジオでまた……」


最後まで聞き取れないまま、玄関ドアがバタンと閉じた。


「あーあ……行っちゃった」


肩を落とすジェンミに、玲音は笑いだす。


「ははは、お前の一番の敵は〝カメラマン〟でも〝ニールワイアット〟でもなくて、アイツが肌身離さず持ってるあの〝cellセル phoneフォン〟なんじゃねぇのか? ははは」


ジェンミが口をとがらせる。

「なんだよ、バカにして! オトナの恋心をなじるなんて、〝無粋ぶすいchickenチキン野郎〟の行為だと思うけど!」


「はぁ!? 誰が無粋ぶすいchickenチキン野郎だ?!」


抗議する玲音を前に、座り直したジェンミがまた不満げな表情で玲音を見上げた。


「いつだってそうじゃん! ボクがアリサのことを心配してるのをさ、レオはいつも茶化すけど、ホントはレオだって……」


そこでまた、ジェンミの言葉をスマートフォンの呼び出し音が遮った。


「あ」「あ」


「あはは」「あはは」


見合った二人は同時に笑い出す。


「ちえっ! もうボクは相手が誰であれcellセル phoneフォンに邪魔される宿命なんだね! あはは」


「ふふふ、そうみたいだな?」


「いいとも! 受け入れてやろうじゃん! ほらほら! レオも話してきなよ。ボクは一人、ここでパスタを堪能するからさ! フン」


ジェンミはおどけたように大袈裟に振る舞いながら、アゴで玲音を階上に促した。


「あははは。じゃあな!」


玲音は笑いながら、振動するスマートフォンを片手に、階段を上がっていった。



第115話『You're so busted』- 終 -

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