第18話 『強盗襲撃犯の正体』

頭の上から降ってきたそのバリトンボイスは、なんと日本語だった。


「えっ?」


「お前! 日本人……だよな?」


有紗はその言葉に驚き、ぎゅっと瞑っていた目をそっと開けて、テーブルの下から声の主を見上げた。

そこには日系人の男。 

彼も有紗の腕をつかんだまま、驚いた表情で見下ろしている。


「だ、誰なの?」


そう言った瞬間、男は一気に有紗をテーブルから引きずり出した。


「あのな! それはこっちの台詞だろうが! お前さ、暴れすぎなんだよ! うっ……痛ってぇ!」


男は顔を歪めてシャツの左腕に目をやった。 

あの植木鉢を素手でかわした時に負傷したようだ。


「くっそ! 全治一週間の打撲だ! 俺が空手の名手じゃなきゃ、死んでたかもしんねぇぞ!」


その勢いにたじろぎながら、有紗も反論する。 

「だ、だって……勝手に人の家に入ってくるんだもん。強盗だって、思ったから……」


「は? 人んだと?」


「そうでしょ! あなた誰よ! やっぱり……強盗……なんじゃ?」


その言葉に男は目を見開く。 

「あぁっ? 警報が鳴ったか?! 誰が強盗だ! 決まってんだろ! ここの住人だ!」


「住人なんていないはずよ! だってここは誰も使ってないからって、ミセスランドルフが……」


そこまで言って有紗はハッとする。 

「え? もしかして……」


長身の男は依然、彼女の腕を掴んだままギロリと睨む。


「もしかして……あなたがミセスランドルフの大切なプリンス……なの?」


「はぁ? なんだプリンスって?!」


男が気の抜けた声を発した隙に、有紗は掴まれていた手を振り払い、キャビネットの前にダッと走り寄った。


「チッ、なんだお前」

男はまた舌打ちしながら、コツコツと靴をならし、ゆっくり後に続く。


有紗はそこに並んでいる、あどけない少年の写真を食い入るように見た。


「この写真の……あ、この子……」


「ああ、それが俺だ」


「ええっ! 嘘でしょう?」


「なんだ!? その反応は」


有紗はくるっと振り向いた。 

「ああ……そっか、確かにクォーターだって」


彼は自嘲的に笑った。 

「クォーターねぇ……アメリカにいりゃ日本人だと言われ、日本に行きゃあ今度は外国人扱いだ」


「面影は……全然ないわね」


「なにィ?」


「だって……こっちは賢そうなお坊っちゃまタイプじゃない? 品もあって……ホントにこれが、あなた?」


「だったらなんだ!」


「あ……なんか……ずいぶんやさぐれてるっていうか……」 


彼は有紗を睨む。

「お前さ! さっきから聞いてりゃあ、ずいぶんと失礼なことばっか言ってんぞ」


「え……別に、率直な感想を言ったまでよ」


男は溜め息をつく。 

「はぁ……なぁ、さっき、ミセスランドルフって言ったよなぁ? ってことは叔母と親しいのか?」


「ええまあ。知り合ったのはつい最近だけど……」


彼はまたいぶかしい表情で有紗を覗き込む。 

「数日前に知り合った女を、どうしてこの家に住まわせてるんだ?」


「それは……色々事情があって。まぁ簡単に言うと、ビジネスパートナーになったのよ」


その言葉に彼は目を丸くした。

「はぁ? あの叔母と……ビジネスパートナーだと?」


「え……ええ、そうよ」


腕を組んで今度はまじまじと有紗を眺めた彼が、急に納得したように視線を強めた。


「わかった! お前、詐欺師だろ? でなきゃあの堅物かたぶつの叔母を言いくるめられるはずがない」


「なに言ってるの! ミセスランドルフは柔軟なお考えもお持ちなのよ。もちろん、翼さんもね」


「は?」


「翼さんよ。彼女が助言してくれたお陰で、ミセスランドルフは私の話を聞き入れてくれたんだから」


彼は少し嫌な顔をする。

「マジか……母親まで言いくるめるとは……」


「母親? あ、そうか! あなた、翼さんの息子なんだ! そう言われれば……似てる……のかな? あ……でも性格はずいぶん違いそうね」


彼はまたもや舌打ちしながら、ソファーまで戻ると、長い足を投げ出すようにどっかと座った。


「んなことはどうでもいい、とにかくここに座れ! どういう経緯いきさつだ? じっくり聞かせてもらおう」


「……わかったわよ」


二人は隣り合ったシングルソファーで話し始めた。


「あのね……翼さんが最初に私の企画書を見て、話を聞いたらどうかとミセスランドルフに持ち掛けてくれたの。そこから……」


「ちょっと待て。それは……その企画書とはどんな話だ? 具体的に」


「まあ……翼さんの息子なら、話してもいいわね」


有紗は自分が どういったミッションを担ってここにやってきたかを話した。

買収を回避するため、そしてファッション誌の存続をかけて、このフロリダのパームビーチを拠点に斬新なアイデアを元に、基盤を作り、それを構築しなればならないこと。 

そしてそのためには、このウォースアベニューの重鎮であるミセスランドルフと話を着けることが必須だと、予め企画内容を送って渡米したことも。


静かに聞いていた彼は、まばたきもせずに、有紗を見据えた。


「な、なによ……さっきから、そんなにじっと……」


「参ったな……」


「なにがよ?」


「自分の運のツキ具合にだ。こんなことって……」


「だから、何の事か……」


彼の手が有紗の頬に延びて、そのままグッと顎を掴み上げる。


「ちょ、ちょっと! なにを!」


「ふーん。メイクすりゃ、ああなんのか? 女は化けるんだな。まぁいい」


その手を有紗は払いのける。

「なにすんのよ! いくらランドルフの御曹司だからって、そんなこと……」


「お前さ『Francesフランセス Georgetteジョーゼット』わかるよな?」 


言葉を遮って彼が発したそのブランド名に、有紗は拍子抜けする。


「え? もちろん。当たり前でしょ! 私、こう見えてもファッション誌の編集長なのよ」


「は?! お前みたいな小娘が編集長だなんて、どんな雑誌だよ」  


「失礼ね! 最年少編集長なの! 日本のファッション界では割と有名なんだから」 


「ふーん、編集長ねぇ……にわかには信じがたいが……だからその『FG』のNew Years Partyに行ったってわけか」


「もちろん! 『FG』のPartyは入社してから毎年欠かさず行ってるわ! え……でもどうしてNew Years Partyのことを知ってるの? プリンスがファッション業界の人とは聞いてなかったわよ? むしろそうじゃないことをミセスランドルフも嘆いていらっしゃった感じだったけど……」


彼女の質問には答えず、彼はさらに質問を重ねる。


「あのさ、ここに来る前にディズニー・ワールドに居たろ? わざわざオーランド空港を経由して」


有紗はひどく驚く。 

「え、ええ……そうだけど……なぜそんなこと知ってるの?」


「マジか……」

彼は頭に手を置きながらソファーにグッともたれ、くうを仰いだ。


「ねぇ、どういうこと? さっきからあなた、変なことばかり言ってるのよ」


「だろうな、じゃあ もっと変なことを言ってやろう」


「な……なによ?」


「もう会ったんだろ? "ツカサ・ウォーレン"」


「え! なんで!」


「加えてそいつはここから三ブロックほど東に住んでて、まもなくお前もそこに住む? 違うか?」


「まあ……そのつもりだったけど、この家に住まわせてもらうことになったから……近いし、行き来もできるし」


「はぁ? お前、俺んちにオトコ連れ込むつもりだったのか!」


「オトコって? 誰?」


「そのツカサ・ウォーレンって野郎だよ」


有紗はあきれたように顔を背けて肩をすくめた。

「あのね! ツカサは私の入社したときの同期。そして彼女は私の親友なの!」


「あぁ? 女?」


「そうよ、彼女は結婚して以来このパームビーチに住んでるの。子供だって三人もいるんだから」

彼はソファーから身体を起こしながら、呆れたように言った。 


「え……ならお前、そんな家族団らんに割り込んで住まわせてもらうつもりだったのか?」


「あ……まぁ……」


「うわ、めちゃくちゃ迷惑なヤツだな?」


有紗はばつが悪そうな顔をしながら弁解する。 

「わかってるわよ、迷惑だって。だから……まぁいつまでもって訳じゃなくて……家が決まるまでって、思ってたのよ」


彼は呆れたように目を剥いて、首を横に振った。


「そんな顔しなくても……“現地に来てから家探しするなんて計画性に欠ける”って、親友にもミセスランドルフにも言われたわよ」


彼はしばらくじっと有紗を眺めた後、初めて笑顔を見せた。

「ははは、ホントだな! 事業プランは、あれほどしっかりたてられるのに」


有紗は頷く。 

「そうよ! 仕事には抜かりがないって自負して……え? あれほどって……?」


彼は透かした笑顔で有紗を見つめ返す。


「ねぇちょっと! なぜあなたに私の仕事のことがわかるのよ!」



第18話 『強盗襲撃犯の正体』 - 終 -

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