第17話 『真夜中の訪問者』
気が付けばこの地へ来て、もう二週間になろうとしていた。
ここパームビーチの活性と改革のために、強いては『月刊ファビュラス』存続の為に、日本で有紗の成功と帰国を待つ部下たちの希望を背負ってここに来た。
『ランドルフ』という世界的なブランドの本拠地に乗り込み、ラッキーが重なって今に至る。
思いがけず居住地まで与えられ、その目的に向かって着々とプランと実行を繰り返す日々。
あらゆる仕事面での斡旋や心遣いに恩さえも感じている有紗に、友人は“ランドルフ家による囲い込みだ”と言った。
とはいえ、仕事においては充実していると言えるだろう。
しかし、そのハードな日々の行程は皺寄せとなって有紗の日々の生活に影響を及ぼす。
まがりなりにもファッション誌の編集長として、海外渡航も多く経験している身、今回も事をきっちり進めてさえいれば、その日常にも自然と馴染んでくるだろうと思っていたのに、実際に居住するとなっては色々戸惑うことも多く、不馴れな地で普通に生活することの難しさを感じていた。
ようやく余暇として時間を捻出し、家で映画を一つ観ようと思い立っても、ここの住人ではない自分はミセスランドルフに連絡して、加入している
「あーあ! 何一つ自分一人で出来ないなんて……」
早めに食事も済ませ、リビングを薄暗くして、巨大なスクリーンを前にソファーに体を丸めて座った。
気を取り直して、画面に向かう。
「よしっ! ようやく映画鑑賞のスタートね」
この家に来て、このシアターさながらの大きなスクリーンで観るものと言ったら、ニュースか理解不能のコメディくらいだった。
「ずっとこの大画面で映画を観たいと思ってたのよね!」
リビングの照明も落としてワクワクしながら挑んだのもつかの間、語学力向上のためにチョイスしたその作品は、有紗にとってはまさかの子守唄にしかならなかったようだった。
開始早々眠ってしまったようで、「キャー」と言う悲鳴で飛び起き、激しく
ほとんど手探りでようやくリモコンを見つけてテレビを消した時には、もうすっかり
「ああ……驚いた! やっぱり本場のハリウッド映画は違うわね。臨場感があるって言うか……もぉ、怖すぎる」
独り言を言いながら家の中を見回すと、その薄暗い空間が映画の中に登場していた家にどことなく似ているようにも見える。
「……っていうかこの映画、ホラーだったんだ。タイトルじゃわかんないわ。これは一人で観るもんじゃないわね」
キャビネットの上にある豪華な置き時計の針は、午前0時を示していた。
とてつもなく広い家に、たった一人。
薄暗さと痛烈シーンの記憶も手伝って、より怖くなってきてしまった。
喉が乾いて、テーブルに目をやる。
「こういうときはお酒かな?」
昨日残して冷蔵庫にいれてあるスパークリングワインを一度取り出す。
「あ……ダメ。明日は朝から商談か……」
翌日の行程を思い出した有紗は、キッチンでミネラルウォーターを飲んでからライトを消した。
その時、カタッと背後で小さな物音がした。
「え! なに? もう……サスペンスなんて見るんじゃなかった」
そう言って暗い周囲を見回す。
「なんせ広いからね。どこに行くのも必ず暗いところがあるから……今日はなんだか風も強いし、早く寝ちゃわないと」
有紗は寝室と化しているリビングに向かう為、再度キッチンに背を向けた。
すると、後ろからバタンとドアの開くような音がして、風が一気にザーッと入って来た。
慌てて振り向いても、真っ暗なキッチンは目が慣れていないせいで闇しか見えない。
「ええっ! ヤダ、なに……」
声を殺しながら、慌てて柱の影に身を隠した。
気のせいだと思いたい……
有紗のその思いとは裏腹に、馴れてきた目には、くっきりと人影が映った。
同時に、テーブルにドサッと物を置くような音がして、コツコツと足音がこちらに向かって鳴り始めた。
「う、嘘でしょう……」
息が上がり、耳の裏に心臓の音が聞こえる。
足がすくんで進みようもなく、ただそこに座り込んでじっとしているしかなかった。
「キッチンの奥の勝手口から入ってきたんだわ! 強盗?! でもセキュリティは厳重だって言ってたはずよ! なのに何の警報も鳴ってないじゃない! っていうか……私、殺されちゃうの! アメリカの中でも、この地域は拳銃の所有率が高いって……何かで読んだことがあるわ。どうしよう! このまま見つからない方がいいのかな……でもミセスランドルフの財産が盗まれちゃったら……」
足音はすぐそばまで近づいて来た。
「ダメだわ! ここは絶対見つかる。それなら……一か八か……」
手探りで伸ばした指の先に、背の高いプランターが当たった。
「とりあえずこれを振り回して、向かいの壁にあるはずのセキュリティボタンにぶつければ、きっと警報が作動してガードマンがやってくるはずよ。それとも……犯人を刺激しちゃマズイのかしら……」
考えている暇はなかった。
足音はすぐ近くまで来ていて、見つかるのは時間の問題だった。
有紗はその葉っぱの根っこを持ったままプランターを大きく振り回した。
その瞬間パッと電気がついて、その植木鉢が遠心力で飛んでいくシルエットがスローモーションのように見えた。
「Ouch!」
男のうめき声が響いた。
と同時にその男はそれを素手でかわす。
背後で植木鉢が派手に割れる音を聞きながら、有紗は真っ暗なリビングに逃げ込み、ソファーの陰に隠れた。
「こんなところで撃たれて死ぬとか、絶対イヤだわ!」
床に落下して割れた植木鉢を踏みしめる音と同時に、ボソボソと声が聞こえた。
何やら電話で話しているような、一方的な会話だった。
「ヤバいわ。まさか仲間を呼ぼうとしてるんじゃ?」
声がパタッと止まって、今度はゆっくりとした靴音が近付いてきた。
息を潜めながらテーブルの下に体を滑り込ませる。
また心臓が高鳴り始め、息が荒くなってきた。
パチッとリビングにも電気がついて、有紗は更に身を縮める。
「え……泥棒って電気を着けて物色するものなの? アメリカって、やっぱりそこら辺も大胆なのかしら?」
そんな邪念を振り払いながら、床に目を落とした時、目の前で飴茶色の靴が止まった。
「強盗のくせに洒落たイタリアものの靴を履いている……?」
そう思った瞬間、グッと腕を掴まれた。
有紗はテーブルから引きずり出されまいと必死に抵抗しながら叫んだ。
「あなたの顔、見てないから! 早くこの家から出て行って! 通報したりしない! だから……助けて! お願いだから、殺さないで!」
その時、頭の上から声が降ってきた。
「ああっ? なんでここに日本人が居んだ?」
「……えっ!!?」
第17話『真夜中の訪問者』- 終 -
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