第19話 『ビジネスパートナー』
強盗に押し入られた と思い込み、植木鉢を振り回したあげく派手に騒いだ
加えて、話しているうちに、初対面のはずの彼に次々と自分の行動を言い当てられ、愕然とする。
彼が初めて笑顔を見せ、意気揚々と言い放った言葉はどれも不可解で、まるで有紗の行動をすべて
「なぜあなたに私の仕事のことがわかるのよ! あれほどって……言ったわよね? どういう意味?」
彼はその有紗の問いに返答しないまま、すくっと立ち上がった。
「ちょっと……どうしたの?」
彼はくるりと背を向けて、おもむろにキッチンに向かうと、ダイニングテーブルに置いたバッグを持って戻ってきた。
そして有紗に不敵な笑みを投げかけると、
彼の行動の意味がわからなくて、有紗はひょいとその肩越しに覗き込む。
突然バッと振り向いた彼の視線が思ったよりも近くて、驚いて後ろによろめきそうになる彼女の目の前に、彼は取り出した物をちらつかせた。
「ほーら。これ、なーんだ?」
「なに? 手帳? ええっ!『FG』! ちょっと、これは……どういうこと?!」
彼女は慌ててそれを取り上げると、パラパラとページをめくった。
「こ、これ、私の……私の『FG』の手帳だわ! ハッ! だったら……」
今度は有紗が突然走り出す。
「おいおいどうした? ったく、落ち着きのない女だな 」
彼女が戻ってきたその手にも、同じく白い手帳があった。
「じゃあ! これがあなたの?」
彼は思わず立ち上がる。
「おお! あったか! 戻ってくるとは思わなかったな 」
受け取った彼は、子供のような表情を浮かべ、嬉しそうにそれを眺めた。
有紗は改めて座り直し、気持ちを押さえるように呼吸を整えてから彼に尋ねた。
「ねぇ! どうして? なぜこんな事が起きてるの? わかるように説明して!」
有紗の真剣な眼差しを受けた彼は、意外にも面倒くさそうな顔をしながら有紗を睨んだ。
「あぁ? まさかお前……わかんないのか?! ヒューストンだろ! 空港だよ」
「え……そりゃ確かに、私はあの空港で落として……でも清掃員に拾ってもらったのよ。彼が間違えたのかもしれないけど」
彼はまだ、いぶかしい顔のままだった。
「ああっ? マジで言ってんのか?」
「だから、なにが!」
彼はまた面倒くさそうに、バッグに手を突っ込んだ。
そして有紗にぐんと顔を近づけて、手にしたサングラスをサッと装着した。
「なぁ、この顔に見覚えは? 」
有紗はそのブルーのボストン型のグラスを眺めると、ハッとした表情を見せた。
「ああっ! もしかして……あの時の皮肉オトコがあなた? 私にぶつかってきた」
彼はサングラスをしたまま、ソファーに倒れ込んで、大袈裟に両手を広げて言った。
「お前……まさか、ホントに覚えてなかったのか! 俺のことを? ? ウッソだろ……俺を一目見て忘れちまう女なんか、居ねぇだろ!」
有紗は
「は? なに言ってんの! どんだけナルシストなんだか!」
「2回もニアミスしてんだぞ。バッグが吹っ飛ぶくらいの勢いで、ぶつかって来るしさ」
有紗は呆れたように肩をすくめた。
「違うでしょ! ぶつかってきたのはあなた方じゃない! スマホを耳に当ててたわよ!」
「は? そうだっけ?」
悪びれもせずそう言う彼に、有紗はさらに目をむいた。
「そうよ! とにかく! やな感じだったわよ」
「おかしいな、俺は女には優しいはずなんだけど? まぁそれよりも、俺のことを覚えてない女がいるってことには驚きだ。 You are kidding!」
「ほら! それよ、それそれ! やっぱりやな感じの男。あの時もバカにされて。ムカついたわ」
「そんなつもりじゃなかったけど?」
「じゃあ、きっと普段からそんな風にやなヤツなんじゃない?」
彼はやれやれと言ったように息をつく。
「お前も大概じゃねぇか? なぁ、それよりさ、俺の手帳がどうしてそっちに紛れたんだ?」
二人はお互いの自分の手帳に視線を落とす。
「それは……二人ともバッグを落として、中の物が飛び出たから……」
「……だな。俺は自分のだと思ってお前のをカバンにしまったってことか。で、お前は気付かず落としてたままで……それで清掃員に拾われた……そうか。かわいそうに、俺の手帳」
そう言って自分の手帳を見つめる彼を、有紗は忌々しげに睨み付ける。
「何言ってんの! 結局あなたのせいなんじゃない!」
「そっか。そりゃ悪かったな」
サングラスをしたままおどけたポーズをとる彼に、有紗は突っかかる。
「軽っ! なによ! こっち来てからこれが自分のものじゃないことに気がついて……私がどれほど、びっくりしたか……」
「それは、俺もだ。しかも……とんだ掘り出し物でさ」
「なにそれ! あ! 読んだのね。どこまで読んだのよ!」
彼はにんまりと口角を上げた。
「そりゃ隅から隅までしっかりと。でもお前、自分の名前はどこにも書いてないだろ? 唯一あったそれらしい名前が ツカサ・ウォーレンだったんだ。ご丁寧に住所まで。そしてそこに住むってこともな。フツーそういう場合は男だと思うだろう?」
「そうかしら?」
「だから明日にでも、このツカサ・ウォーレンの住所を訪ねるつもりだった。それでこの手帳の持ち主にわざわざ届けてやろうって思ってたんだぜ。優しいんだ俺は! だろ?」
「どうせ自分の手帳を取り戻したくて、なんでしょ? 自分のためなんじゃない!」
「ったく、親切心をなじるねぇ。手帳が戻ってくる期待はしてなかったが……ま、あながち間違ってはいねぇか、俺のためってところはな」
不適な笑みを浮かべる彼を、不可解な表情で有紗は覗き込んだ。
「どういう意味?」
彼はおもむろに天井を仰いで見せた。
「痛烈にさぁ、こう……新しいビジョンが見えてきたんだよ」
有紗は首をかしげる。
「新しいビジョン? なんのことよ」
「お前のさ、その手帳に書かれていることを全部読んで、思った。俺がやりたかった事は、こういうことなんじゃないかって」
「え……」
彼はソファーに深く座り直して、話し始めた。
「俺はさ、この魅力のない今の『ランドルフ』からは、これ以上の展望を感じられなかったんだ。なのに、この
「逃げ出したって……あなたね!」
「まぁ聞けって。『ランドルフ』を改革するってことは全く頭になかったわけでもなかったが、実現できるとはハナから思ってなかった。 あの叔母が俺の言うことに耳を貸すとも思えなかったし、それに俺はその部門に長けているわけでもないしな。まぁ、ファッションセンスには自信があるが……」
有紗は冷ややかな視線を送りながらも、改めて彼の身なりに目を向ける。
確かに強盗とは似ても似つかぬ洗練された雰囲気の コーディネートがなされていた。
徐々に蘇ってきた記憶の中で、空港で 出会った不躾な男が 『
その素材感を、不可抗力とはいえ、思いがけず頬で感じることになってしまったシチュエーションを思い出して、有紗は恥ずかしくなって俯いた。
「何だお前? 変な顔して……俺の話聞いてんのか?」
「き、聞いてるわよ」
「だから俺はさ、アパレル主体より、あくまでもマーケティングの方向からしか事業を考えられないんだ。 オンナモノ扱うなら尚更 管轄外だ。それなら父親の会社の方がずっと面白みがあってさ」
「……だから日本へ?」
「ああ。ただし、単に反発して逃げ出したかったわけじゃない。もしこの地で何かを掴むことができるんだとしたら、俺だって本来はそっちの方がいいと思ってたんだ。だが、今の『ランドルフ』には、何も見いだせなかった。いや、そう思ってた。お前のノートを見るまではな」
投げ出した長い足の両ひざに肘をついて、感慨深いようすで話す彼を見ながら、有紗は不思議そうに口を開く。
「要するに、私が今やろうとしていることが、あなたのやりたいことと合致した……そういうこと?」
「ああそうだ、だから……」
彼は向き直って真正面から有紗を見据え、スッと腕を伸ばした。
「なぁお前さ、俺と仕事する気はないか?」
「えっ……」
突然肩を掴まれ、驚いた有紗は、思わず身をかわす。
「ちょっと、急に……なによ!」
戸惑う有紗に、彼はより真剣な眼差しを向けながらも、少し口角を上げて微笑んで見せた。
「警戒し過ぎだろうが。俺はランドルフの人間だぞ」
そう言って彼は、今度はゆっくりと腕を伸ばし、有紗の両肩にそっと置いた。
「なぁ、俺とさ、ビジネスパートナーにならないか?」
「えっ! ビジネスパートナー?! あなたと?」
第19話 『ビジネスパートナー』 - 終 -
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます