第11話 『親友とDOWNTOWNデート』
ウエストパームビーチのダウンタウンきってのファッションスポット"クレマチスストリート"
その中心にあるリストランテ『
実は日本にいる頃からこの店に目をつけていた有紗は、早々にも親友と訪れようとプランに入れていた。
そう目論んでいた有紗が例の手帳にこの店の名を見つけた時は、その手帳の持ち主とのセンスの類似性を確信した。
しかも更に知らなかった情報がたっぷり書かれているとなれば、来ないわけにはいかない。
司がレストルームに行っている間にオーナーに取り付けてもらった有紗は、名刺と共に昨夜仕上げた企画書とサンプル用のゲラのコピーを手渡し、近いうちに日本のファッション雑誌『月刊ファビュラス』に掲載するワンコーナーの為の撮影許可を取り付けた。
戻って来た司はおどけた表情で首を振る。
「あなたが仕事熱心なのは知ってるけど、ホント抜け目ないわよね。まぁこれが現役と引退者の感覚のちがいか? なんだか流れてる時間が違うみたい」
有紗は苦笑いしながら、再び席についた。
食後の紅茶が運ばれて来る。
「有紗、チェックアウトしてきたのよね? じゃあディズニー・ワールドとはもうお別れ……じゃないのか。ねぇ、〝例の件〟はいいの? 大丈夫?」
有紗はカチャリと置いたカップを見つめながら、小さく
「うん。ホントはね、こっちに来てすぐ済ませちゃおうと思ってたのよ。そうすることで、仕事だけにまっすぐ向かい合えるかなって……思ってて。だけどほら、初っぱなから思いがけなくうまくいっちゃったもんだから……」
「そうね。今はこの流れに乗るのが正解だからさ、
例の件は、仕事が全部片付いてからゆっくり向き合ったら?」
「うん。そうする」
「一人で……大丈夫なの? いつでも付き合うわよ! 家族ごとね」
「ありがとう。確かに
「うん、何か痛々しいかも」
「あはは。確かに」
店を出ると、またひとつ空が高くなっていて、雲ひとつないアクアブルーの果てしない空間が広がっていた。
そこから降り注ぐ日差しはまた一段と強く、肌をジリジリと
「暑っつ! 毎日これなのね……ねぇ、日傘ってさしていいもんなの?」
眩しそうに目を細めた有沙からの質問に、司は笑いだす。
「まぁ、最近は観光客ならけっこうさしてるわね。まぁでも、ここで日焼けを避けようなんて甘い考えは捨てなさい。太陽とは仲良くしていかなきゃ、ここでは暮らせないわ」
そうは言いながらも、ノースリーブのプルオーバーから伸びる彼女の腕は白く美しい。
「とかいって、とびきりの日焼け止め使ってるんでしょう! 教えなさいよ!」
有紗がそう息巻くと、司は上目遣いで笑った。
「いいわよ。じゃあ、寄り道しよう!」
司の提案で、
「え! ここ一帯がシティープレイス? てっきり屋内店舗なのかと思ってたわ」
「あらそう? ここのファッションテイストはあか抜けてるわ。それにリーズナブルね。まぁとにかく広いから、すべては回れないけど」
「ホント! 一つの街みたい」
「でしょ? あっちに『Bath & Body Works』があるわ。あ、『ロクシタン』も。日本でも人気なんでしょ?」
「ええ」
「あそこのコスメやボディケア製品はアメリカでも人気だから、ここでも商品の品揃えは充実してるわよ。さぁ、行ってみよ!」
二人はダウンタウンを練り歩き、ショッピングに時間を費やした。
お目当てとそれ以上の収穫に有紗が満足の笑みを浮かべていると、司が移動しながらサッとスマートフォンを操作する。
五分と経たないうちに着いたアムトラックの駅前に立つと、ほどなくして有紗のスーツケースを乗せたさっきの高級車がスーッとやって来て目の前に停まった。
有紗は目を丸くして言う。
「使用人を
司は運転手に、購入した荷物を手渡しながら首を横に振る。
「そう? こっちじゃハウスキーパーもベビーシッターも運転手も、こうして契約形態で雇うのがポピュラーよ。使用人とはいっても彼らは召し使いじゃなくて、ビジネスとして成立した関係性なの。だから対等なのよ。彼らにはしっかり主張があるしね」
「なるほど……」
スケールの違いもそうだが、それよりも文化の違いを感じた。
「よし! それじゃあ、いざ『パームビーチ』へ出発ね!」
「うん!」
「これから始まるのね、このフロリダで。さあ有紗、帰るわよ。あなたの街へ!」
二人を乗せた車は、ウエストパームビーチから、大西洋に浮かぶ砂洲にあるパームビーチに向かって出発した。
その名のごとくどこを通ってもパームツリーの並木道が続き、ダウンタウンのオフィス街を通り抜けるとパームツリーの合間から博物館のような立派な建物も幾つも見える。
「また近々、
「ホント?! 楽しそうね」
「ええ、質のいいジャズとお酒が楽しめるのよ!」
突如、車が停まった。
有紗は驚く。
「ん? あれ、
「いいえ。ほら有紗、前を見てて」
「え、前を? なに? あ……」
前方に大きな壁が立ち上がってきた。
「うわっ! なにあれ?」
「このロイヤルパーク橋は船が通る時に橋が開閉するのよ。いいタイミングに来たわね」
みるみるうちに、道が巨大な壁のように反り立った。
「凄い! 迫力あるわね」
「面白いでしょ? ホントは橋を渡って南に折れたらすぐにウォースアベニューなんだけどね。時間もあるし、折角だから大西洋が見える東側から回ってみようか」
車は橋を渡ってから真っ直ぐ突き当たりのサウスオーシャンブルーバードまで走り、キラキラ光る水面を眺めながら南下していった。
有紗の肩にかかった手に振り帰ると、そこには親友の笑みがあり、有紗はここでやっていける自信を彼女からもらったような気持ちになった。
そして彼女は目を細めて空を見上げる。
そこには目の前に広がった海と同じ色の空が、果てしなく続いていた。
第11話 『親友とDOWNTOWNデート』- 終 -
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