第12話 『パームビーチの大豪邸』

親友と共に、彼女の車でサウスオーシャンブルーバードを南下、左手にキラキラ光る水面を眺めながら進んで行くと、青い空にマッチした白亜の時計台が見えた。

 そのT-junction丁字路を右折すると、ここからウォースアベニューが始まる。


しばらく直進すると昨日リムジンから覗いた見覚えのある光景が広がった。


「ここよね? あなたの新しいBOSSの店舗は」


「ええ」

昨日はゆっくり見る余裕もなかった有紗は、目を皿のようにあたりを見回す。

そして息を飲んだ。

パッと見つけただけでも名店が軒を連ねている。


シャネル、グッチ、ヴィトン、バンクリーフ、ハミルトン、マックスマーラ、ティファニー、バレンチノ、カルティエ、フェラガモ、そして『ランドルフ』


ニューヨーク5番街やLAのロデオドライブ等と並ぶ程といわれた、アメリカでも歴史のある最高級ショッピング通りであるウォースアベニュー。

それにもかかわらず、観光客らしい歩行者の姿はほとんどなかった。


通りが終わった途端、その町並みは住宅エリアに変貌する。

富裕層のリゾートエリア。

ニューヨークで成功した富豪がパームビーチに移住するのが成功者の通る道とも言われるように、数々の豪邸が並び、それらは道路から建物の全貌が見えないほどの広大な敷地の中に建っていた。


ツカサが何気なく言った。

「ああ、今のが我が家よ」


「え? ええっ!」

有沙は慌てて振り返り、目を見開く。


司は横目でその様子を見ながら有紗を睨む。

「……なんか嫌ね、その反応」


「だ、だってすごい豪邸だからびっくりして……」


「この辺にいたら、そのうち慣れるわよ。それに……ほら、見てよ」


司の視線が止まった方に顔を向ける。


「え? なに? ここ……ま、まさか!」


「そう、そのまさか」


「ええっ! こ、ここに私が!」


「そうらしいわね。降りるわよ」


「え……ここに、私が?」


「そうよ! 何回言うつもり?」


「え……一人で?」


「そうなるわね」


「……やだ!」


「はぁ?! なんでそうなるの!」


「だって、ずっとマンション暮らしなのよ! 鍵一本で、こじんまり快適に暮らしてきたのに」


「あら、あれはあれでけっこう広いマンションだったじゃない。優雅なイメージだったけど?」


「なに言ってるの、スケールが違いすぎる! どうしたらいいか……」


司は有紗の肩をトンと叩いた。

「とにかく! つべこべ言わず、降りなさい。話は家に入ってからよ」



ゆうに十台は置けそうな玄関ポーチに停めた車からスーツケースを降ろしてもらって、建物までの小路こみちをゴロゴロと大きな音をたてて転がす。


立ち止まってもう一度スマートフォンに送られた地図を見直す有紗を、司は突っついて建物へうながした。


「ホントに……ここなのね」



大きなドアの前でもう一度インターホンを押すと、海外ドラマで見たようなエプロンを着けたハウスキーパーが、南米訛りの英語で出迎えてくれた。


エントランスに入ってまた驚く。


吹き抜けたエントランスホールからは美しい曲線の大階段がそびえ、その向こうに広がる明るいリビングには切り立ったような天井までの高さの窓があり、そこから溢れんばかりの光と庭の緑が見渡せた。

そしてその室内には一目でデザイナーを言い当てられるほどの高級ファニチャーが並んでいる。


ぼんやり立ち尽くす有紗の手元からスーツケースをサッと取り上げたハウスキーパーは、有紗の背中をトンと叩いて親指を立てて見せると、気さくな笑顔を見せたままウインクをした。


司が笑う。

「彼女はラッキーガールのあなたを激励してるのね」


「えっ?」


「オーナーからそう説明されてるんじゃないの?」


「そ、そうなのかな……」


「有紗? 大丈夫? まずはここの生活に慣れなきゃ。ほら、最優良物件をじっくり見学しましょう!」



リビングに立つと、更にその窓のスケール大きさに驚く。

「うわぁ……凄い」


「サンライズも素敵に演出してくれそうだけど、ハリケーンの時は更に迫力を増してくるかもね」


「ハリケーン?!」


そういえば、かつて大きな被害があったと、日本でも映像が流れていたことを思い出す。


「ええ。この辺のハリケーンは日本の台風みたいなかわいいもんじゃないから、気を付けなさいね。それでなくても有紗は Astraphobiaアストラフォビア 雷恐怖症じゃなかった?」


「やだ、そんなこと覚えてたの?! もう……大丈夫だと思うけど」


「そりゃ覚えてるわよ。まぁ……少し心配よね? 相当な嵐だから、ホントに気を付けてね」


「はーい。I'll be careful!」



ハウスキーパーにこれかられるお茶の種類を聞かれたので、自分達で淹れると言ってキッチンに向かい、そこにある色々な物の配置も教えてもらった。

冷蔵庫にもフリーザーにもたっぷりと食材が揃えられ、アイランドキッチンの上には絵に書いたようなかごに置かれたフルーツもあり、これらを皆ミセスランドルフが揃えてくれたのかと聞いてみると、彼女は頷いて、ただ届けられたものを受け取ってそれぞれに配置しただけだと言った。

そればかりか、この家はすぐに居住出来るほど、元々ほぼクリーニングの必要がない状態だったとも言っていた。


ハウスキーパーの女性が帰り、入れ替わりにランドルフ家の使用人だという男性がやって来て、セキュリティの解除方法や施錠の位置を一つ一つ立ち会いながら確認してくれた。

そして更に夕食のケータリングの手配までしてくれた彼は、明日ミセスランドルフを訪ねるようにと言って帰っていった。


二人はふうっと息をついてソファーに身を預ける。


眉を上げて司が言った。

「ねぇ、凄いVIP対応だけど……有紗あなた、先方の期待に応えられるの?」


有紗はバッとソファーから身を起こして頬を膨らませる。

「それ、今聞くの?」


司がニヤリとして、頷きながらその顔を覗き込んだ。 


有紗は溜め息をつく。

「いいえ……全然自信ないわ」


無邪気にこの状況を喜んでいられないと思った。

手厚ければ手厚いほど、プレッシャーも増していくものだ。


「あのね、住居に関しても一度はお断りしたんだから」


「そう? なのにオーナーは押しきったわけでしょ? ほらやっぱり! 囲い込みで間違いないわね!」


「またそんな言い方して……その辺の真意はわからないけど、ミセスランドルフが言うには、この家を提供するのには理由があるって」


「理由?」

首をかしげた司は、有紗と同じようにソファーから身を起こした。



第12話『パームビーチの大豪邸』- 終 -

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