芹沢綾の夢の中

元から眠りが浅かったりさっきの戦闘でのダメージの回復だったり

悪魔血清とやらの反動で半日だけ冬眠する身体になる・・・

それはかつてない深い眠りだった。

人体の機能に一時的な生存適応力を維持させる事で肉体を急速に再生して

断裂した筋肉や血管をパテ埋めする。

あくまでお仲間の悪魔の情けであって費用の面で採算が合わない

虎の子アイテムらしい。眠りに落ちる過程でそんな話が聴こえた。


「眠ってる時の夢と言うのはワケが分からないもんだよな?」


自分の声で問いかけられた気分に陥って目が覚める。


すると、涼しい風にカーテンが揺れたどっかのお屋敷。


「あー。まだ眠いし・・・ってかこんな下着姿で寝た事無いんだけど?

 ・・・夢だなこりゃ」


赤い髪を雑なポニーテールに束ねて身支度を整える。

TPOは自分で決めて来た。

普通の会社員になる為にリクルートスーツとかも着てた時期はあったけど

一般社会が強いる「普通」の世界は自分にとって息苦しいモノだった。

自分の居場所は学生時代の頃から知ってる物理的な戦場にしか無かったし

支給されているバリアスーツを着なくても動きやすい服を優先した。


何かを妥協して好きでもない場所に居たら

おそらく不遇な自分をファッションにして不必要に食い下がり

関わる人全員に嘘を着き続けて、あるいは足の引っ張り合いで不幸にするだろう。


床にブーツをゴツン。ゴツン。と馴らして

大草原の小さな家みたいな場所の庭に出た。


すると、柔らかい春の匂い。まだ未来とか夢とか信じてた頃の感触。

誰だって各々の「普通」を知ってたり見失ったりするけど

自分はずっと塗り替え続けて来たんだと思ってる。

ただ、少し冷たい風にお日様の匂いが乗っかってくると

いきなり自分の非力な部分が感傷を映し出す。


「おい悪魔ちゃん! 悪魔に輪をかけて趣味悪くないかこういうのって!?」


誰も居ない青空にいつも通りの悪態を垂れる。しかし返事はない。


もしも、今の周りに居てくれる人達に出会えてなかったら・・・

呪いの様な固定観念を壊して明日を生きるなんてしてこられなかったんだ。


そう思うとずっとしがみついてた不安が心の中に去来して

膝を抱えてうずくまる。


「分かってんだけどさァ。どうやっても、寂しい・・・」

妹が死んだ時ぐらい反射で涙がボロボロと出て来た。


「なんで、みんな私なんか頼りにしてくれんだよ?

 私なんかじゃ何も返せないよ。分かんないよ・・・」


弱い自分をひた隠しにして生きてく方法なんて探せばいくらでもあると思う。

本当は満たされてない様な態度で傲慢に誰かの上前を撥ねてたかもしれない。

色々と失う過程でボロボロになって死んでいくのが罪滅ぼしだと思い込んで

いつでも死ねるから明日も適当に生きてやる。

つまらない意地がまだ残っていた事を嗚咽しながら思い知った。

生きてる間、何度支払っても払い方が分からないツケの概念

それこそ厭世観えんせいかんの利子。

これが悪魔達ですら恐れる「」と言うモノだと言う事を思い知った。


だけど今ならその呪いの祓い方を知ることが出来ている。

それぐらい今の自分を取り巻く「普通」は暖かいものなんだ・・・


「つって・・・これ悪魔ちゃんに見られてないよな?」

そう疑った段階で事務所のソファーで目を覚ます綾。

あっという間に12時間経って居たのだ。さながら全身麻酔だった。

ちょっと呼吸する感覚を忘れる焦りを感じてしまう。


「おはようございまーす。お昼ですけど」


「結ちゃん。私、寝てる時なんか変な寝言とか言ってなかった?」


「凄い気持ちよさそうに寝てましたよ。ご飯食べます?」


恥ずかしい所を見られなくて安堵しながらも

自分の心の奥深くにある感情にちょっとだけ素直になれたと思う。

少なくとも綾はそう思う事にした

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