悪魔の童話:無垢なる私のアルターエゴ

これは悪魔の子供を寝かしつける時に聞かせる童話だ。

魔界では人間の心を予習しておいて

もしも人間界に行くとなったら人の心の移り変わりを掌握し

時には弱味に付け込み、時には人間社会を生きていく上での糧となるのだ。

聞くが良い・・・



ある男は焦っていた。

いつ仕事が無くなるかも知れない不景気。

歳を取るにつれ時間が経つのを早く感じる。

今日と言う日は有益だったのだろうか?

名無しの未練が軒を連ねる。

そもそも人それぞれ寿命が違うのに

何故老後までのライフプランを想定して生きないといけないのか?

明日事故か何かで死なないと言う保証はどこにもないのに。

明けない夜は無いと誰かが言ったが、夜明けには憂鬱が重力を2倍にして

身体に圧し掛かる。希望を持って目覚める時があったとすれば

何か欲しいモノが手に入る時ぐらいしかない。

面白い事は自分で見つけないといけない。

それを見つけられたら幸せだ。ところがこの世界と来たら

矛盾だらけで嘘ばかり。本当にやりたい事が行方不明になって行く。


医者は言うよ。「運動をして、ストレスの無い生活を。」

前者は明日やろうと思っていつまでも達成しないダメなパターン。

後者はこの現代社会で不可能な事だ。


そんな中で死神が囁く。

「いつから人間は安定を美徳とする様になった?」

男は言った。

「安心していたいんだもの。成功して眠る様に終わりたいから。」


この世界は平等を謳う。しかし誰もが気付いてる筈である。

機会など均等に与えられない。適材適所の椅子だって

生き残ろうとして死に物狂いで戦った者しか座れない。

その椅子取りゲームは金でズルが出来る。

誰も見てなければあらゆる暴力が許されている

そんな偽りの平等のツケを永遠に支払い続ける事が

消費者としてのステータス・・・その繰り返し。



そんな奴らばっかりだから男は死神と仲良くする様になった。

この世で確かなのはいずれ自分にも死ぬ時が来ると言う事。

神か悪魔か知らないが、それだけは取りこぼさないと言わんばかりに

死はいつでもそこに居る。どういうワケか何もしないで傍に居る。

そう。この世に産まれてからは死神だけが自分を見放さない。


男は尋ねた。

「死んだらどうなる?」

死神は言った。

「人生がいよいよ他人事になるぞ。自分で捨てるもんじゃねえよ」


他人事・・・せめて自分と親しかった人のそれよりも

軽薄な扱い、ひいては忘れ去られる。

それを想像しただけでも男は寂しさで口を噤んでいく。

苦痛は主観的体験。だけど死んでからは客観的なモノなのか・・・


死神は続ける。

「そもそもお前が失うモノなんて命以外に何も無いんだ。

 大切だと思っている服と電化製品と家の価値じゃ測れない。」


どんな時代の人間においても、心が最も盲目な存在である。

どんな姿をしているか分からないのに

時には痛覚を訴え、時には悲しみを催し

またある時には幸福を感じる。現代人は消費に幸福を感じる様に仕向けられ

味も分からず新しい事に投資していく。そうして社会は回ってるんだから

仕方ない所ではあるがその中に自分が溶け込めない時に

最大の苦痛を感じる。苦痛を感じればブレーキを掛ける。


そこで止まれない人間が破滅していく。

男はそういう人間を実生活やメディアを介して多く観察して来た。

痛みを感じる事で身の程を知って来たのだから

ただ打たれ強いだけの人間になり

そうやって大人になるんだと思い込む事にする。



男は言った。「これが現実だ」と嘆く。


死神は言った。「いつから苦痛が免罪符になる世界だと勘違いしてた?」


男は赦されたかった。いつの間にか簡単に昨日を呪い

自分で心の形を押しつぶしてしまっていたのだ。

そうして中身だけが小さくなって行った。

節約主義ミニマリストの筈なのに精神のゴミが溜まる消費者。


死神が最後に言った。「この壁を壊せ。その向こう側に本当のお前が居る。」


痛みから逃げて嘘の生き方をするか、真実を受け止めて耐えきるか?

白日の元に自分を曝け出す方を選んだ。壁が砕け散ると共に

男は人類が知らない心の形を知る事になる。


「大丈夫だ。お前は疲れて眠ってただけなんだ。」


それこそが今まで自分に語り掛けていた死神の本当の姿。

己の中にある答えそのものであった。












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