第八章:デビル日常
悪魔の童話:「ジョンは魚釣りに行った」
魔界の童話を一つ。悪魔の親が子供を寝かす時に読む話だ。
人間の世界に住むジョンと言う会社員は休日の魚釣りが趣味だった。
一人暮らしの家計をやりくりして
価値がないに等しい広い山林を安値で買ってキャンプをしたり
大好きな川魚を釣って食べたり。子供の頃、生前の父が大自然を教えてくれた。
人付き合いが苦手で一人で居る事が多いジョンだったが
都会と違って空気の清らかな自然の中に身を置くと
日頃のコンクリートジャングルで乾いた心が潤っていく。
それだけが唯一無二の幸福だった。
ジョンはある日、河底に光る物を見つけた。
ちょっとした金色の石。その辺を探っていると
混じりっ気無しの砂金が大量に出て来た。
なんと彼が買った価値のないと思われていた山林は
歴史に埋もれて忘れ去られていた秘密の隠し金山だったのだ。
借金こそ無いが、勤めている業界の先の見えない仕事を続け
予定通り定年退職しても細々と老後を過ごす事を考えたら
この金山を売って財を成した方が良い。
男は僅かな幸せを捨てて金山を売りこみ、巨万の富を得た。
成功者として持て囃された。初めて高いスーツを買って高級レストランに行った。
高いシャンパンを開けた。今まで自分に見向きもしなかった偉い人が微笑んでくれる。みんなが手放しで「おめでとう」と言ってくれた。
初めて褒められた。自分は報われたんだ。と思った。
スーパースターが通う様なクラブで遊んだりもした。
人生、何が起こるか分からない。そして消費者達は彼の様になりたいと夢見る。
一攫千金、一発逆転は有り得ると言う前例を作った男は
味も分からぬ程に酒を飲んだ。あらゆる高級料理を食べた。
ジョンの人生は一転して目まぐるしく変わっていく。
だけどお金持ちの世界で友達は作れなかった。
みんな自分の成功の理由を知りたがっていたが
まったく自分と言う人間に興味を持っていると感じなかったのだ。
なのに投資をすれば良い。お金は使った分帰ってくる。と背中を押す。
ある日、釣具店に行くと、高級なロッドを勧められるが全然手に馴染まない。
会社員の頃に使ってたのと同じのが欲しかったが押し切られてしまった。
「あんなボロい竿より、高級で便利な方が良いでしょう?」と言われた。
その事が胸に引っかかったジョンはお金持ちとのうわべだけのお付き合いを辞めて
新しく水が綺麗な山を買って子供の頃の夢だった秘密基地を作り
清貧なる暮らしに戻る。
ジョンは言った。「僕は大事なモノを失う所だった」って。
その男は成功を通じて『お金は必要ではあるが重要ではない』と気付いた。
執着が過ぎると本物の愛を見失う。待っているのは永遠の孤独。
彼は不便を楽しむソロキャンプや魚釣りをしなくなってから
生きている実感が湧かなくなっていたのだった。
ジョンは今も使い古した釣り竿で水面の声に耳を傾けている。
彼は夢中になれる世界に還る事で生きる意味。
そして子供の頃、父と釣りに行ってた時の様な無邪気な笑顔を取り戻した。
最近では彼の生き方に共感した新しい友達と楽しくキャンプファイヤーを囲んでいる。闇夜を照らす穏やかな炎は希望を灯していた。
めでたしめでたし。
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