第14話

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 プリンターの動くモータ音が消えると印刷された用紙を手に取って、佐竹は枚数を数えた。五十枚近く印字された用紙。それはまるで短編小説原稿程の枚数。佐竹は席に戻り、それを読み始めた。

 誰もいないオフィスで紙を捲る音だけが響く。

 印字された文字はデジタルで変換された工業規格。そこに人間の個性何てこれっぽっちも浮かび上がらず、勿論文字の筆跡から書いた個人の個性なんぞ読みとることはできない。

 しかしながら、彼はそれを読み込んでゆくにつれ、その内容に吸い込まれてゆく自分を感じないではいられない。

 それは初めて老人に会った時に感じた興味を、また彼女から感じた不合理な違和感を平たく押しなべてゆき、読み進むにつれ未知を既知へと変換させ、やがて佐竹の知識的平衡感覚を戻してゆく。

 読み進めた彼は、大きく椅子に反り返った。それからビルのライトの届かぬ闇を見見つめ、呟く。

「…東京オリンピックか…」

 まだこの小説の物語を全て読み終えているわけではないが、思うことが心に青い炎として纏わりつく感覚がある。それを端的に呟く。

「青春を奪い去る暗くて青き情念の炎、嫉妬、それに肉体に宿る性への渇望…」

 自分で何を言っているのか。佐竹は勿論それを理解している。頭脳はしっかりと回転している。不明確さではない答えを知って、その答えの先に何かを掴みたくなる感じなのだ。この小説の物語はまだ始まったばかりだというのに。

『彼』が彼女にしたためた報告書。

 いや、と首を振る佐竹。

 これは短編小説かもしれない、そう思った佐竹が、また首を振る。


 ――違う、


 小説ではなくまるで小さな劇の脚本と言ってもいいかもしれない。

 佐竹は腕を頭に組んだ。組むと目を閉じた。彼女はやはり女優西条未希だった。この中にそれははっきりとではないが、『彼』が『みきちゃん』と書いていることからそれは推し量られる。

 佐竹が読み始めて分かったことは沢山あった。そしてそれは既に事件は『彼』の手元で解決されており、もう過去の時間へと押しやられているという事だった。

 佐竹は時計を見た。午後十一時を指そうとしている。佐竹はそれから立ち上がると鞄を肩に下げ、パソコンの電源を落とした。それから辺りを見回し、同僚たちの作業机から明かりが消えているのを確認すると足早にオフィスを出ようとして部屋の電源を切った。

 急がねばならない。いくら御堂筋の終電が遅いとは言え、乗り換えが上手くいかなければ自宅には着かない。

 事件の顛末については自分の部屋でウイスキーでも飲みながら考えれば良い。

 佐竹はエレベータのボタンを押すとフロアの表示板を見た。上がって来るエレベータを待つ時間、佐竹は不意に呟いた。

「…『彼』か…」

 そしてその呟きを切って残す様に佐竹は開いたエレベータのドアに滑り込み、やがて階下へと降りて行った。明日、またそこに残る『彼』に会う事を信じて。


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