第1話 2

体育館に響く音は止まることなく、体育館を震わせる。

バスケットボールの跳ねる音は体にも響いてくる。

そんな中、僕はステージの上に上がって彼女、望月加奈さんと話していた。


「えっと……どんな感じかな?」


「ああ、これを見てもらったら」


僕はそう言って、望月さんに答辞の書いてある紙を渡す。

今は、互いの式での行動の確認だった。


「ふんふん、そんな長めじゃないんだね」


「まあ、長ったらしくても飽きるだけかもしれないから」


「言われてみれば、確かにそうかもね」


そう言って、彼女は僕が書いた答辞を黙読していく。

正直、当たり障りのない事を書いたつもりだ。

文化祭や体育祭、修学旅行から日々の生活に至るまで、思い出に残る行事などをピックアップしたりして、その文章を考えた。


「ふうん。これなら、ピアノの伴奏は二曲ぐらいかな」


そう言って、彼女は答辞の紙を僕に返し、ステージの隅にあるピアノの方に歩いた。

側によると、かなり前のピアノである事が分かったが、まだかなり綺麗な形で残っており、大切に保管されてきたのだと分かる。


「聴いてみて」


「あ、うん」


彼女はピアノの椅子に座り、鍵盤に手を添える。

譜面台には彼女が持ってきたであろう白い髪に、多くの音符が配列されていた。

望月さんはそっと息をし、奏で始めた。


「……」


彼女の演奏はハッキリと綺麗な音を出していて、なおかつどこか優しいと思わせるそんなメロディを紡いでいた。

側で聴いている僕は体育館の中の音は望月さんの奏でる音しか聞こえなくなっていた。

それほどまでにピアノからの音は僕の心を引き込んだ。


「(……ん?)」


けれども、僕は違和感を感じた。

それはピアノを弾く彼女の指、両腕が義手であることではない。

……弾いている彼女が楽しそうにしていないというところだった。

僕がその違和感を感じ始めると、演奏はゆっくりと終わった。

僕はゆっくりと拍手をした。


「どう……だったかな?」


「凄くよかったと思うよ」


「……そっか」


彼女は少し微笑んでそう言った。

見当違いかもしれないし、僕が抱いた違和感については何も言わないでおこうと思う。

そして彼女は、少しおどけたように言う。


「まあ、現代の高性能な義手を使ってたら凄くないわけないもん」


聞いていいものかと思ったが、彼女が自ら話してくれた。

四肢のどれが欠けているかを聞くのは、世間的にはよろしくはない。

特に女性に聞くのは年齢と同じくらい礼儀知らずだ。


「望月さんは両腕なの?」


恐らくそうなのだろうと思い聞いてみると。


「ううん。私は全部」


「……全部?」


彼女は「うん」と告げてピアノの椅子から立ち上がり、こう言う。


「私は両手脚、全部ないの」


「……」


なんと言うか、僕は困らざるを得なかった。

手足欠落化は発症してからも、何故か四肢の全てが欠けて産まれてくる事例がなかったのだ。


「……そう、なんだ」


「あんまり聞いて嬉しい話じゃないよね。ごめん」


「いや……」


何故望月さんは全てが欠けて産まれたのか。

この数分話しただけで分かるほど彼女はいい人であると分かる。

けれど何故なのかと問いただしても答えは見つからない。


「えっと、真野君は?」


そう聞かれて、少しドキリとする。

言わなければならないのだろうが、これから関わる彼女に言ってしまっていいのだろうかと思ってしまう。

けれども僕は口を開いた。


「……僕は君とは全く逆。……どこも欠けていないんだ」


僕は顔を下に向けた。

何故か彼女の顔が見れなかったのだ。

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