第11話 報告

 ジョゼフがダールウッドで叫び声をあげる少し前のこと。カーマイン家の本領にある城をフォーゲルが一人で訪れていた。しばらく待たされた後、当主オットーの居室に通される。オットーは大きな書きもの机の向こうから立ち上がった。

「すまない。待たせたな」


 フォーゲルは頭を下げると正対する位置にある椅子に腰を下ろす。オットーも自分の椅子に体を預けると鼻梁を揉んだ。フォーゲルはこれまでの経過を述べ、引き続き自分をダールウッドに派遣するように頼む。オットーはフォーゲルをじっと観察した。


「さて。ストレートに聞こうじゃないか。なぜダールウッドへの残留を希望するんだ?」

「私も陽の下に出たくなったというところでしょうか」

「長らく影働きをして支えてくれたそなたの忠義は忘れておらん。ハリーでもハインツでも望む方の下でしかるべき地位に就けてやろう。何もジョゼフでなくても良かろう。そなたでも大災厄が起これば無事ではあるまい」


 フォーゲルはじっとオットーの目を見る。フォーゲルの黒い瞳は鋭くはないがオットーはついと視線をそらした。それに合わせるようにフォーゲルは口を開く。

「宮廷占星術師が星が動くと言っているんでしたな。まあ、私もそこまで自惚れてはいませんよ。暗黒竜ギザースの復活は確かに私の手に余ります」


「そうであろう。ならば……」

「なかなか宮廷も魔物が多いようで。カーマイン家の力を削ごうと、この不安定な時期にダールウッドに叙封するとは誰の策でしょうかな? マルドゥーンとの友好を唱える当家としては辞退するわけにもいかず、殿としては一番損失の少ない方法を取られたわけだ」


「陛下が関心を寄せる地に、我が家の被官を派遣するわけにもいくまい。我が子を遣わすしかないだろう。ならば、ジョゼフしかおらんではないか」

 オットーの語気が少し強くなった。フォーゲルは笑みを浮かべる。

「もしそのように聞こえたのならお許しください。別にその決定に異を唱えるつもりはないのです」


 フォーゲルは口髭をなでた。

「お疲れのようですし、はっきり申し上げましょう。ご子息の中でお仕えするならジョゼフ様と決めておりました。ハリー様もハインツ様もいずれも優れた方でいらっしゃいます。ただ、私も年を取りました。仕え甲斐のある方が嬉しいですな」


「あのジョゼフがか?」

 訳が分からないというようにオットーは首を振る。

「そうですな。まあ、この私をして支えたいと思わせる、それがジョゼフ様の才でしょう。私だけではないと思いますよ。ジョゼフ様の下で働きたいという者がそれなりにいたでしょう?」


 実際、ジョゼフの乳母を務めたナンシーは当然としても、ジョゼフに従ってダールウッドへ赴任を希望する者は意外と多かった。特にジョゼフと同年配の若い家人は、便利で安全な帝都の屋敷から離れることになるというのに嬉々として出かけている。彼らはフォーゲルと入れ違いにジョゼフのもとに到着しているはずだった。


「あいつは目下の者に甘いだけだ。兄たちに比べて非才の身ゆえ他者に強く出れないだけだろう」

 オットーは苦々し気に言い放つ。俊才ぞろいのカーマイン家の出来損ないという世評はオットーの耳にまで届いていた。


「そうかもしれません。ただ他者に寛大なのは上に立つ者の美徳でもあります。かの雷帝サイラス様も心優しいお方だったと聞きますが」

「それは能力が伴ってのことだ。オットゼール帝国を興したサイラス様と比べるだけでもおこがましい。ふむ。どうあっても気が変わらないと申すか?」

 フォーゲルは唇を引き結び重々しく首肯して見せた。


「ならば、これ以上はもう言うまい。シランジ子爵が今後どうでるか分からぬ中で、そなたが行ってくれるのは心強いのも確かだ。ジョゼフを助けてやってくれ」

「はっ。ご心配なさらなくてもカーマイン家の名を汚すことはないと存じますよ」

「ああ。期待している」


 城を辞去して、城下の自分の家に向かおうとするフォーゲルを精悍な顔つきの男が呼び止めた。フォーゲルは丁寧に頭を下げる。

「これはハリー様。お久しぶりにございます」

 オットーの長男ハリーはひらりと下馬をするとがっちりとフォーゲルの手を握った。


「父上に報告か?」

「はい。無事にジョゼフ様がダールウッドに着任されましたので」

 ハリーは顔を綻ばせる。

「それでジョゼフは変わりないか?」


「不慣れな書類仕事に追われていらっしゃいますが、まずは元気といってよろしいかと。なかなかの領主ぶりであられます」

「そうか。あいつは少々頼りなく見えてしまうが、カーマインの血が入った男だ。お前が補佐してくれれば立派に務めを果たすだろう」


「それなら直接おっしゃられればジョゼフ様もお喜びになられるでしょうに」

「あいつはお調子者だからな。褒めればすぐに舞い上がってしまう。まあ、何も分かっていない世人の言葉なぞ気にしなければいいのだ」

 そういうハリーの目は優しい。帝国軍の中枢で指揮を執る時には見せない表情だった。


「そうは言ってもジョゼフ様もまだお若い。人の口にのぼる言葉も気になるでしょう。特に兄上たちの評判が高ければなおさらです」

「別に俺もそれほど優れているわけではないのだがな。俺はまったく魔法が使えんが、あいつは少しは使える。クリスよりは剣が出来るし、ハインツよりは頭が良い」


「見事なまでに器用貧乏ですな」

「そうとも言うな。まあ、フォーゲルよ。ジョゼフを鍛えてやってくれ」

「畏まりました」

「おっと。愛妻の顔を見に急ぐところだったな。邪魔をした」

 大笑しながらハリーは再び馬上の人となる。


 後ろ姿に礼をして、フォーゲルは家路を急ぐ。家に帰り着くと出迎えたアーシェラと熱い抱擁をかわした。

「寂しい思いをさせてすまない」

「いいえ。大切なお仕事をされているのですもの」


 ちょっと睫毛を伏せたアーシェラが顔を上げる。

「戻られたということは人目を忍ぶ仕事は終わりなんでしょう? しばらく、こちらにいらっしゃるのかしら?」

「いや。明後日にはダールウッドへ発つ」


「私は一緒に参ることはできませんの?」

「お仕えするジョゼフ様は良い方だが、美女に目が無い。お前を見せたくないな」

 危険なので連れて行くわけにはいかないという本心を隠して、フォーゲルはおどけた顔をするのだった。


 

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