第7話 洞窟
「せっかく、こっそりバレないように忍んできたのに……」
「ああ、すまん」
反省するジョゼフにフォーゲルはあっさりと言う。
「まあ、いいですけど」
「いいのかよ」
「どうせバレます。思いっきり警戒されてましたからね」
「やっぱりそうだよな」
「余所者を警戒してるだけという可能性もありますが」
「そんなことないだろ。あのオルド村長ってのは怪しい。確かにタウロスは強いが単独行動だ。人数揃えりゃなんとかなる。金回りも悪くなさそうだし、人を雇えなくはなさそうだ。それなのに大人しくエリスを生贄に差し出すなんて、何か裏があるに決まってると思うぜ」
「それじゃあ、村長が何か良からぬことを企んでいると?」
「ああ。実はタウロスなんて居なくて、洞窟の突き当りまでエリスが行くと、そこには村長が待っていて……とかな」
「なるほど。さすがスケベな想像力は豊かですな」
「まあな。って、それ褒めてないだろ」
「いえ。褒めてます」
「なんだとお」
「詰めは間違ってますが、途中までの推理は悪くないですよ」
「一体どういうことだ?」
フォーゲルは返事の代わりに腕を上げる。
「話をしているうちにたどり着きました。あれが例の洞窟ですね」
坂道を登り切った先の崖にぽっかりと大きな空洞が口を開けていた。幅は大人3人が並べるほど、高さもかなりある。2人は近づいていった。
「これならタウロスも十分に出入りできそうですね」
「ん? これは何だ?」
ジョゼフが洞窟のそばの地面にくぼみを指す。水はけが悪いのかそこだけ地面が柔らかくなっていた。
そこには人の足跡に比べてかなり大きなものが残っている。先が2つに割れた蹄の形が読み取れた。近くに行ったジョゼフが自分の足と並べてみるとその大きさが一目瞭然だ。顔をあげたジョゼフの顔色が良くない。どこか釈然としない風貌だ。
「実は……本当にタウロスが居るのか?」
「足跡がこれだけ大きいと体も相当大きいでしょうね。タウロスの中でも相当大型の奴かもしれません」
そう言いながらフォーゲルは背負い袋から松明を取り出した。
左手の中指にはめていた赤い宝石のついた指輪をぐるりと指に沿って1回転させる。松明からこぶし一つ分離して手を広げるとつぶやき始める。
「火神フィーゴの名において我が命ずる。赤き石よ。その身に宿し熱を松明に」
言葉が終わると同時にぼわっと松明から火が上がった。
もう1本の松明に火を移すとフォーゲルはジョゼフに渡す。
「それじゃあ、タウロスのご尊顔を拝しに行きましょうか?」
「ちょ、ちょっと待てよ。俺を怪我させたくないんじゃなかったのか?」
「ここまで来たんだから、中を見て行きましょう。大丈夫ですって」
洞窟の中を覗き込みながら逡巡するジョゼフにフォーゲルは切り札を出した。
「エリス嬢は美人でしたねえ。恩義にはきちんと報いそうな誠実そうな感じで。命を救われたお礼となれば……。そうそう、私には妻がいますし裏切るわけにはいかないので、遠慮しますよ」
ジョゼフの脳裏に昨日のエリスの姿が浮かぶ。エドの頭をすっぽりと包んだ豊かなもの。想像の中でエドの頭はジョゼフに置き換わっていた。怪我をしてまで勇敢にタウロスを倒したジョゼフを見つめるエリスの瞳には、はっきりとした思慕の念が見える。お礼に私の……、幻聴が耳をくすぐった。
「よっしゃ。やろう」
急にやる気になったジョゼフについて来るように言ってフォーゲルは洞窟の中に足を踏み入れていった。バサバサバサと黒い塊が2人の頭をかすめるようにして飛んでいく。
「おおう。驚かせやがって。コウモリか」
「血を吸いますが、人は襲わないでしょう。瀕死の重傷にでもなれば別でしょうがね」
「縁起でもねえこと言うなよ」
緩い勾配で登っていた道はやがて平坦になり、左右に別れる。ジョゼフはきょろきょろと見回していたが、細い方の右を選んだ。すぐに直径が10歩程度の小部屋に行きつく。地面には小さな骨がいくつかとたくさんの糞が落ちている。
「さっきのコウモリの巣か」
「でしょうね」
調べると小部屋の隅から古ぼけた銅貨が2枚出てきた。
「これは貰っておいていいよな」
「コウモリは文句は言わないでしょう」
ジョゼフは自分の革袋に銅貨を仕舞う。
「やっぱり本命はあっちのでかい通路か」
「まあ、そうでしょうね。でも、こちらから先に探索するのは悪くない判断です」
「だよな。それじゃ、あっちに行くか」
フォーゲルを前に2人は通路を戻り、もう一方の道を進んだ。
ジョゼフは神経を張り詰めて松明の明かりの届かない先に意識を集中している。それと引き換え、フォーゲルは悠然としていた。緩やかなカーブを描きながらほぼ平坦な道を進んでいく。先ほどの10倍ほどの距離を歩くとやや広い空間に出た。どこからか風が流れてきているのか空気に淀んだ感じはしない。
隅の方には藁の小山があり、その手前には火をたいた跡がある。側にはいくつかの骨と古い木桶が転がっていた。
「微妙な生活感があるな。それで、タウロスは……。出かけてるのか? おい。もし、これから戻ってきたら俺達は袋の鼠じゃねえか」
後ろを振り返って焦るジョゼフをフォーゲルは宥める。
「その時は、この部屋までおびき寄せればいいんです。ここなら広いですから、かわすことはできるでしょう。足は速くないですからね」
フォーゲルは壁際のがらくたをあさる。黒い染みのついた肉切り包丁を拾い上げた。
「さてと、だいたい見て取れましたね。居ないんじゃ仕方ない。一旦は引き上げましょう」
フォーゲルの言葉にジョゼフはもろ手を挙げて賛成する。今にも入口から入って来るんじゃないかというように警戒しながら、洞窟の外に出た。
日の光を見てほっとしながら、ジョゼフは松明を投げ捨てるとブーツで踏み消す。同様に松明を消していたフォーゲルに話しかけた。
「まさか本当にタウロスが住みついているとはな。それでどうするんだ? ここで戻って来るのを待って仕留めるのか? 外の方が足で翻弄できるよな」
「さあ、どうでしょうね」
「どういうことだよ?」
「本当にタウロスが居るんだと思います?」
「じゃあ、さっきのは一体なんだってんだよ」
洞窟の中を指さすジョゼフ。フォーゲルは笑みを漏らすと急に振り返った。
「ね? 村長さん?」
ジョゼフが首を巡らすとオルド村長を先頭に20人ばかりの村人が一団となっていた。手には鉈や鋤、干し草用フォークなどを手にしている。
村長は悲しそうな顔をした。
「こちらには近づかないようにお願いしていたんですがね。仕方ありません」
村長の合図で村人が散開する。フォーゲルは首を振り、ジョゼフは腰の剣に手を伸ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます